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281 黒銀
しおりを挟む宙を激しく飛び交う「ブゥン」という重低音。
高速回転する円刃が放つ死の音色。
頭上より飛来する千々裁断リンネカットソー。
ほんの少しかすっただけで、ラーダクロアの左肩口がざっくり裂けた。
潰れた目の死角から迫られて反応が遅れたがゆえの不覚。
弱点を攻めるのが戦いのセオリーとばかりに、そこを容赦なく突くたまさぶろう。
背中、腕、首筋へと生傷を増やしていくものの、決定打には至らない。
そればかりか弱点を露骨に狙うあまり攻撃が単調になったところで、ついには軌道とタイミングを読まれて完璧にかわされてしまった。
通り抜けざまにラーダクロアが反撃。
無防備な側面に渾身の蹴りを喰らって、衝撃により千々裁断リンネカットソーは頭から地面へと突っ込むことに。なまじ鋭い刃と高速回転、突進力が仇となって、そのまま地中深くへとめり込んでゆく。
逆回転でバックでも出来たらよかったのだが、あいにくとそんな機能は備わっておらず、前に進むばかりにて。
結果、自らのチカラゆえにズンズン埋没。
「キュイーン」岩を削る鋭い裁断音を発しながら、地中深くへと消えた千々裁断リンネカットソー。
脅威が失せたと判断したラーダクロア。当初の狙い通りに戦車隊へとふたたび向かう。
させじと横から富士丸が拳を振るうも、下から突き上げ気味に放たれた掌底にて拳の軌道を逸らされ、逆に懐深くに踏み込まれ、体当たりを喰らう。
ラーダクロアの肩が富士丸の胸部にめり込む。
強烈なタックルをカウンター気味に決められ、派手に吹き飛ばされてしまった。
邪魔者を退け、前を向いたラーダクロア。
直後にその身を砲撃が襲う。
移動を完了したルーシーの戦車部隊による集中砲火。狙うのは先ほど千々裁断リンネカットソーの一撃を受けて裂けた左肩。
おそろしいまでの精密射撃と計算の上に成り立つ砲撃群は、さながら無数の細い糸が寄り集まって編み込まれた一本の頑丈なロープにて、束となり一体となりて破壊光線が狂神の傷口を抉り、内へ内へと、より深く侵入していく。
たまらずラーダクロアが身をよじって暴れ避けようとするも、その動きに合せて射線も移動。着実に女神の血と肉と骨を削りとっていく。
黒い鮮血が溢れ、飛び散った。
痛みのあまりラーダクロアが「がぁっ」と吠える。どうにか防ごうと右腕を突き出し、親指のみが残る手の平をかざす。
手の平が鈍い銀光をまといチカラが集約。
これにより破壊のエネルギーの流れを遮断。
ラーダクロアと戦車隊、光線を交えての押し合いへしあいの攻防が発生。
だがこうなると分があったのはラーダクロア。彼女がズイと一歩前へと踏み出すたびに、光線が押し戻される。さらにもう一歩進めば、エネルギーの逆流もグンと増す。
このままでは完全に押し返されて、放ったエネルギーのすべてが戦車隊へと跳ね返ることに。
みるみる拮抗が崩れて、あと三歩ほどで完全に押し切られてしまう。
さすがにこれまでかと、ルーシーが総員に退避を命じようとした矢先。地の底より、かすかな振動が伝わってくるのを感じた。
青い目をしたお人形さんがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
振動はずんずん近寄ってきており、やがてラーダクロアも感知するほどに。
だが少しばかり気づくのが遅かった。地中より勢いよく飛び出したのは千々裁断リンネカットソー。
先ほど地面にめり込んでから、たまさぶろうは地中を徘徊しつつ、ずっと機会を伺っていたのである。
上腕半ばに喰い込む円刃。
ラーダクロアの右腕が千切れて刎ねた。
絶叫が響き渡り、傷口より黒血が噴水のごとく吹き出す。
本当ならば股下からザックリ殺るつもりだったのに、とっさに身を引かれてかわされてしまった。だが会心の一撃にはちがいあるまい。
ここは一気に畳みかけるべし!
と、わたしたちが動きだそうとするも、それは叶わなかった。
異変が起きた。
千切れ飛んで転がっていた腕。あちこちがぼこりぼこりと盛り上がり、何倍にも膨れ上がっていき、目の無い黒銀の大蛇へと変じた。
大地の黒い血だまりより、ぷつぷつと細かい泡が湧き立つ。泡がパチンとはじけると中から戦車ほどもある黒銀のクモが次々とあらわれた。
「これは……本体から分離したカラダが変異した? だとしたら……、もしや!」
第四の亜空間へとラーダクロアを連れ込んだときのこと。
富士丸の振るった擬装神剣リンネカイザーの一撃を受けた狂神。
右の手より四本の指が切断されたはず。あれらはどこへ失せたのか? 少なくともこちらには来ていない。ということは……。
ルーシーの懸念は的中。
このときすでにノットガルドにて、災厄となって出現していたのである。
時を少しばかり遡る。
リンネ、富士丸、たまさぶろう、ルーシーらと、狂神ラーダクロアの姿が第四の亜空間へと消えた直後のこと。
切断されたラーダクロアの四本の指のうち、三本がふいに飛び立ち、三方向に分かれて夜空の彼方へと消えた。
リスターナに残ったのは人差し指の一本のみ。
それが見る間にぶくぶく肥大化。まばゆかった銀色の表面にサッと影が差し、黒銀の肉の塊となり、ぐにょぐにょと変化を開始。
ついには黒銀の龍へと変じてトグロを巻いた。
中指は、かつて魔族と連合軍が幾たびも激闘をくり広げた因縁の地、北のモナズセキ平原へと流れ落ち、黒銀の巨大なカニとなる。
薬指は、旧ダロブリン現勇者の国の領内へとたどり着き、そこで黒銀の巨大なケモノとなる。
小指は、ギャバナ方面へと夜空を流星のごとく渡りながら黒銀の怪鳥となり、大きな翼をはためかせる。
狂神ラーダクロアの内に満ち充ちた破壊衝動。
それはノットガルドに放たれた災厄らの内にも深く根付いており、本能のままに各々が動き始める。
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