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002 紙芝居

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 繊細な線と力強い線を巧みに使い分け、鮮やかな色彩にて描かれてあったのは、南海での争乱について。
 海賊船・黒鬼の暴虐っぷりにはじまり、神聖ユモ国海軍との激闘、アジトへの潜入と人質救出作戦、敵の首魁である女海賊との一騎打ち、海底大空洞に深海洞窟などに、ホランと海の民の黒髪乙女ネクタルとの甘く切ない恋の行方を添えて……。
 一部内容をべったり脚色しつつ、十数枚にわたって展開するお芝居風の絵物語。
 海洋冒険譚をめくりながら熱弁をふるうのは、剣の母であるわたしことチヨコである。
 ハラハラどきどきの展開に、すっかりクギづけなのはポポの里の子どもたち。
 帰郷直後、愛妹カノンから「おねえちゃん、旅のお話を聞かせて」とせがまれたわたしは、得意な絵心を活かして紙芝居を制作。
 これが好評にて、妹カノンや母アヤメの口を通じて評判がまたたく間に里中に広まった。
 で、里の子どもたちからせがまれるままに上演会を敢行中。

「黒鬼こわい」「女海賊おっかねえ」「海軍かっけー」「いいなぁ、海」「あーあ、ホランさんフラれちゃったのかぁ」「あの兄ちゃんちょっと抜けてるからなぁ」「いいひとなんだけどねえ」「記憶喪失とかありがちだよ」「いやいや、後半への伏線としてはアリだろう」「実名ってやばくない?」「やべー、こんど会ったら笑っちゃいそう」「夏の浜辺で南国風の美女と……ポッ」「海の男、小麦色の肌、ムキムキ、うほっ」

 などと、子どもたちの受けはたいそう良く、評判を聞きつけた大人たちすらもが見物に混じるほど。
 でもそんな状況の中、ひとり「ぐぬぬ」と悔しげな表情を浮かべていたのが神父さま。
 柱の陰からジジイが手ぬぐいをくわえて、こっちをにらんでいる。
 里で唯一のボロ教会を運営し、ついでに学び舎の先生もかねており、辺境の隅っこ暮らしにおける信仰と教育を守っている老爺。

「わしの授業や説法のときには、ちっともマジメに話を聞きやせんくせに、キーッ! くやしい、ねたましい、うらやましい」

 まぁ、そんな神父さまのしょうもない嫉妬は、いったん脇へと置いておき。
 ポポの里の近況について、ちと触れておこうと思う。

  ◇

 剣の母という大役を神さまより与えられた、わたしことチヨコ。
 これにより長らく中央からほぼほぼ忘れられていた辺境の里にも、手厚い援助が差しのべられることになる。国としては「剣の母の生誕の地が寒村ではかっこうがつかぬ」ということらしい。
 再開発計画が浮上し、大量のモノ、カネ、ヒトが投入されることが早々に決まった。
 が、いまだ里にはたいした進展はなし。
 村役場や教会に面している中央広場はあいかわらず寂れており、里で唯一のぼったくり商店の強気な価格設定もそのまま。軒先に掲げられた「新規出店反対!」の立て看板だけが、吹きさらしにもかかわらずやたらとくっきりしている様子からして、こまめに文字を塗り直しているみたい。
 里の再開発にあたって、まずは街道の整備から。
 とは決まっているらしいのだけれども、そこからして難航中。
 なにせポポの里の周囲には四天王が治める縄張りがあるからね。
 人間の勝手なんて許されない。

 ポポの里の東西南北域にて君臨する四体の銀禍獣たち。
 竹林と静寂をこよなく愛する植物系禍獣、東のタケノコ。
 礼節を尽くして接すれば相応に相手をしてくれるが、無礼千万を働いたら地面から飛び出す竹で、尻から串刺しにされて、たちまち竹林の養分にされてしまう。
 渋いオッサンっぽい容姿と声にて、ためになるウンチクや訓戒を授けてくれるトリ系禍獣、西のブチョウ。
 基本的には人畜無害。里の子どもたちは彼のありがたいお言葉を収集する遊びに夢中。でも迂闊なマネをしようものならば、即座に必殺の怪鳥蹴りが炸裂する。
 極楽のごときお花畑のある丘。その下に広がる地下帝国の絶対女王。ロクエバチの禍獣、北のロクエ。
 気さくで温厚な性格。が、ひとたび同胞に危害がおよぼうものならば、たちまち女王旗下の軍勢がぞろりと動き出す。
 漆黒の巨躯を誇るウマの禍獣、南のマオウ。
 走る暴風との異名を持ち、立ちふさがるすべてを蹴散らし踏みつぶす。群れを嫌い、天地のはざまにてあるは我のみと孤高を貫いていたが、最近その背を許す相手があらわれた。ちなみにその相手とはわたしの妹のカノンである。マオウは美幼女にメロメロだ。

 これらを総じて、ポポの里では四天王と呼ぶ。
 ご先祖さまたちの涙ぐましい努力により、信頼関係を構築することに成功したポポの里。どうにか共生関係を続けている。
 そんな四天王の機嫌をそこねるわけにはいかないし、里としてもことを荒立てたくはない。
 たしかに彼らは畏怖の対象ではあるが、よき隣人でもあり、そして里を外敵から守ってくれている頼もしい存在でもあるのだ。
 ちなみに銀禍獣は、ときと場合によっては国軍が動くような対象である。
 そして四天王は限りなく金に近づいている銀等級の猛者揃い。
 金禍獣ともなれば伝説とか生き神さまあつかいにて、ところによっては祀られるような存在。
 そんなのに囲まれて平然と生活していることからして、ポポの里の異質さは言わずもがなであろう。
 なお神聖ユモ国どころか、大陸中を探しても、こんなイカれた環境はどこにもないということを、里の人間たちは知らない。辺境のきわきわはどこもこんな感じだとすら考えている。

  ◇

 そんなわけにて、ちっとも進まない再開発。
 里のみんなも最初の熱気や狂騒ぶりはどこへやら。「あー、これは時間がかかるわぁ」「しょせんはお役所仕事だよね」「自分が生きてるうちに拝めるかなぁ」とややあきらめ気味となっている、今日この頃。
 でも、そんな状況下にあって、唯一、進展を見せていたのが教会での神像設置の案件。
 神聖ユモ国が国教として定めている二柱聖教。
 男老神コウボウと女神ガラシアを信仰しているのだけれども、こと神像の設置についてはとっても厳格。教会本部の認可を受けた工房や彫刻師以外に、制作は許されておらず、設置にも諸手続きが必要にて、費用がとってもかかる。
 辺境のきわきわの里ではとても手が出ない金額にて、ずっと「それっぽい像」で誤魔化していた。
 だから正式な像が新設されるとあって、神父さまをはじめとする里のみんなもたいそうよろこんだものである。
 でもまさか、そのことが新たな火種になろうとは……。


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