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33 あの日の出来事、表。

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 ホームルームが終わった放課後の教室。
 担任の先生がいなくなった途端に教室が眩い光に包まれて、気が付いたら僕の目の前には一人の黒いスーツ姿の男性が立っていた。
 彼の口からこれから自分の身に起こることを説明され、相談の上に能力を与えられて、あちらの世界へと送り出された。拒否権はなかった。
 そして気がついたらクラスのみんなと一緒に王城の召喚の間というところにて物々しい雰囲気の中、兵士らに囲まれていた。
 
 そっから先はまるでゲームかアニメのような展開で、あれよあれよという間に王国内部に取り込まれて、各々が戸惑いつつも懸命に生き残る道を模索することとなる。
 組織にとって有益だと判断されれば重用され、反抗的だと判断されれば容赦なく処分された。あのスーツ姿の男性も言っていたが、世界間のバランス調整というお題目は、僕たちがこちらについた時点で成立しているらしい。
 だから後は煮るなり焼くなり現地人の自由なんだとか。
 向かう先が優しい世界ならば人道的に手厚く保護してくれるケースもあるそうだが、ここはそうじゃない。だから自分自身の手で立場を確立しなければならない。不貞腐れてゴネたところで地下牢に放り込まれるのが関の山、だったら少しでも早くこちらの世界に順応したほうがいい。
 だから僕は自分なりに頑張った。モンスターやら魔族が普通に闊歩している世界だというので、スーツの男性には魔法の能力を付与してもらったので、なんとかやっていけた。
 こっちで師となってくれた方によると素質は充分だから、焦らずじっくりモノにしていこうと言ってもらえた。その方は城でも有力者だったらしく、おかげで弟子となった僕の身柄も安泰となる。だからといって油断していたら見捨てられてしまうので、毎日、懸命に修練に励んだ。

 そんなある日のことだ。奇妙な噂を耳にする。
 なんでも一人足りないらしい。
 向こう側は確かに四十人送ったと言っているのだが、こちら側には三十九人しか届いていない。なんらかの能力、例えば暗殺者の隠形とかの術を付与してもらい、それを駆使して召喚直後にこっそりと逃げ出したのかとも考えたが、噂話を聞くかぎりではどうやら違うらしい。
 召喚の間では異世界転移が行われる際に、部屋だけでなく建物の周囲をもぐるりと衛兵らが幾重にも取り囲んでおり、抜け出す隙はなかったという。
 またチカラを行使すればその気配がわかるのに、それもまったく反応がなかった。
 あの日、あの場に現れたのは間違いなく三十九人だけ。
 王城側は小首を傾げつつも、一人ぐらいならば問題なかろうと結論づけた。彼らとしてもいるかいないかわからない一人の捜索に人員と労力を割くよりも、他の三十九人を育てるほうが急務だったからである。
 なにせ魔族との緊張は日に日に高まっていたのだから……。

 魔族には意志があり知性があり言葉もあり文化文明もある。
 物語とかだったら、人類と魔族の垣根を越えて分かり合えたりするもんだが、現実は違う。
 人間はどこまでも魔族を嫌悪し、魔族もまたどこまでも人間を憎悪していた。
 相互理解なんて出来る臨界点をとっくに突破していた両者が、手を取り合うことなんてありえない。二つの種族はあまりにも長い間、殺し合い、争い過ぎてしまったのだ。失った命と流れた血が、塵と積もった憎しみが、敵の死滅でもって償わなければどうしようもないほどに……、もはや修復なんて不可能なほどに両者の関係は粉砕されている。
 顔を合わせるどころか、同じ空気を吸っているのすらもが許せない。
 だから殺し合い奪い合う。
 それでもまだ闘いが比較的局所や単発にて済んでいたのには、大陸の三分の一をも占めるという神域の森の存在が大きい。
 お互いの領土へ向かうにはこれを大きく迂回する必要があるので、どうしたって行軍距離と補給線が問題となるがゆえに、敵対感情だけではどうにもならないのだ。
 
 そこは弱者を拒む広大な森として有名で、闊歩するモンスターや獣どころか生えている草木に至るまでもが強者。人間、魔族ともにここにだけは手が出せずに、せいぜい外縁部を辺境と称して細々と開拓するのみ。それですらも森の恵みは大きく、双方を潤すに足るものであった。
 それだけの資源の眠る場所ゆえに、これまでに何度も探索や遠征隊による踏破を試みられたのだが、コレはことごとく失敗したという。数多の兵士や冒険者たち、勇者や聖女、賢者に剣聖とまで呼ばれた人たちすらもがほうほうの呈で逃げ帰るほどに、内部はヤバいらしい。強欲そうな王国の上層部ですらもそこには手を出そうとしないところをみると、相当なのであろう。
 魔法使いの卵に過ぎない僕には縁遠い場所のようだ。

 こっちの世界に来てから一年ほどが過ぎた頃。
 ようやく魔法使いとして格好がついてきたかなと思っていた矢先、神域の森の様子がなにやらおかしいとの報がもたらされた。
 師匠から聞いたところによると、なんでもかつてないほどに森が活性化しているんだとか。つまりヤバいところが一層ヤバくなったということ。だがそれだけではなくて、辺境周辺にて聖女伝説なるものが、まことしやかに囁かれているそうな。
 無償の施しをしてまわり、荒れた田畑を蘇らせ、村々を救ったという。
 これを聞いた瞬間に、僕の脳裏に浮かんだのは消えた四十人目のこと。
 ひょっとしたら何らかの手違いにて辺境へと流れ着いた子が、知識チートとか能力を駆使して、人助けに奔走しているのかもしれないと思った。だけど話の続きを聞いて、やっぱり違うかもと思った。だって凶悪さでは他所の右に出ないという森の獣やモンスターどもを従えて、死と隣り合わせのような過酷な森の中で平然と一人で暮らしているとか、コンビニエンスストアとウォシュレットに甘やかされて育った現代っ子では、ちょっとありえないだろう。キャンプやサバイバルが趣味だとしても逞しいとかを通り越して異常である。
 なにせここは異世界だ。生息する生き物の危険度が桁違い。そんな連中に囲まれてのスローライフなんてありえない。能力にテイマーのような魔物を従えるチカラを付与されたと考えても、やはり無理がある。それならば人里に出て能力を活かして生活すればいい。神域の森だなんてヤバいところに住み着いている時点でなんだか、その人もヤバい気がする。

 ……だというのに、無情にも王命が下る。
 僕は勇者候補となっているクラスメイトら数人と兵士らを伴って、現地調査へと赴くことになってしまった。
 あいにくと魔術と遠距離攻撃に優れていたのが僕だけであったいう不運、まさか日頃の頑張りがこんなところで裏目に出るだなんて。なお勇者とは転移者の中から教会が選定して容認されることでなれるんだと。選ばれることで受ける恩恵も多いが、苦労も多いらしくって僕はごめんだな。
 国としてこれまでにも噂を聞きつけて何度か調査員を送ったのだが、どうにも成果が芳しくなかったらしく、現地の冒険者ギルドに協力を仰ぐもナシのつぶて。漏れ聞こえてきたところによると、支部がすでに全面的にその聖女とやらに屈していたようで話にならないそうな。
 これに王様が業を煮やし派遣が決定したという。
 僕等が調査兵団に加えられたのは能力的なこともあるが、何よりも相手が顔見知りだった場合に篭絡しやすいとのせこい思惑もあるんだとか。
 
 あー、気が重い、行きたくないなぁ。


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