2 / 50
002 紙芝居
しおりを挟む繊細な線と力強い線を巧みに使い分け、鮮やかな色彩にて描かれてあったのは、南海での争乱について。
海賊船・黒鬼の暴虐っぷりにはじまり、神聖ユモ国海軍との激闘、アジトへの潜入と人質救出作戦、敵の首魁である女海賊との一騎打ち、海底大空洞に深海洞窟などに、ホランと海の民の黒髪乙女ネクタルとの甘く切ない恋の行方を添えて……。
一部内容をべったり脚色しつつ、十数枚にわたって展開するお芝居風の絵物語。
海洋冒険譚をめくりながら熱弁をふるうのは、剣の母であるわたしことチヨコである。
ハラハラどきどきの展開に、すっかりクギづけなのはポポの里の子どもたち。
帰郷直後、愛妹カノンから「おねえちゃん、旅のお話を聞かせて」とせがまれたわたしは、得意な絵心を活かして紙芝居を制作。
これが好評にて、妹カノンや母アヤメの口を通じて評判がまたたく間に里中に広まった。
で、里の子どもたちからせがまれるままに上演会を敢行中。
「黒鬼こわい」「女海賊おっかねえ」「海軍かっけー」「いいなぁ、海」「あーあ、ホランさんフラれちゃったのかぁ」「あの兄ちゃんちょっと抜けてるからなぁ」「いいひとなんだけどねえ」「記憶喪失とかありがちだよ」「いやいや、後半への伏線としてはアリだろう」「実名ってやばくない?」「やべー、こんど会ったら笑っちゃいそう」「夏の浜辺で南国風の美女と……ポッ」「海の男、小麦色の肌、ムキムキ、うほっ」
などと、子どもたちの受けはたいそう良く、評判を聞きつけた大人たちすらもが見物に混じるほど。
でもそんな状況の中、ひとり「ぐぬぬ」と悔しげな表情を浮かべていたのが神父さま。
柱の陰からジジイが手ぬぐいをくわえて、こっちをにらんでいる。
里で唯一のボロ教会を運営し、ついでに学び舎の先生もかねており、辺境の隅っこ暮らしにおける信仰と教育を守っている老爺。
「わしの授業や説法のときには、ちっともマジメに話を聞きやせんくせに、キーッ! くやしい、ねたましい、うらやましい」
まぁ、そんな神父さまのしょうもない嫉妬は、いったん脇へと置いておき。
ポポの里の近況について、ちと触れておこうと思う。
◇
剣の母という大役を神さまより与えられた、わたしことチヨコ。
これにより長らく中央からほぼほぼ忘れられていた辺境の里にも、手厚い援助が差しのべられることになる。国としては「剣の母の生誕の地が寒村ではかっこうがつかぬ」ということらしい。
再開発計画が浮上し、大量のモノ、カネ、ヒトが投入されることが早々に決まった。
が、いまだ里にはたいした進展はなし。
村役場や教会に面している中央広場はあいかわらず寂れており、里で唯一のぼったくり商店の強気な価格設定もそのまま。軒先に掲げられた「新規出店反対!」の立て看板だけが、吹きさらしにもかかわらずやたらとくっきりしている様子からして、こまめに文字を塗り直しているみたい。
里の再開発にあたって、まずは街道の整備から。
とは決まっているらしいのだけれども、そこからして難航中。
なにせポポの里の周囲には四天王が治める縄張りがあるからね。
人間の勝手なんて許されない。
ポポの里の東西南北域にて君臨する四体の銀禍獣たち。
竹林と静寂をこよなく愛する植物系禍獣、東のタケノコ。
礼節を尽くして接すれば相応に相手をしてくれるが、無礼千万を働いたら地面から飛び出す竹で、尻から串刺しにされて、たちまち竹林の養分にされてしまう。
渋いオッサンっぽい容姿と声にて、ためになるウンチクや訓戒を授けてくれるトリ系禍獣、西のブチョウ。
基本的には人畜無害。里の子どもたちは彼のありがたいお言葉を収集する遊びに夢中。でも迂闊なマネをしようものならば、即座に必殺の怪鳥蹴りが炸裂する。
極楽のごときお花畑のある丘。その下に広がる地下帝国の絶対女王。ロクエバチの禍獣、北のロクエ。
気さくで温厚な性格。が、ひとたび同胞に危害がおよぼうものならば、たちまち女王旗下の軍勢がぞろりと動き出す。
漆黒の巨躯を誇るウマの禍獣、南のマオウ。
走る暴風との異名を持ち、立ちふさがるすべてを蹴散らし踏みつぶす。群れを嫌い、天地のはざまにてあるは我のみと孤高を貫いていたが、最近その背を許す相手があらわれた。ちなみにその相手とはわたしの妹のカノンである。マオウは美幼女にメロメロだ。
これらを総じて、ポポの里では四天王と呼ぶ。
ご先祖さまたちの涙ぐましい努力により、信頼関係を構築することに成功したポポの里。どうにか共生関係を続けている。
そんな四天王の機嫌をそこねるわけにはいかないし、里としてもことを荒立てたくはない。
たしかに彼らは畏怖の対象ではあるが、よき隣人でもあり、そして里を外敵から守ってくれている頼もしい存在でもあるのだ。
ちなみに銀禍獣は、ときと場合によっては国軍が動くような対象である。
そして四天王は限りなく金に近づいている銀等級の猛者揃い。
金禍獣ともなれば伝説とか生き神さまあつかいにて、ところによっては祀られるような存在。
そんなのに囲まれて平然と生活していることからして、ポポの里の異質さは言わずもがなであろう。
なお神聖ユモ国どころか、大陸中を探しても、こんなイカれた環境はどこにもないということを、里の人間たちは知らない。辺境のきわきわはどこもこんな感じだとすら考えている。
◇
そんなわけにて、ちっとも進まない再開発。
里のみんなも最初の熱気や狂騒ぶりはどこへやら。「あー、これは時間がかかるわぁ」「しょせんはお役所仕事だよね」「自分が生きてるうちに拝めるかなぁ」とややあきらめ気味となっている、今日この頃。
でも、そんな状況下にあって、唯一、進展を見せていたのが教会での神像設置の案件。
神聖ユモ国が国教として定めている二柱聖教。
男老神コウボウと女神ガラシアを信仰しているのだけれども、こと神像の設置についてはとっても厳格。教会本部の認可を受けた工房や彫刻師以外に、制作は許されておらず、設置にも諸手続きが必要にて、費用がとってもかかる。
