上 下
6 / 54

05 神域の御戸。

しおりを挟む
 
 銀狼と赤い鳥に白い小動物か……、これでシロが猿だったら桃太郎だな。
 そんなことをポツリと呟くとフェンリルが興味を持ったので、定番の昔話を聞かせてやったら酷い話だなと呆れられた。
 敵の巣窟に一人で行けという親も大概だが、そこに獣連れで乗り込む息子も大概だと。
 
 改めて言われてみればそんな気もする。
 それと道すがらに動物に声をかけるぐらいならば、近所の友達でも誘えばいいのにとも思った。もしかして桃から生まれたから、みんなに気味悪がられて彼は幼少期よりずっと一人ぼっちだったのかもしれない。
 村はずれに住む寂しい老夫婦に、動物にしか心を開けない寂しい息子、凶行の末に掴んだ大金と血にまみれた手で、果たして彼らは幸せになれるのだろうか、心から笑える日が来るのであろうか……。
 そんなやくたいもないことを考えつつ、みんなでチクワをかじる。
 
 しかし美味いな。
 
 まるで飽きないし、なんだか食べるたびに新しい発見がある。能力を使って手から出すたびに微妙に味が変わっているのかも。でも自分の汗とか風味のせいとかだったら、ちょっと嫌だな。
 そしてどうやらシロとレッドもフェンリル同様に、あの天辺の穴からチクワの匂いに惹かれてやってきたというのが事の真相のようだ。
 つまりここから外へと通じる道はあそこしかないということに。
 これに困っていると「ならばチクワの礼にワシが上まで運んでやろう」と銀狼が言ってくれた。
 
 こうして彼の背に跨って颯爽と、ではなくて子猫のように襟首をくわえられてシュタタと深い穴倉の底から垂直壁走りにて外へと持ち運びされる。
 ありがたいけれども、なんか想像していたのとちょっと違う。



 幾日かぶりの外の空気に触れた途端に気分が悪くなった。
 あれ? おかしいな、普通は爽やかな風に触れて生き返ったー、お日様を浴びて私は生きてる! とかなる場面のはずなのに……。
 
 周囲を見渡すと鬱蒼とした森の中だった。
 ジャングルどころかジャックと豆の木に登場するアレみたいなのが、ところせましと生えている。穴の底から出てきたというのに、相変わらず空が遠い。
 緑の陰翳が濃く、そのせいか地面もぬかるんでいるし、湿気で汗ばむ。植物が発する独特の青臭さでむせ返りそうになる。遠くから鳥やら獣らしきものの声に混じって謎の奇声が聞こえてくる。大型肉食獣どころか怪獣とかいたら困るな。

 森に生息している木々は私の知るものとはかなり様子が違う。
 どれもこれも逞しいというか、幹がうねっているというか、とにかく雄々しくてデカい。枝ぶりも立派で葉も大きくて肉厚、木の葉一枚がサボテンぐらいの厚みと言ったらわかりやすいか。存在感がありまくりというか、年がら年中タンクトップ姿でうろつくボディビルダーばりに自己主張が激しい。神社とかにある御神木みたいに、年季の入った奴が放つ気みたいなものがバンバンと伝わってくる。
 幹とかの蜜に集っている虫も私より大きい。
 なにもかもスケールが大きいせいか、まるでこちらが小人にでもなったかのような錯覚を起こす。
 
 神域の御戸とかいう穴倉からようやく外へと出られたと思ったら、今度はじめじめとした危険渦巻く陰気な森の中。
 どうやら異世界はとことん私に喧嘩を売りたいらしいな。
 
 だがいくらこの場で愚痴ろうとも誰も助けてなんてくれない。
 だから足を前に動かすことに決めた。
 シロは上着の胸ポケットに納まり、レッドはしゅるしゅると大きさをキジぐらいからハトぐらいに変えて私の右肩にとまる。
 とりあえずここから東に真っ直ぐ進むと、人の住む辺境の村に辿り着けると教えてもらえたので、銀狼に礼を述べてトボトボと歩きだした。
 すると後ろからシタシタと足音がついてくる。
 私が立ち止まると後ろの足音も止まる。
 そして再び動き出すと後ろの足音も動きだした。
 振り返ると銀狼の姿があった。
 じーとその長い鼻づらを見つめていたら、いささかバツが悪くなったのか顔をプイっと逸らされた。そして照れくさそうに、ぼそぼそとこんなことを言い出す。

「その、なんだな。ハナコだけだと危ないから。ワシが送ってやろう。それで礼ならチクワでいいぞ」

 どうやらフェンリルはチクワが大層お気に召したご様子。
 こっちにとっても悪い話じゃないので契約成立。
 こうして私はチクワで銀狼のお供を得た。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

とんでもないモノを招いてしまった~聖女は召喚した世界で遊ぶ~

こもろう
ファンタジー
ストルト王国が国内に発生する瘴気を浄化させるために異世界から聖女を召喚した。 召喚されたのは二人の少女。一人は朗らかな美少女。もう一人は陰気な不細工少女。 美少女にのみ浄化の力があったため、不細工な方の少女は王宮から追い出してしまう。 そして美少女を懐柔しようとするが……

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。 このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。

めんどくさがり屋の異世界転生〜自由に生きる〜

ゆずゆ
ファンタジー
※ 話の前半を間違えて消してしまいました 誠に申し訳ございません。 —————————————————   前世100歳にして幸せに生涯を遂げた女性がいた。 名前は山梨 花。 他人に話したことはなかったが、もし亡くなったら剣と魔法の世界に転生したいなと夢見ていた。もちろん前世の記憶持ちのままで。 動くがめんどくさい時は、魔法で移動したいなとか、 転移魔法とか使えたらもっと寝れるのに、 休みの前の日に時間止めたいなと考えていた。 それは物心ついた時から生涯を終えるまで。 このお話はめんどくさがり屋で夢見がちな女性が夢の異世界転生をして生きていくお話。 ————————————————— 最後まで読んでくださりありがとうございました!!  

処理中です...