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272 神の眷属

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 一心不乱に祈りを捧げているうちに、神経が高ぶり興奮が抑えきれなくなり、祝詞を唱える声が自然と大きくなる。
 どうしてわたしがそんなことを知っているのかというと、昔マンション内に住んでいた男性がそうだったから。
 見た目は普通のサラリーマンで、某世界的に有名な宗教の敬虔な信奉者。
 顔を合わせればにこやかに挨拶をし、地域の活動にも熱心に参加するいい人。でもひとつだけ困ったのが、お祈り。
 仕事から帰って来て、どんなに遅くなろうとも必ず捧げる。
 黙って祈るだけならばよかったのだけれども、朗読方式にて、ぶつぶつぶつぶつ。
 夜中だろうがぶつぶつ。そして熱心になるあまり……というわけ。
 ちょいと想像してみて欲しい。
 寝ていたら深夜にどこからともなく人の声が聞こえてくる。「神がどったらとか」「汝がこうとか」
 はっきり言って眠気も吹き飛ぶ怖さ。
 それでマンション内で問題となり、彼は結局引っ越していった。
 やたらと饒舌になっているゼニスも似たような状態なのだろう。
 おかげでたずねてもいないことをベラベラ。

「あなたは異世界渡りの勇者と聖騎士とのちがいを、いささか勘違いなさっているようですね。保有する能力の数なんてオマケのようなもの。本来であれば勇者風情が手にかけていい存在ではないのですよ!」

 声に怒気が込められ、こちらを踏みつける足にも一層のチカラが加わる。
 わたしはおもわず「むぎゅ」とうめく。

「異世界渡りの勇者たちには神から与えられたギフトと世界の壁を超える際に発現するスキルが備わっている。しかし聖騎士らが持つチカラはすべて女神さまから授けられたモノ。ギフトの比率は一対三。これはそのままその身に宿る神力の差を意味するのです。わかりますか? これすなわち聖騎士たちがより神に近しい存在であるということ。それをあなたは、あなたという人は」

 ガシガシ無造作に足を振り下ろすゼニス。そのたびに一帯の地表を覆うガラス層にひびが入っては、蜘蛛の巣のように広がっていく。
 さしずめ現状のわたしはドアマットのようなもの。
 ゼニスが容赦なく踏んで踏んで踏みまくる。

「そしてこのわたしは女神イースクロアより四つのチカラを賜った唯一の者。はははははっ。わたしはノットガルドで誰よりも女神の寵愛を得た。そんなわたしにあなた風情が本気で勝てると思ったのですか? さぁ、このまま新世界の礎となりなさい」

 ややヒステリックにわめくゼニス。狂ったようにわたしを蹴り続けている。
 テンションがおかしくなっていやがる。たぶんチカラの反動なのだろう。どんどんと情緒が不安定となり、言動も乱雑に。
 ひょっとしたら精神の方が耐えきれずに、ちょっとずつ壊れているのかもしれない。
 わたしはヤツの一人語りに付き合うふりをしつつ、ずっと考えてた。
 何をって? もちろん目の前にいるこの男を倒す方法に決まってるじゃない。
 そしてすでにその算段もついた。伊達に蹴られるにまかせて縮こまっていたわけじゃない。

 一段と大きく振りかぶられたゼニスの足。
 それがわたしの顔面へと叩きつけられる寸前、これを両手でガッチリ掴む。
「オラっ」チカラまかせにグリンと反時計回りにひねる。
 興奮のあまり無防備となっていたゼニスは、まともに足首の関節をとられてバランスを崩す。

「がっ」

 いきなり関節を決められ声をあげたゼニス。横倒しとなりかけたところを光の翼にて手をつくようにして、辛くも体勢を持ち直す。
 その隙に脱出したわたしは、逃げるのではなく「とりゃー」
 気合もろとも突進。ゼニスの下半身に向かってタックルを敢行。
 まさかの体術に驚くゼニスは、モロにこれを喰らった。
 おもった通りだ。こいつ、この手の対処がまったくできていない。あまりにも高性能な装備を持っているから、ロクすっぽ訓練してないと読んで正解だった。おそらくグリューネやジョアンとかだったら、こんな小娘のへなちょこタックル、軽くかわしたハズだ。
 辛うじて保たれていたゼニスの体勢が崩れる。
 両者が団子となってゴロゴロ。
 そのタイミングでわたしは叫ぶ。「ルーシー、お願いっ!」
 転がりながらわたしたちのカラダは亜空間へ。
 でも中に入ったとたんに、そちらで待ち構えていたルーシー分体の手により、すぐさま外部へと排出される。
 飛び出したのはリスターナの北にあるわたしの領地。
 過酷な環境とあまりの魔素の薄さからデスゾーンと化している場所。
 生命維持を魔力にかなり頼っているノットガルドの住民たちにとっては死地。平気なのはわたしやルーシー、富士丸、たまさぶろう以外ではバンブー・ロードの竹姫ちゃんぐらい。
 ガラスの平原から一転して、寂れた荒地へと放りだされたゼニスが「どこだ、ここは? いったい何をした!」と声を荒げる。
 返事の代わりに、わたしは左人差し指式マグナムより銃弾を一発プレゼント。
 八枚の光翼の一翔、その根元を撃ち抜いて、これを派手に吹き飛ばす。

「何度やってもムダだ」と言ったゼニスの目が驚愕で見開かれる。「なっ、どういうことだ? なぜ翼が復活しない」
「どうもこうもないよ。なにせ周囲には燃料となる魔素がほとんどないんだから。ここはリスターナ北部にあるわたしの領地。ようこそゼニス、歓迎するよ」

 これがわたしがボコボコに蹴られながらひねり出した作戦。
 どんな高性能な最新鋭の戦闘機だって、燃料がなければ大空を飛べまい。
 だからその燃料の供給を断ってやったというわけ。戦争において相手の補給線を分断するのは基本中の基本。昔読んだ戦記モノのマンガの主人公がそう言ってた。
 さぁ、ここからリンネちゃんの反撃開始だよ!


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