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278 堕犬

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 七つの月が煌々と地表を照らす夜。
 関係者一同が見守る中、斜めに傾いでいた巨大円盤が、ゆっくりゆっくりと動く。
 やがて姿勢が水平となり静かに着地したときには、現場にて拍手と歓声が起こった。
 星間戦争にてボロボロになっていた円盤。その修理がようやく完了したのである。
 円盤内部では、すでに各種調整を終えており、いつでも飛び立てる状態。
 パームレスト・エース・レノボニック・クリンクリン・ポリブクロの女王オハギは、名残りを惜しみつつも即時帰還を決断。故郷で待つ人々に、一刻も早く吉報を届けるために。
 オハギのかたわらには寄り添う黄色いオッサンの姿がある。
 なお一行にはルーシーの分体が二十ばかり付き添う。
 これにより随時、亜空間経由にてこちらと繋がることになるので、気軽にいつでも往来ができる。距離の問題が解消されたこともまたオハギの決断を後押ししたのであった。
 大々的なお見送りセレモニーはナシ。
 そういうのはリスターナとパームレストの国交がきちんと結ばれてから、盛大に行おうという話になっている。
 だから今夜は親しい友人知人らのみにて壮行会。
 というか、いつでも会えるし話しもできるから、旅立つ側も見送る側も「ちょっとそこまで」といったご近所感覚にて、情緒の欠片もありゃしない。

 わたしはゆるい別れの場面にて、夜空を見上げている。
 雲一つなく、風もピタリと止んでおり、ムシの声も聞こえない。
 やたらと静かな夜だった。
 いつになくまばゆい月光。
 月そのものが十字架のように輝いて見えた。
 怖いぐらいにキレイなんだけど、そのせいで他の星たちがほとんど見えやしない。

 みんなに見守られつつ巨大円盤が飛び立つ。
 動作に問題はないようで、スムーズな上昇を続け遠ざかり、どんどんと小さくなっていく。
 大気圏外へと出たところで長距離転移航行へと移行。転移後は通常運転にてエネルギーをチャージ。そしてまた転移をくり返し、三十日ばかりでパームレストの母星へと到達する予定となっている。
 宇宙へと旅立った者たちに想いを馳せつつ「今夜は打ち上げパーティーだ。朝まで騒ぐぜ」「イエーイ」とみなで盛り上がっていたら、飛んで行ったはずのオハギの円盤がくるくる回転しながら落っこちてきた!
 当然、地上は大パニック。
 なにせ円盤は小島ほどもあるんだもの。
 あわてふためく一同をよそに、円盤はフラフラしつつも、どうにか土壇場で姿勢制御に成功。
 墜落を免れ、軟着陸をしてことなきを得る。
 やはり突貫工事が祟ったのかと思ったが、オハギからの通信によりちがうと判明。

「大気圏を出たとたんに、デッカイ銀ピカ女にいきなり蹴っ飛ばされたコッコー」

 これを聞いたわたしたちはすぐさま臨戦態勢へと移行。
 狂神さまのご登場である。



 山をはるかに越える巨体。
 雲をつく銀の大女。
 そんな者が重力なんて存在しないかのごとく、静かにノットガルドの地へと降り立つ。
 七人の神を殺め、七つの世界を滅ぼした狂神ラーダクロア、ついに降臨す。
 神の威容を前にして一同が絶句する中にあって、わたしはつぶやかずにはいられない。

「なんで柴犬?」

 ボディビルダーというよりもアスリート系の、筋肉が濃縮されたスマートだけれども鍛え上げられた肉体。
 銀の肌をしたその身を包むのは、ぱっつんぱっつんの全身銀のタイツ。
 で、何故だか首から上がイヌっ!
 黒い円らな瞳。ピンと立った二つの耳がときおりピコピコ。控えめな鼻筋の先っぽがぬらぬら濡れている。突起した口からのぞくは白い牙とピンク色の舌。頭全体を覆う黄色寄りの茶色い毛。もふもふ撫でたらとっても気持ちよさそう。
 尻尾がないのがちょっと残念。
 そいつが「はっはっはっ」と息を吐きつつ、鼻先を動かし周辺のニオイをくんかくんか。

「なんという威容! というか異様?」首をコテンとかしげたルーシー。「これは予想外です。まさか、このタイミングでケモ耳が登場するだなんて」

 ルーシーがヘンなところで感心している。
 わたしは「どうせなら、ちがうファンタジー要素をくれよ! ノットガルドのいけず! アホんだら!」と叫んだ。
 満を持して登場したのが柴犬巨女。
 おかげで戦う前から戦意がごっそり削がれたよ。
 ハッ、もしかしてそれが狙いか! なんておそろしい相手なんだ……。
 が、それはわたしやルーシーだけのこと。
 降臨したラーダクロアを見つめる、他のみんなの表情には恐怖の色が濃厚。
 シルト王やリリアちゃんやマロンちゃんなどのリスターナの面々のみならず、ハイボ・ロードたちですらもがビビっている。
 あの巨体に秘められたチカラを感知しているのだろうけれども、それだけではなく見た目のインパクトにも、すっかりやられてしまっているようだ。
 しかしそれも無理からぬこと。
 なにせノットガルドにはファンタジー世界のお約束である「獣人」という種族がいない。おっぱいの大きな牛娘も、脚線美を誇るバニーなお姉さんも、魅惑のフォックスレディもいない。ケモ耳フリークを絶望へと叩き落す地。それがノットガルド。
 わたしにすれば柴犬のマスクを被ったヘンな女であるラーダクロアも、ノットガルドの住人にとっては未知の存在。
 だったら「ロボ子くらげなパームレストの連中はどうなんだよ?」と思わないでもないのだが、アレは平気らしい。
 まぁ、忌避感とか嫌悪感とか心の琴線に抵触する部分はとってもデリケートな問題。許容範囲外ということなのだろう。
 とはいえ、顔が愛らしい柴犬……。
 いろんな意味でやり辛え!


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