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第四十一話 銛使い
しおりを挟む木っ端みじんになった三十石船。
燃え盛る船は放っておいて、岸辺へと急ぐ鈍牛たち。
どうにか岸にたどりついたときには、担がれていた二人の女と猫以外の男たちはみな、下半身がドロだらけの濡れ鼠。
いきなりの襲撃にて散々な目にあい、ひどいありさまながらも朗報もあった。
水からあがって付近を見れば、鈍牛、なにやら見覚えがある景色にて。
かすかに白じむ東の空の下、よくよく見てみると、ここいらは淀川は枚方の対岸近くだということが判明。ここからならば彼の故郷である高槻の芝生の庄は目と鼻の先。歩いて二刻とかかるまい距離。
「こっちだ」
土地勘のある鈍牛の案内で歩き出した一行。
いつしかその中から加藤段蔵の姿が消えていたのだが、先をゆく鈍牛と七菜はまるで気づかない。気づいていたのはクノイチのお良と、こっそりと当人から「少しあと始末をしてくる」と告げられた田所甚内ばかり。
そうして段蔵がもどったのは先の爆破現場。
早や火は消えており、燻ぶっている木材が放つ独特のツンとした臭気が水辺の湿気とまじりあって、不快な空気となって満ちている。
そんな中で段蔵が調べていたのは、浅瀬のそこいらに転がる骸たち。
念のために首の付け根にクナイを深々と撃ち込んでから接近し、懐を探る。こうでもしないと忍びの遺体なんておっかなくて触れられたものじゃない。
死んだふりをして、敵が不用意に寄ってきたところをグサリなんて芸当、平然とやるのが忍者なのだから。
実際、戦場に駆り出された際には段蔵自身も何度かやった経験がある。これが存外、効果があるのであなどれない。
調べを進めるも、身元を示すような品は何も所持していない。段蔵はせめて連中の目的でもわかればめっけものと考えていたのだが、この分では望みは薄そう。
目につくところから順繰りに調べていき、四体目まで確認が終わったところで、段蔵の動きが止まる。
段蔵の視線の先には、船の残骸にぶら下がるようにして果てている五体目の骸。
それに語りかけるようにして「いいかげんに出てきたらどうだ」と声をかける。
すると骸のあった付近の物陰から姿をあらわしたのは、銛を手にした褌姿の男。襲撃者の唯一の生き残り。
どうしてこの者は逃げることなく、ここに潜んでいたのか? その理由は敵方の忍びの行動を予測したのと、あとは下手に追いかけて陸の上で勝負をするよりも、自分の得意な水辺での戦いを選んだから。
ずいぶんと分の悪い賭けにて、いささか運頼みではあったが、結果として上々。
釣果は一匹なれど、単独にてのこのこあらわれてくれたのだから。
相手の得物を見て「あの投げ銛はおまえの仕業か」と段蔵。
「おうとも」こたえた男が銛を槍のように構える。
加藤段蔵はクナイを手にこれと相対した。しかしその表情にはいつものひょうひょうとした余裕はない。
遺体を調べるうちに気づけば、己が身が岸より離れて浅瀬の内でも中ほどにまで進んでしまっていた。
下はぬかるみ足首ほどまでもが埋まっており、水は膝の上あたりにまで届いている。
いかに桁外れの膂力を誇る段蔵の肉体とて、これらをものともせずに動けるわけではなく、その力は半減したも同じこと。
加えて敵の武器もやっかいであった。
槍に等しい間合いにて、扱いの練度は言うに及ばず。投げれば船底を砕くほどの威力と精度。中遠距離では圧倒的に向こうが優勢。
まんまとこんな状況に誘い込まれたことが、段蔵、なにより腹が立ってしようがない。
いささかカッカとしつつも、頭の中は冷静にて、自分の懐を探り手持ちのクナイの数を確認。あいにくと手にあるモノを加えても三本きり。
船の上にて景気よくばら撒いたツケがここにきて回ってきていた。
それでも投げれば太い生木を貫通するほどの威力を誇る段蔵のクナイ。
まずは小手調べと一投。水面を走るかのようにして飛沫をあげながら疾走するクナイ。
これを銛を風車のように回転させて見事にはじいた敵の忍び、すかさず走り出す。
水辺にて、ドロを相手にしての足の運びを心得た歩法にて、陸の上と遜色ない動きをしてみせた敵。水に浮かぶアメンボのような滑らかさでもって段蔵へと迫る。
これに対して、段蔵はなんとかより有利な位置を確保しようと、迂回するようにして陸を目指す。
しかしこの動きは読まれていた。
投げ放たれたのは銛。その狙いは正確無比にて、真っ直ぐに段蔵の胸を貫かんとする。
海の猛獣どもを幾たびも仕留めたであろう強烈な一撃。
いかに段蔵が名うての手練れとて、クナイにてどうにか切っ先をそらすので精一杯。衝撃にて体も手にしていたクナイもはじかれてしまう。
クナイはどこぞへと消え失せ、その身は岸辺よりなお遠ざけられてしまった。
しかし敵も銛を投げてしまったので、双方ともに手持ちの得物がなくなったのかとおもえば、さにあらん。
銛の柄の端にはより紐が結ばれており、これをグンと引いたとたんに、まるで銛そのものが生きているかのようして、自ら跳ねて主人の手の中へと戻っていってしまった。
つまり敵はあの必殺の銛を実質投げ放題。
銛使いの男の妙技をまえに段蔵、「おいおい、かんべんしてくれよ」とぼやかずにはいられない。
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