辺境のきわきわの里ではとても手が出ない金額にて、ずっと「それっぽい像」で誤魔化していた。
だから正式な像が新設されるとあって、神父さまをはじめとする里のみんなもたいそうよろこんだものである。
でもまさか、そのことが新たな火種になろうとは……。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
nameless
鴻
恋愛
名もなき街に生きる、名もなき人々の日常。
とある王国の元は王都の一区画だったけれど、王都の住人も知らない忘れ去られた街。裏社会の人間ですら関わりを避ける七人の秩序が存在するそこで、違法治癒師として借金返済に勤しむ女と、主人を殺して組織を乗っ取った元奴隷の男。
*あらすじを書くのが苦手過ぎる。
*執着系ヤンデレヒーローとすれまくったお人好しヒロイン。
*裏社会で生きる二人が出会い、落ち着くところに落ち着くまで。
*当然のように暴力・グロテスク表現があります。
*全4話。
*一人称視点の習作として、一人称視点じゃないとダメな設定で好きな要素を詰め込んでみました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
悪役令嬢はお断りです
あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。
この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。
その小説は王子と侍女との切ない恋物語。
そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。
侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。
このまま進めば断罪コースは確定。
寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。
何とかしないと。
でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。
そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。
剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が
女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。
そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。
●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
●毎日21時更新(サクサク進みます)
●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)
(第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。
【完結】アシュリンと魔法の絵本
秋月一花
児童書・童話
田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。
地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。
ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。
「ほ、本がかってにうごいてるー!」
『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』
と、アシュリンを旅に誘う。
どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。
魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。
アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる!
※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。
※この小説は7万字完結予定の中編です。
※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。
魔法が使えない女の子
咲間 咲良
児童書・童話
カナリア島に住む九歳の女の子エマは、自分だけ魔法が使えないことを悩んでいた。
友だちのエドガーにからかわれてつい「明日魔法を見せる」と約束してしまったエマは、大魔法使いの祖母マリアのお使いで魔法が書かれた本を返しに行く。
貸本屋ティンカーベル書房の書庫で出会ったのは、エマそっくりの顔と同じエメラルドの瞳をもつ男の子、アレン。冷たい態度に反発するが、上から降ってきた本に飲み込まれてしまう。
とじこめラビリンス
トキワオレンジ
児童書・童話
【東宝×アルファポリス第10回絵本・児童書大賞 優秀賞受賞】
太郎、麻衣子、章純、希未の仲良し4人組。
いつものように公園で遊んでいたら、飼い犬のロロが逃げてしまった。
ロロが迷い込んだのは、使われなくなった古い美術館の建物。ロロを追って、半開きの搬入口から侵入したら、シャッターが締まり閉じ込められてしまった。
ここから外に出るためには、ゲームをクリアしなければならない――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる