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005 ハイパー村民

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「えっと、ひさしぶり。にしても、その格好……マモル……おまえ、こんなところで何やってんだ?
 たしか家の仕事を手伝っていたんじゃなかったっけ」
「あー、うん、アキにはまだ報せてなかったけど、じつは半年ぐらい前から、こちらの館で働かせてもらっているんだ」

 アキとは僕の渾名だ。本名が下野秋人(しものあきと)なもので、同級生たちからは昔からそう呼ばれている。

「閑古鳥の館で? いや、たしかに建物はすっかり立派になって見違えたけど……。でも、よくあのオヤジさんが許してくれたなぁ」

 衛は郡家のひとり息子だ。
 家は裕福にて、林業のみならず他にもいくつか事業を手がけている。
 さすがに大会社の御曹司というほどではないが、それでも跡取りとして大切に育てられてきた、手元からけっして離そうとはしなかった。
 大学進学のおりには、自分の地所のマンションに、共に進学した同級生らともども部屋を与えて住まわせ、お手伝いさんまで派遣し面倒をみていたほどの過保護っぷり。

 でも、いまの僕――外に出て距離を置いた人間だからこそ、よくわかる。
 衛の村に対する考えや想い、価値観、愛着などは、すべてオヤジさんが植えつけたもの。
 じっくりと時間をかけて、丹念に施された教育という名の洗脳。
 何よりも村の存続こそが大事。
 村とともに歩み、村のために生き、村のために死す。
 衛は培養育成されたハイパー村民とも云うべき存在なのだ。

 そんな跡取り息子を放出する?
 いや、ここも村の内だから少々大袈裟なのかもしれないが、それでもあのオヤジさんが外からきたポッと出の人間に息子を預けるというのが信じがたい。
 だからこそ、僕も先ほどのようなことを口走ってしまったのだけれども。
 これに対する衛の反応がまた曖昧にして奇妙であった。

「あー、えーと……、うん、まぁ、父さんは関係ないよ。これは僕の考えだ。僕は僕の意志でサレス様にお仕えしたいと心の底からおもったんだ。彼女は本当に凄いんだ」

 もしかして親子の間で何かあったのか?
 遅れてきた反抗期?
 というか、サレス様って誰?

 僕は目が点。
 にしても、衛のこのザマはいったいどうしたことだ。
 サレスという女の名を口にしただけで、頬を紅潮させては瞳をトロンと潤ませている。
 まるで初恋に浮かれる中坊か、はたまた憧れのアイドルに会った熱烈なファンのよう。
 いや、これはそれ以上……もはや心酔の域に達している。
 女のせいで衛がおかしくなっている。

(ったく、美人の婚約者がいるくせに、何をとち狂っていやがるんだ、こいつは)

 ずっと付き合っていた同級生の幼馴染みにして、婚約者でもある柳沢鏡花(やなぎさわきょうか)とは、そろそろゴールイン間近のはず。
 なのに大切な婚約者を放っておいて、他の女に入れ込むだなんて。
 僕は呆れつつ、より詳しい話を訊こうとするも――

「ねえ、男同士で盛りあがっているところ悪いんだけど、いつまであたいを待たせるつもり?」

 ひとり蚊帳の外であった日向子が、口にくわえていたキャンディをガシガシ噛み砕いては、じろり。
 三白眼でにらまれた僕は首をすくめ、衛は己の職務を思い出し、慌てて執事の顔となり丁寧に頭を下げた。

「これはとんだ失礼を……たいへん申し訳ありませんでした。
 円地さまですよね? 伺っております。すぐにサレス様のもとへご案内させていただきます」

 衛は日向子を館内へと招き入れ、僕にだけ聞こえるように「悪いが詳しい話は、また今度な」と告げ扉を静かに閉じた。
 玄関前にひとり残された僕。
 居すわっていてもしようがないので、実家へ向かうことにする。
 でも、その前についでだからめくりさまの社へ立ち寄ることにした。
 あそこの境内ならば携帯電話が村の外に繋がる。
 勤務先に連絡をして、来週からのセール品の発注をちゃんとやってくれたか、確認しておこうと思い立つ。
 べつに同僚を信用していないわけではない。
 が、誰にだってうっかりミスはある。それに口約束はトラブルの素、あとで言った言わないなどの水掛け論になったら、それこそ目も当てられない。
 とはいえ、くれぐれも誤解なきよう。
 けっして責任の所在を明確にするためとか、大人の処世術などではない。
 あくまで念のため……

  ◇

 館を辞去した頃には、すでに陽射しが柔らかくなっていた。
 薄っすらとだが茜色が増している。
 じきに夕方になる。そこから先はあっという間だ。山間の村は闇の底に沈む。
 社へと向かう道すがら。
 バイクを走らせる僕は、ずっと眉根を寄せっ放し。
 またもや違和感だ。何かが引っかかっている。

(なんだ? なにかがヘンだぞ)

 でも、それがどこからきているのかがわからない。
 流れる景色。
 サイドミラー越しに後方をちらり。
 村は僕が出た頃とさして変りばえしていない。
 閑古鳥の館の変貌があまりにも劇的過ぎただけで、本来はこんなもの。
 なのにチクリチクリ、針で軽く肌を刺したかのような妙な感じがつきまとう。
 釈然としない。落ち着かない。
 その違和感の正体がわかったのは、同級生のハタこと、細畠章太郎の家の前を通り過ぎたとき――

「えっ」

 僕はすぐさまUターンして確認する。
 見間違いかとおもったが、そうではなかった。
 家の表札が変わっている。『細畠』ではなくて『山田』になっているではないか。

「ハタん家、もしかして引っ越したのか?」

 でも彼の家はシイタケ栽培にて生計を立てていた。
 原木栽培にて、気温や湿度だけでなく日光などにも注意が必要。趣味でちょろっと育てるのとはわけが違う。シーズンごとに安定した収穫を得るには相当の苦労がある。
 ゆえにそう気安く移動できるものではないし、それならそれで転居の連絡ぐらいあっても良さそうなものなのに。

「……あっ、そうか表札! そうだよ、表札が違ってたんだ」

 来た道をふり返って、僕は独りごちる。
 村の中を通り抜けていた時に感じていた違和感の正体は、これ。
 ハタのところだけじゃない。表札が変わっている家が何軒もあったのだ。
 小さな村のこと。どこに誰の家があるのかなんて、だいたい頭に入っている。それこそ並び順に、そらで言えるぐらいに。

「村に新顔が増えたわけじゃない? もしかして入れ替わってる? でも、そんなこと本当にありえるのか?」

 一軒や二軒ならばともかく、それがもっとたくさん。
 戻ってきてからこっち、どうにもおかしなことばかり続いている。
 いったい村で何が起きているんだ。


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