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024 金炎乙女
しおりを挟む軍勢の中央にて、ニヤニヤしている老人顔の巨大カメのバケモノ。
ただひと言、「進軍せよ」と命じる。
ぞろりと動き出す兵士たち。いつのまにかすべてが一つ目人間の姿となっていた。
対するわたしはくるりと反転。すたこらとんずら。
多勢に無勢どころの話じゃない。だからまずは逃げる。
けれども子どもの足だからすぐに追いつかれる。
震える大地。雄叫びをあげ荒れ狂う大波のごとく押し寄せる一つ目たちが、勢いのままにこちらを呑み込もうとする。
と、ここでわたしは再反転。逃げの姿勢から突撃を敢行。
駆け出した集団は急には止まれない。
先頭集団があわてて自分たちの懐に飛び込んできた小娘を捕まえようとするも、足を止めたとたんに背後から次々と押し寄せる味方とぶつかり、現場が混乱をきたす。
その間隙をわたしは頭を低くしてシュタタタと駆ける。
のびてきた腕をビシッと拳で打ち払い、突き出された槍の穂先をサッとかわし、振り下ろされる剣の懐へともぐりこみ、ときには目の前に立ちふさがる相手の股下を通り抜けつつ、急所に「ていやっ」と一撃。
とはいえ、こんなムチャなことを続けていたらすぐに息があがってしまう。
周囲は敵だらけにて、逃げ場所はどこにもない。
ぶっちゃけ打開策はない。バクメとの会話をひきのばして時間稼ぎをしたけれども、妙案なんて思いつけなかった。だからとて何もせずに、蹂躙されるのはイヤだ。
その一念にて手足を動かし続ける。
でもそのうちに奇妙なことに気がつく。
「あれ? ちっとも疲れない。というか、むしろどんどん動きが良くなっている?」
足が止まることはなく、肺が悲鳴をあげて息が苦しくならない。自分でも驚くほどに周囲がよく見えており、カラダの動きもキレッキレ。
そればかりか拳の威力すらもが増している……。
はじめはここが夢の世界だからか、と考えた。
心と精神の世界だから、気概や気力がモノをいうのかと思った。
でもちがったんだ。
心と精神の世界だからというところまではあっている。けれどもその先の解釈がちとちがう。
かつて平原と戦士の国クンルンにて巻き起こった騒乱のおり。
わたしは次元の狭間にて迷子となって死にかけた。
その時、炎風の神ユラに助けられ、じきじきに鍛錬を施される。
これによって剣の母の使命に耐えうる強靭な心と精神がこの身に宿る。
その魂の輝きたるや、天剣であるミヤビやアンやツツミたちをして「日輪のごとし」「神々しい」「超戦士むっきむき」と言わしめるほど。
わたしは肉体はちんまい小娘だけれども、心と魂だけはムキムキ状態。
とどのつまりは、この世界だからこそ存分に戦えるということ!
自覚した瞬間、わたしの全身が輝きはじめた。
◇
「なっ、いったい何が起こっておる? たかが小娘一人に我が軍勢が押されておるだと!」
目の前の光景が信じられずに、驚愕する夢神バクメ。
突如として戦場に出現した金色の炎をまとった人影。
殺到する兵士らが、次々と撃破されては吹き飛び、派手に宙を舞っている。
倒れ伏した一つ目たちが山となり、流れる血が河となる。
その中を悠然と歩いてくる金炎の乙女。
名刀を思わせる凛とした立ち姿。すらりとのびた四肢がムチのようにしなやかに動く。その度に周囲にパッと鮮やかな血の華を咲かせる。
均整のとれた身体には女性らしさと戦士としてのチカラが見事に融合しており、倒された側の一つ目たちが、どこか恍惚とした表情すらをも浮かべていた。
群がる敵勢を千切っては投げ、千切っては投げ。
無双状態にて快進撃。
ついには敵陣中央へと到達する。
変身したわたしに夢神バクメが眉間にシワを寄せ「きさま、その姿はいったい……」とうなる。
「これがわたしの心と魂の本来の姿だよ。諸事情にて炎風の神ユラからみっちり鍛えられたんだ。もっともそのせいで心身とのつり合いがおかしくなって、カラダの方の成長がピタリと止まっちゃったけどね」
「ぐぬぬ、そんなバカな。いかに心や精神だけとて、これほど現実の肉体の姿と乖離(かいり)するなんぞありえん。本来それらは表裏一体、光と影のような間柄なのだぞ」
「えっ、そうなの?」
馬車の両輪のような関係とは聞いていたが、そこまで密接であったとは知らなかったな。フムフム。
だがこれは朗報。だってそうでしょう? 心と精神と肉体が深く結びついており、繋がり関連しているということは、いずれはわたしの肉体もこんな感じにステキにバーンと。
父母妹そろって超絶美形家族。これに囲まれて一人イケてない地味子である身に、これまで何も感じなかったといえばウソになる。気にしてはいなかったけど、ほんのちょっぴりわだかまりはあった。だってチヨコだって女の子ですもの。
それが解消されるとあって、よろこぶわたし。
だがしかし……。
「あー、いや、さすがにそこまではちょっと」
ごにょごにょと言葉を濁す夢神バクメ。
よろこばすだけよろこばしておいて、やっぱりムリとか言い出す相手に、わたしはムカっ! 上げて落とすだなんて外道のすること。
乙女心をもてあそばれて、わたしはたいそう傷ついた。
「まぎらわしいこと言ってんじゃねーよ! こんちくしょーめっ!」
いっきに間合いを詰めて、醜怪なカメのバケモノの懐へ。
怒りの鉄拳が火を噴く。
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