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022 夢神バクメと伝説の美獣

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 醜怪という言葉がぴったりの容姿をしたカメのバケモノ。
 同じ巨大カメでも、ポポの里の北東部に広がる大森林地帯のソラ湖に住む金禍獣のヌシさまとは、えらいちがい。
 そんな醜怪なカメが「うひょひょひょ」と笑う。

「じつにおもしろい。この姿を前にして、なおもひるまず毅然と立ち続けるか。
 シャムドの嬢ちゃんはおまえさんを傀儡にして、天剣のチカラを意のままにしようと目論んでおったようだが、どうしてどうして。
 こりゃあ、ワシとしても、ちょいと本気を出さねばならんかのぉ」
「あんたはいったい……」
「ワシか? ワシは夢神バクメ。これでもいちおうは神々のはしくれよ。とはいっても、少々イタズラが過ぎて、いまでは黄金のランプに閉じ込められてしまっておるがのぉ」
「ふーん、あの金の水差しってばランプだったんだ。ところでイタズラって、どんなおいたをしたの?」
「なぁに、古い話さ。まだ神聖ユモ国のユンコイ山脈を超えた北の領域が栄えていた頃のこと。とある国の王にいい夢をみさせてやったら、暴走してバーンっと大爆発!
 何もかもが跡形もなく消し飛んでしまいおった。しかも大地を穢すといういらぬ土産を残してな。まったくめいわくな話じゃよ。
 しかし神どもも、その程度のことで目くじらを立てんでもよかろうに」

 さも世間話かグチのように披露された壮大なとんでも話。
 わたしは顔をヒクつかせる。
 あれ? こいつ……。じつはとんでもない極悪な邪神なのではなかろうか。
 話から察するに、いまでは封印されて現実世界に直接害はおよぼせないみたいだけど、それでも脅威であることにはかわらない。
 そしてわたしはこんな相手と、天剣三姉妹(剣と鎌と槌)がいない状態で対峙しなければならないと。
 一見すると余裕にみえて、じつはわたし、内心ではめちゃくちゃ頭を抱えていた。
 えらいこっちゃ! どうしよう……。
 動揺をどうにかごまかしつつ、会話を引き延ばす。
 どうやら夢神バクメは、獲物を自分の領域に引きずり込んだ時点で、みじんも己の勝利を疑っていない様子。そりゃあ相手は腐っても神さまにて、こちらは辺境育ちの小娘に過ぎないのだから、当然といえば当然か。
 舐められているのは少々腹立たしいが、いまはその油断と余裕を利用させてもらう。
 ポポの里にてクドい老人相手に磨いた忍耐力と会話術を駆使し、なんとか方策を思いつくまでの時間を稼ぐ。

  ◇

「ねえ、あなたは神さまなんでしょう。なのにどうしてロイチン商会のシャムドなんかに手を貸しているの?」

 会話を接ぎ穂するために、わたしはたずねた。
 神さまにだっていろんな考えを持つ者がいることは知っている。
 神聖ユモ国の二柱聖教の要である男老神コウボウと女神ガラシアのように、国の営みに深く根差した存在もあれば、パオプ国の地の神トホテのようにつかず離れずの関係を維持している存在もいる。クンルン国で祀られている炎風の神ユラのように、がっつり人心に絡んでいるような存在も。
 人間贔屓の神さまがいるんだから、その逆もまたしかり。ゆえにいち個人に肩入れする存在がいてもおかしくはないのだけれども。

「あの嬢ちゃんに手を貸す理由か……。そうさのぉ、ひとことでいえば『面白いから』かのぉ」

 三つ子の長姉シャムドがチヨコの妹カノンよりも少しばかり小さかった頃。
 たまさかの巡りあわせで、シャムドは黄金のランプを手にする。
 貧しい家庭にて、食うや食わずの環境に育った子どもならば、真っ先に考えることは手に入れた宝物を売って金に換えること。飢えを満たすこと。
 しかしシャムドは目先の利益よりも、これを元手に成りあがることを目指す。
 強固なる意思にて、心地よい夢に溺れることなくその世界を御し、あえて現実の情報を反映することで未来を予測するという方法で商いに活かし、ロイチン商会の今日の繁栄を築いた。
 善悪の立ち位置はともかくとして、まちがいなく傑物と呼べる種類の女。

「ワシはこれまで数多の人間どもを見てきた。どいつもこいつも基本的にはくだらんクズばかりじゃった。無垢な子どももじきにくすんで穢れた大人となり、希望が欲望にあっさり裏返り、夢に溺れて、あとはコロコロとどこまでも破滅の坂を転がり落ちてゆく。
 じゃが……、あの二人だけはちがった」
「あの二人?」
「一人は紅き美獣と呼ばれた伝説の女博徒。名をたしかハウエイといったか。ある日突然、ふらりとこの地を訪れたとおもったら、瞬く間に博徒どもの頂点へと昇りつめおった。
 器量、気風もさることながら、なんといってもあの目よ。
 たとえ泥水をすすっても……。なんぞという表現があるが、ソレを実際に行える者は存外少ない。たいていは理不尽な現実を前にして、早々に心が折れて魂が摩耗してダメになる。じゃが、あの女はそれを実践し続けておった。けっしてあきらめることなく、運命にあらがい、挑み続けていた。
 神であるワシすらもが見惚れる、ゾクゾクするような、じつにいい目をしておった。
 ほんにいい女であったわ。残念ながらあっさり袖にされてしもうたがのぉ」

 フラれた過去を懐かしむ夢神バクメ。
 その姿は遠い初恋を思い出す酒場の飲んだくれオヤジのよう。
 この手の記憶はたいていが都合よく改ざん、もしくは過剰に美化されているものにて、実際のところは怪しい。
 が、そんなことはどうでもいい。
 それよりも気のせいかな? バクメの話の中にわたしのよく見知った人物の名前が登場したような……。
 ポポの里の呪い師の老嬢ハウエイ。同性同名にて髪の色とか、やたらと双六が強いところとか、機転に富んでいるところとか、類似点は多々あれども。美獣という点だけがどうにもひっかかる。現在、ご高齢にて全身しわくちゃ。垂れた乳なんて樽に漬け込んだ三年物のモンゲエといい勝負。
 ちなみにモンゲエとはムチっとした女性の下半身っぽい形状をした白い根菜のこと。元は植物系の禍獣(かじゅう)だったのを食用に品種改良したモノ。辺境にて広く栽培されている。土から引っこ抜くときに「もんげー!」と絶叫する。
 そりゃあどんなお年寄りにだって若かりし頃があったはず。
 そんなことはわたしだって重々承知。
 とはいえ、うーん、やっぱり同姓同名の別人かも。
 だってハウエイさんってば、紅い美獣ってよりかは、どちらかといえば旅人をとって喰う鬼婆にしか見えないんだもの。


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