誰もいない城

月芝

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037 鏡の迷宮

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 サッと鏡の中を横切る白いワンピースの女。
 けれども全貌は捉えきれない。
 視界の片隅に映るのは、裾の端っこか、彼女のうしろ髪、もしくは手や足の先だけ。
 あわてて顔を向けたときにはすでに消えている。
 かとおもえば反対側の鏡の中にちらりとして、翻弄されるばかり。
 おもわずボクは手をのばすも、その指先が鏡の壁に遮られる。
 どこからともなく聞こえてくる「ふふふ」という笑い声と、タタタと駆ける足音。近いようで遠く、遠いようで近い。
 ズキンと指先に痛みを感じる。先ほど鏡にぶつけたときに、軽く突き指をしてしまったらしい。でもおかげでいったん立ち止まって冷静になれる機会を得た。
 あらためて自分の周囲を眺める。
 鏡の中をどこまでも世界が連なっている。
 だというのに、そこにはボクの姿だけがない。なぜだかわからないが、この世界の鏡にボクが映らないことは、はじまりの部屋の姿見にて判明している。このナゾは以前として解明されていない。
 が、いまそのことはどうでもいい。
 問題はこの状況。
 かなりマズイと判断したボクはじりじりと後ずさり。いったん部屋の入口まで下がることにする。さいわいなことにあまり奥まで入り込んでいなかったので、それは可能であった。もしもムキになって追いかけ続けていたら、最悪、鏡の迷宮の虜となっていた可能性もあるのだから。

  ◇

 最寄りの鏡を思いっきり蹴飛ばしてみる。
 ビクともしない。感触が重たい。蹴った方の足が痛い。見た目以上に頑強のようだ。

「壊して最短距離を進むのはムリか……」

 ズルはできない。となれば正面から攻略するしかない。
 しかしそれはとても難儀なこと。
 まずこの二階の規模。一階の造りから概算しても、けっこうな広さがあると推察される。そのすべてが鏡張りだとしたら、遊園地のアトラクションなんぞとは比べものにならない。

「だとすると、勘に頼って勢いだけで突き進むのはダメだな」

 となれば少しずつ進み、印をつけながらコツコツと地図を作製するしかない。
 よもやこんなところにきて古き良きダンジョンロールプレイングゲームを体験するハメになるだなんて。
 ボクは思わず「はぁ」と重いタメ息をついた。

  ◇

 攻略法さえわかっていれば、時間と手間がかかろうとも問題ない。
 そんなボクの考えを嘲笑う鏡の迷宮。
 まずボクは、自分の血で道行き、壁に印を書きながら進もうとするも、これが大失敗。
 なにせすべてが鏡張りにて、せっかく書いた印すらもが映り込んで多像化。ちっとも目印の役割を果たさない。
 ならば足下はどうかと床で試してみるとうまくいったので安心していたら、いつのまにやら血の印が跡形もなく消えている。
 その理由は鏡そのものが血を吸収していたから。時間の経過とともにスーッと内部へと溶けるようにして呑み込まれてしまう。
 鏡の迷宮そのものに細工を施すことは極めて困難。
 突破するには、一歩一歩進みながら地図を地道に仕上げていくしかない。

 左側の壁に左手をついて、黒革の手帳にメモをとりつつ進む。分岐があらわれてもまずは左側を選ぶ。
 ひたすら片側のみを進む。最短は無理でも根気よく続けていれば、いずれは出口へと到達できる迷路の攻略法。
 とはいってもうろ覚えだけれども。たしかこんな感じだったと思う。
 なんとなく理屈にあっていそうだし、とりあえず試してみることにしたのだが……。

 ある程度まで進んだところで、スタート地点の扉のあるところにまで戻る。この作業をくり返す。
 これは地図の精度を高めるためと、見落とし防止、そして万が一を考えての用心。
 ここにあらわれる怪異は鏡の中のワンピースの女だけ。
 ただしそれには「今のところ」という文言が頭につく。
 どこから何が飛び出すかわからない状況下。休むのならばより安全な場所を選ぶのは当然の判断だろう。
 そんなボクの用心はある意味、功を奏する。
 同時に最悪な情報をももたらしてくれた。
 慎重に探索を続けることしばらく。仮眠や休憩を挟みつつ順調だったマッピング作業に不具合が生じる。
 再スタートにてさらに探索範囲を延ばそうとしたのだが、途中で異変が生じた。
 黒革の手帳にメモした内容と、経路に齟齬が発見される。

「あれ? こんなところに分岐なんてあったかな」

 ボクは肩にのっている相棒の白い腕にも確認するが、彼女も手首をかしげるばかり。
 まぁ、自分が見落としたのか、もしくは記入し忘れたのであろうと、その時は考えた。
 けれどもその後も、二度三度と同じようなことが重なれば話はちがってくる。
 一度、明確な疑念を抱いて、対峙してみればナゾはすぐに解明された。
 原因は鏡の迷宮そのものにあった。
 なんとコイツは、一定の時間を経ると迷路を自ら作り変えていたのである。
 変化の規模こそは小さい。鏡が何枚か移動する程度。それでも挑戦者を惑わすのには充分。これによりボクは時間的制約まで課されてしまった。
 うっかりハマったらしゃれにならない悪質な仕掛け。
 この場所にいる怪異は白いワンピースの女だけじゃない。
 鏡の迷宮そのものが巨大な怪異。
 いまボクは、そいつの腹の中にいる。


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