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017 トーシローと末っ子

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 もろもろが吹っ切れた僕は「キョエェェ~~~~ッ!」
 いきなり奇声をあげて、あさっての方へと駆け出した。
 裕次らからすれば、恐怖のあまり逃げたように見えたことであろう。
 しかし古くからの付き合いのあるタケさんは、すぐにこちらの意図を察してくれたらしく「……死ぬなよ、アキ坊」とつぶやき、僕とは反対の方へと走り出す。
 二手に分かれたのだ。
 戦力の分散は、はなはだ心許ないがしょうがない。
 だって僕がいっしょだと老狩人は存分に力をふるえないのだから。
 それにさっき裕次は、たしかにこう言っていた。

『俺がジジイを片づけるから、恒平はそっちのツイてない兄ちゃんを』と。

 それすなわち、僕の相手は巨漢の入道ということになる。
 啓介よりもひと回りゴツイ恒平、ムキムキだが動きはトロそうだ。
 まともに対峙したらひとひねりだろうが、勝手知ったる森の中ならば、僕にも勝機があるかもしれない。
 もしくは逃げ回って時間を稼ぎ、タケさんの応援を待つ。
 ……つもりだったのだけれでも、ふたつばかり想定外のことが起きたもので、僕はあたふた。

 夜の森、暗がりに紛れて僕がこそこそ逃げ回っていると、突如として背後より聞こえてきたのは、ブゥンという不穏な回転音。
 どんどん近づいてくる。

「なんだ?」

 おもわず立ち止まりふり返りそうになった僕は、うっかり木の根に足をとられてしまった。近くの木にもたれるようにして、尻もちをつく
 が、直後のことである。

 ズバンッ!

 頭上、わずか数センチのところにめり込んだのは、赤い斧。
 恒平が投げつけたものだ。
 もの凄い威力にて、メキメキメキと生木の幹が裂けていく。
 それを目の当たりにして、僕はゾゾゾ。とんだ強肩!
 たまさか助かったが、もしも転んでいなかったら、こうなっていたのは自分だ。
 てっきり接近戦オンリーかとおもったら、恒平は遠距離戦もわりとイケる口らしい。
 まず、これがひとつ。
 でもって、もうひとつは、投擲とともに恒平が猛然とダッシュしてきたこと。

「速っ!」

 陸上の選手ばりにキレイなフォーム、躍動する筋肉が迫る。
 啓介と違って、恒平はバリバリ動ける巨漢であった。
 マジで速いぞ。森の中でこれならば、グランドとかなら冗談抜きで、百メートルで十二秒台を切るのではなかろうか。
 ちくしょう、こんなのアリかよ! 力自慢の巨漢はちょっとグズでノロマってのが、お約束だろうに。

 だが、正面から向かってくるのならば狙いやすい。
 僕はすぐさま散弾銃を構え、迎撃態勢をとる。
 が、次の瞬間、恒平の姿が視界より消えた。
 サッと素早く横へと移動して、射線をはずしたのだ。
 銃口が自分へと向けられたことをいち早く察しての回避行動。
 ばかりか、ふたりの間にある木々を巧みに盾としつつ、さして速度を落とすことなく、恒平は移動を続けている。
 銃に臆することなく、消えたとおもったら、右からあらわれたり左からだったり。
 たくみにフェイントを織り交ぜられて、僕は狙いを定められない。
 みるみる縮まる距離。

 明らかに銃撃戦に馴れていやがる。
 最初に数を頼みに襲ってきた連中とは次元が違う。
 おそるべし、円地三姉弟。
 末っ子の能力を完全に見誤った。
 トーシローがどうにか出来る相手じゃない。

「ダメだ……僕の腕じゃあ当てられそうにない。くそったれめっ」

 迎撃を諦めて、僕はふたたび逃走を開始した。

  ◇

 こっちには飛び道具もあることだし、何とかなるか。
 という甘い目論みは早々に崩れた。
 俊敏に動き回るハゲ頭、的はデカいがとても弾を当てられそうにない。
 ならば至近距離にてぶっ放せば良さそうなものだが、たぶんそれも無理。
 斧が届く範囲はもとより、十メートルぐらいの距離なら、まばたきしている間に詰められる。もしくは斧が飛んでくる。
 ガンマンよろしく正面から早撃ち勝負をしたとて、勝てるイメージがちっとも持てない。
 ある程度距離をとって発射すれば、それだけ散弾は広範囲にバラまかれるので当たりやすくはなるものの、威力は格段に落ちる。
 ヒグマみたいな恒平だ。小さな玉が数発当たってもケロリとしてそう……

「こんなことなら小屋からトラバサミのひとつでも持ち出してくればよかった」

 悔やみつつ逃げ惑ううちに、僕の耳に聞こえてきたのは、ザアザアという水が落ちる音。
 山奥にて人知れずある落差三十メートルほどの滝。季節によっては枯れているものの、いまはけっこうな水量があるようだ。

「まずい……この先は行き止まりの崖だ」

 すぐに進路を変えようとするも、僕はあることを思い出す。

「たしか、あそこにはアレがあったはず。うまくいけば恒平を出し抜けるかも」

 ピコンと逆転の奇策を閃いた。
 僕はそのまま滝へと向かうことにする。


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