御者のお仕事。

月芝

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009 爪跡

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 中央と辺境のみならず、辺境の集落同士であっても人と荷の往来は限られている。
 だから信用のおける行商人のダヌが外部より持ち込む品物や情報は、辺境の人間からはとてもありがたがられるし、その逆もまたしかり。

 行く先々の住人たちに笑顔で「よく来てくれた」と迎えられて、そして「また来いよ」と笑顔で見送られる。
 あくまで人流や物流の担い手として、淡々と依頼された品を車に載せては運ぶばかりの御者とはちがい、行商人は方々でしっかりと信頼関係を構築している。
 人、物、心、それらががっちりかみ合うことでひと筋の道となっている。金銭のやりとりはあくまでその一部にしか過ぎない。
 それがダヌという青年の商いのやり方。

 共に旅をしダヌのやり方を間近で見ているうちに、俺はこの青年にいらぬちょっかいを出している商会に憐れみを覚えるようになっていた。
 だってそうだろう?
 いくら彼を害して、横から販路をかすめ捕ったところでなんら意味がないのだから。
 自分たちが楽をすること、得をすることしか考えないような輩が、辺境民の信頼を勝ち得るわけがない。
 たちまちボコられて身ぐるみを剥がれて放り出されるのがオチだ。

  ◇

 城塞都市ソーヌを出立してからはや三十四日が過ぎ、これまでに巡った集落は六つ。
 いよいよ最後の集落へと向かう道すがら。
 途中、獣にちょっかいを出されたり、激しい雷雨に見舞われて足止めを喰らったりしたものの、襲撃者の影は皆無。わりと順当に予定を消化している。

 次の目的地は三方を高い岩壁に囲まれた窪地にある集落。
 出入り口がひとつきりにて、攻めるに難く守りに易い天然の要害。
 住民たちは岩肌をくり抜いて生活しており、近くの山にて岩塩も採掘でき、清水どころか温泉までも湧いているそうな。
 やや空気が乾燥して埃っぽい以外は、辺境の中ではかなり恵まれた暮らしぶりという話。だから俺も密かに愉しみにしていたのだが……。

 集落へと通じる山道の入り口のところで俺は相棒に声をかける。

「メロウ、ちょっと止まってくれ」

 荷車を止めた俺はすかさず御者台から飛び降り、気になった岩壁へと近寄る。
 見上げた先、そこには爪か何かでひっかいたような四本線の深い跡が刻まれてある。クマ系の獣が縄張りにつける印に似ている。

「にしては傷の位置がずいぶんと高い。ざっと見積もっても五シーカ近くもある。いくら変異種とはいえクマにしてはデカ過ぎる」

 俺の背丈は平均的な男性程度にて、一シーカ七十三チアほど(約百七十三センチぐらい)。
 その倍以上となるとかなりの大物。
 内地でもまったく見かけないわけではないが、この大きさとなると相応に喰い扶持も必要となるから、こんな岩だらけの場所をうろついているとは考えにくい。

「となればあとは慮骸の可能性が高い、か。だとしたらやっかいだな」

 生体兵器「慮骸」は戦争が残した負の遺産。
 妖精の鱗粉と並び称される人類が犯した三大禁忌のうちのひとつ。
 その性質は残忍にして狂暴。現在の人類の生息域をもっとも脅かしている存在。もはや天敵といっても過言ではない。
 そして御者にとっては一番遭遇したくない相手でもある。
 なぜなら出会ったが最後、どちらかが倒れるまで戦うしかないから。

 だというのにダヌは「ここの集落のみなさんは無事でしょうか」と自分のことをそっちのけで真っ先に他人の心配をしている。
 旅を続けるうちに薄々と勘づいてはいたが、こいつはとんだ筋金入りのお人好しだ。
 けれども、愛すべき好人物でもある。
 先の戦争では、いいやつから先にバタバタ死んでいった。
 善良な心根の持ち主ほどさっさと消えてゆく。本当にクソったれな時代だった。
 だからこそ将来有望な若い芽は貴重だ。どうあっても守らねばならない。
 いざともなればせめてダヌだけでも逃がす。
 きっと彼は承服しないだろうが、俺は密かに決意し御者台へと戻った。


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