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277 夜会
しおりを挟む煌々と室内を照らすのは天井より吊り下げられた、豪奢なシャンデリア。
雅な音楽が流れる優雅な空間にて、ダンスに興じる者もいれば、寄り集まってグラス片手に歓談している者もいる。抜け出して庭園へと連れ立つ者たちの姿もチラホラ。
華やかな会場に集まるのは各国の貴人たち。
いろんな種族が揃っており人種の博覧会のような様相。
そんな中にあって、着慣れぬドレス姿にて固い笑みを浮かべていたのは、わたしことアマノリンネ。お隣には黒髪の青年、ギャバナのライト王子がいる。
どうしてわたしが彼につき合って、某国のパーティーに出席しているのかというと……。
聖魔戦線が停戦となっても、まだまだ世界各地では紛争が続いている。
とはいえ先を見越しての動きも活発となっており、多少の目端が利く国では新たな道の模索にも乗り出している。
大国との結びつきは、どこもノドから手が出るほどに欲しい。ましてや相手が理知的で経済的にも豊かとなれば援助が期待できる。
で、ギャバナの第二王子であるライト・ル・ギャバナといえば、その優秀さは近隣諸国に知れ渡っているほど。国内地盤もがっちり確保しており、次期王である兄イリウムをよく支え、若くして国家の中枢を担う切れ者。実力は折紙つきにて次世代のホープ。
そんな男が一人でパーティー会場をふらふらしていたら、女狩人どもに確実に狙われる。
これまでは近しい親族の女性にパートナーを頼んでいたのだが、その女性も嫁いでしまった。かといって国内から適当なお相手を見繕い連れて行っても、後々の騒動のタネとなりかねない。
周囲への牽制となり、なおかつ誤解を招くこともなく、「あー、さすがにアレはないわー」と思われるような都合のいい人材。
白羽の矢がプスっと突き立ったのが、このわたしというわけさ。
聖騎士らと戦いの顛末や、じきに狂った神が降臨するということについて報告しようと、ライト王子に連絡を入れたら「その話しはじかに詳しく聞きたい。手間をかけるが急ぎこちらに顔を出してくれ」と言われた。
それもそうかとノコノコ出向いたら、何故だかメイドさんらに囲まれて奥へと引きずり込まれ、もみくちゃにされて、気づいたらドレス姿でメイクアップ。
鏡に映った自分の姿にわたしはげんなり。我ながら豪華な衣装が似合わん。下手くそなコスプレ。痛々しさにおもわず涙目。
ルーシーも「微妙ですね」との忌憚のないご意見。
鏡越しにちらりと鬼メイドのアルバの顔を伺えば、さっと視線を逸らされた。女主人には忠実である従者のこの態度からして、出来映えのガッカリ具合がわかろうというもの。
なのにわたしの姿を見たライト王子は満足げにて「ふむ。期待通りだな。これぐらいが丁度いい」とのたまった。
ライト王子の目論み通りにことは運ぶ。
でも彼につき合わされる形で、あちこち連れ回されるこっちはたまったものじゃない。
せっかくの美味しそうな料理やお菓子も素通り。ドレスのウエストがキツイ。愛想笑いのし過ぎで口角がヒクヒクしちゃう。
パーティー会場にはラグマタイトのジャニス女王の姿もあった。
メスライオンはわたしをひと目見るなり、手にした扇子で自身の顔をさっと隠す。
扇子の羽がぷるぷる。それどころか全身までもが小刻みに震えている女王さま。場所柄と立場上、ガハハと大爆笑するわけにはいかないので、必死にこらえているようだ。
なんかムカついたので、ドレスの裾をつまんで「ごきげんよう」とへたくそなカーテシーを披露してやったら、耐えかねたジャニス女王が「ちょっと失礼」と断ってから急ぎ足にて庭の方へと出て行った。おそらく暗い木陰にて盛大に笑い転げるのであろう。
「フッ、勝った」
しょせんわたしの敵ではない。しかしなんと虚しい勝利なのだろう。見上げた照明の明るさが、やたらと目に染みるぜ。
などという一幕もありつつ、ライト王子のエスコートにて広い会場内をウロウロ。
ひときわ賑わっている人だかりを発見!
中心にいる人物を見て、わたしはようやくライト王子の真意に気がつく。
ウインザム帝国前皇帝ダンガー。
在位年数歴代第四位を誇り、それを苛烈な聖魔戦線維持と同時に成し遂げた傑物。戦争が締結したのに合わせて惜しまれつつ勇退。いまでは悠々と外遊三昧な日々。旅のご隠居とかうらやましい。
そんなダンガーに直参を許されているわたし。こいつを利用してのパイプ作りこそが、本日のライト王子の大本命であったのだ。
それならそうと初めから言えばいいもの。なんともめんどうくさい男である。
「ひさしいな。寝込んだと聞いたときには心配したが、その分ではもう大丈夫そうだな」
「おかげさまで。お見舞いの品、ありがとうね」
引退皇帝と締まりのない顔でへらへら会話をしている小娘。
周囲が「だれだアレは?」「ダンガーさまが自ら声をおかけになっただと!」「どこのご息女だろう」「なんか微妙だな」とざわざわ。
さざ波のごとく会場中へと騒ぎが静かに、でも着実に伝播。
自然とこちらに注目が集まる格好となる中で、わたしは隣に立つライト王子をズズイとご紹介。
「お会いできて光栄です」
「こちらこそ」
尊敬している人物を前にして、やや緊張の面持ちのライト王子。
彼を見つめる引退皇帝の目元はどこか優しげ。
英雄は英雄を知るのか、ふた言み言で通じ合った両者。すぐに親しげに接するように。
そんな二人の姿にみんなの注目が移ったところで、わたしはこっそりフェードアウト。
もう充分であろう。役目は終わった。あと政治や経済の話なんて微塵も興味ない。
会場より庭へと抜け出し、最寄りのベンチにどっかと腰を下ろす。「あー、肩凝ったぁ」
夜空に浮かぶ七つの月を眺めながら、しばしぼんやり。
すると隣に腰を下ろしたのはジャニス女王。
「いつまでもパーティーを放っておいていいの?」
「べつにかまわん。参加者らの目当ては大国とのパイプ造りだからな。それよりも聞いたぞ。聖騎士どもの次は狂った神か、どうにも難儀な話ばかりが続く」
「うん。まぁ、基本的にはそっちはわたしたちで何とかするつもり。だけど正直、どうなるのかはわからない。なにせ相手は腐っても神さまだしねえ。だから万一の備えと覚悟だけはしておいて欲しい」
わたしが素直な心情を吐露。
ジャニス女王は「そうか」と答えただけであった。
勢い込んで助太刀を申し出たり、安易に応援の言葉を口にしない。
どちらも意味がなく、無責任な言動だとわかっているから。
あえて無言で通してくれるジャニス女王の気遣いが心地よく、わたしはしばしそれに身を委ねる。
「やれやれ。女王だの皇帝なんぞといっても、このような世界の大事を一人の少女に押しつけておるのだから、なんとも情けない話だな。そこのおまえもそう思わないか?」
遠くに会場の音楽が聞えている中で、ふいにジャニス女王が付近の木陰に向けて話しかけた。
その声に答えるかのようにして、陰影の中より浮かびあがったのは漆黒のドレス姿。
引退皇帝ダンガーに仕えているベールで顔を隠した正体不明の喪服の女。
軽く会釈をしてから喪服の女はかき消えてしまう。あいかわらずの凄まじい隠形の技。
「いつの間に……、ぜんぜん気づかなかったよ」呆気にとられるわたし。「ジャニス女王さまは、よくわかったねえ」
「まぁな。長いこと女王なんて立場をやっていると、イヤでもこの手の勘が鋭くなるものさ」
職業病みたいなものだろうとの話しだけど、ちがうと思う。少なくともリスターナのシルト王には絶対にムリ。
パーティーはますますの賑わいを見せ、夜もゆっくりと更けていく。
ノットガルドが存亡の危機だとて、日々の営みは続くし、また続けなければいけない。
天には天の事情があるように、地もまた同じ。
みんなが絶望のあまり自棄を起こして、巷が大パニックとかになるより、よっぽどいいさ。
真相を知ってなお通常運転を強いられるライト王子たちには、なにかとムズカシイ舵取りを任せることになるけれども、だからこそこっちは安心して注力できるというもの。
翌朝、わたし宛てに一通の手紙が届いた。
差出人は引退皇帝さん。
対女神戦線に、頼もしい味方が加わることになった。
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