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082 特級
しおりを挟む大樹に張り付いている状況なのでどうせ熟睡はできない。
なので軽く仮眠のみをとり、夜通し登り続ける。
そのかいあって、どうにか期日内に大樹攻略を成功させる。
森の上層部へと出てからは、枝葉が入り組んでおり足場にはこと欠かぬ。ときおり不穏な影や気配により歩みは止まるものの、襲われるまでには至らない。
もしかしたらこの地に生息する生物にとって、人間なんぞは餌にも満たぬ、とるに足らない存在なのかもしれない。
枝葉が複雑にからみ合った緑の迷宮を踏破。
どこまでも続く空が鬱積していた閉塞感をどこぞに吹き飛ばす。
太陽の光を浴びようやくひと心地するも、ホッとしている間もなく俺たちはすぐに狼煙をあげる準備へと取り掛かる。
ここまで来る途中、使えそうな枝葉を回収しておいた。そいつを組んで束にし、内部に携帯酒瓶の中身を染み込ませる。味は最低だが引火するほどの強烈な酒精、おもわぬところで役に立ってくれた。
しばらく待ちある程度、漂い出た酒の成分が奥で空気と混ざり合ったのを見極めてから、火をつければ葉の油分と合わさって煙が立ち昇る。
俺が軍隊の新兵時代に習った狼煙のあげ方である。
黒装束の男も慣れた様子で手伝っていたので、やはり他国の軍属もしくは退役軍人の類なのはまず間違いあるまい。
運がいい。
上空に風があまり吹いていない。この調子ならば煙が散らされることもない。
いい感じでもうもうと煙が立ちはじめたところで、俺は腰の小鞄より取り出した赤玉に切り身を入れて、火種に投入する。
これは煙玉の一種。通常の煙玉は白煙を勢いよく吐き出しては、目くらましなんぞに使う小道具なのだが、この赤玉は見た目そのまんま、遠目にも目立つ色付きの煙を吐き出す。用途は主に友軍への通信や信号目的など。
手持ちの赤玉は三つ。
こいつが尽きる前に発見されることを願いつつ、俺たちは狼煙を管理しながら周辺空域に目を凝らす。
◇
先ほどの発言は訂正しよう。
運がいいと言ったのは間違いであった。
よりにもよって狼煙を見つけて近寄ってきたのが、アレとは……。
遠くにかすかに聞こえた雷鳴。
はじめ雨雲が近づいてきているのかとおもった。
けれどもそいつがもの凄い勢いにて、真っ直ぐこちらへ向かっていると気がついたときには、すでに隠れようもなかった。
宙に制止し、鼻息荒くいななくのは漆黒の馬体。
額には蒼光を帯びた角。太い首筋、盾のごとき厚い胸板、一切の無駄がない筋肉の鎧につつまれた巨躯。四つある瞳はすべて燃えるような赤。六つある足はどれもたくましく、蹄には貴婦人の爪のように艶めかしい光沢を宿す。
威風堂々なる異形。
その背にまたがるのは、甲冑姿も勇ましい藍色の髪の戦乙女。
整った容姿をしている。なのに素直にキレイという賛美の言葉が浮かんでこないのは、表情に乏しくどこか造り物めいているせいか。
髪と同じ色をしたガラス玉のような瞳が、馬上よりこちらを見つめている。
「なっ、六本足の天馬……。まさか特級のマイラか?」
俺のつぶやきを耳にして黒装束の男もギョッ!
当国に二人いる特級御者のうちの一人が、いま目の前にいるのだから無理からぬこと。
特級は御者の実力はもとより、操る騎獣も別格。
他の等級とは一線を画する存在。
今回の依頼へと臨むに際して、支部長のナクラより「もしもかち合ったらすぐに逃げろよ」と言われていた。
そんな相手とよりにもよってこの局面で遭遇するだなんて……。
圧力が尋常ではない。対峙しているだけで押しつぶされそう。
否応なしに突きつけられるのは埋めようのない差。同じ空間にいるだけで鼓動が乱れて息苦しさを覚える。
六本足の天馬。四つの目がバラバラに動いては、こちらの一挙手一投足に注視している。わずかにでも怪しい動きをみせたら、瞬殺される。
凶悪な慮骸と遭遇したようなもの。まるで生きた心地がしやしない。
だというのに相棒のメロウのみは、ぷよんぽよんといつも通り。さすがはナゾ生物スーラ、その神経の図太さが羨ましい。
なんぞと考えているとマイラがようやく口を開いた。
「……煙を見て来た。でも助けてあげられない。この子は私以外の誰にも背を許さないから」
言うなり投げて寄越したのは荷袋ひとつ。
緊急時に役立つ非常用持ち出し袋にて、中には役立つ品がいろいろ入っている。
どうやらこれで急場をしのげということらしい。
「……スーラを連れているだなんて、ヘンなの」
そんな言葉を残し、特級御者と騎獣はさっさと行ってしまった。
あっという間に遠ざかっていくその背を見送り、俺たちはしばし呆然自失。
「なぁ、もしも先にアレと遭遇していたら、あんたら仕掛けていたか?」
黒装束の男はあわてて首を振り「まさか!」
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