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266 三女神
しおりを挟むあまりにも昔のこと過ぎて、原因も理由もとうに失せてしまった。
ノットガルドには担当の神が不在の時代が長らく続いていた。
神々から見捨てられた世界。
この地を預かることになったのが、女神ラーダクロア。
意気揚々とやってきた彼女は、あまりの光景に愕然とする。
そこには混沌が満ち充ちていた。
管理する者がいないことをいいことに、あちらこちらの世界から不用品が放り込まれごちゃ混ぜにて、物置きどころかゴミ捨て場のごとき様相。いいや、不法投棄場所と言ったほうが適切であろうか。
そんな場所を任されることになってしまった女神ラーダクロアは、それでも粛々と世界の整理整頓を始めた。
しかしあまりのゴミ屋敷っぷりに、ちっともはかどらない。
それでもコツコツがんばった。
いるもの、いらないものを丁寧に選り分け、雑多な種族たちが立ちゆくように気を配り、世界を調整していく。
誰が捨てたかわかる品は元の持ち主に文句を言って引き取らせる。中には「知らぬ存ぜぬ」だのと空とぼけるヤツもいて、喧々囂々とタフな交渉の連続。
にもかかわらず成果はなかなかあがらず、疲労ばかりが蓄積され、あげくの果てには女神ラーダクロアを「うるさいゴミ捨て場のおばちゃん」呼ばわりする陰口まで叩かれるように。
ウツウツしたモノを胸の奥に抱えつつ、「いまに見てろよ」と悔しさをバネにして、黙々と目の前の仕事の山を崩すばかりの日々。
やがてノットガルドの片づけが山場を過ぎ、ようやく先が見えてきたと思われた矢先のこと。事件が起きた。
とある世界の神が、よりにもよって彼女の目の前で堂々とポイ捨てを行う。
もちろん女神ラーダクロアは厳重に注意し猛抗議をする。
「ちょっと、なにやってんのよ!」
「いいじゃない別に。どうせ片づけるんでしょ? だったらこれもいっしょに処分しておいて」
道端にてタバコの吸い殻を善意で拾っている相手に、「ついでによろしく」と自身の吸い殻を押しつけるかのごとき、失礼で破廉恥な行いに女神ラーダクロアは激怒。
が、相手はへらへらとふざけた態度に終始するばかりか、ついには彼女に面と向かって「ゴミ捨て場の管理人風情がえらそうに」とのたまった。
これに女神ラーダクロアがプチンと切れた。
心もカラダもズタボロとなりながらも懸命にがんばってきた。その努力を踏みにじり、あざ笑うかのような所業に、完全にぶち切れてしまった。
そしては始まる神々の争い。
結果は女神ラーダクロアの圧勝。内部に鬱積していたモノの量の差が、あまりにもちがいすぎたのである。
怨念のごとき憤怒が篭った拳はとてつもなく重い。
馬乗りとなり、相手が完全にくたばるまで拳が止むことはなかった。
一度タガが外れてしまい荒神と化した彼女の怒りはこの程度では収まらない。
ピクリとも動かなくなった血まみれの相手。無造作に髪の毛を掴んで引きずりながら、その神の担当の世界にまで連れていくと、乱雑にカラダを振り回しては、そこかしこにぶつけまくり、世界を完膚なきまでに叩き潰してしまう。
神を殺し、世界をも壊す。
それは大逆の罪。
これを犯したことで狂神化した女神ラーダクロアは、ノットガルドに悪質な不法投棄をくり返していた六名の神をさらに手にかけ、六つの世界をも滅ぼす。
凶行につぐ凶行。あまりの凄惨さに神界は震え上がった。
こうなると誰かが彼女を止めなければならない。
だが誰もその役目をやりたがらなかった。すでに女神ラーダクロアのチカラは、並の神の手に負えるものではなかったのである。
そんな中で手を上げたのが女神フォークロア。
女神ラーダクロアは三姉妹にて、彼女が長女で次女が女神イースクロア、末妹がフォークロアであった。
「姉の不始末は妹である自分が拭う」と決意する女神フォークロア。
けれども次姉であるイースクロアはこれに強く反対する。
たしかに末妹は神の素養にも恵まれており、三姉妹の中では一番チカラが強い。だからとていまの長姉と戦ったら、とても無事では済まない。だがいくら言っても「自分がやる」の一点張り。
そこで「ならばせめて二人で」との申し出にも、末妹は首を縦にはふらない。
「イース姉さんには、自分の担当の世界があるでしょう。文明の転換期でいまが一番大事な時期だって、まえに言ってたじゃない。だからそこをしっかり守って育ててあげて。わたしは都合のいいことに、まだ担当がないから。だからわたしが行く、そしてラーダ姉さんをきっと止めて見せるから」
ついには末妹に押し切られる形で、しぶしぶ認めることになった女神イースクロア。
だが彼女はこのときのことを、後々ずっと深く後悔することになる。
狂神化した女神ラーダクロアと妹神であるフォークロアの戦いは、壮絶を極めた。
辛くも勝利するも実の姉を殺すのがしのびなかった女神フォークロアは、ラーダクロアの身を七つに分けてノットガルドの七つの月に封印し、その心臓を二つに分けて大地の深くへと埋めた。いつの日にか、姉が正気に戻ってくれることを願って。
だが、それは単純に倒すことよりもはるかに多くの神力を消費し、神の身を疲弊させる行為。代償としてかなり弱体化してしまった女神フォークロア。
そうまでして神界より脅威を取り除いた彼女を待っていたのは、「ありがとう」という感謝や「よくやった」という称賛ではなく、ましてや「おつかれさま」という慰労でもない。向けられたのは「浅ましい身内殺し」という露骨な蔑みと、いわれのない誹謗中傷の数々。
周囲からのあまりの仕打ちに女神イースクロアは怒るも、当のフォークロアは「いいの。いずれみんなもわかってくれるから」と寂しそうに微笑むばかり。
そればかりか彼女は長姉が打ち壊した世界の修復のみならず、ノットガルドの担当にも志願した。
願いは聞き入れられ、職務に邁進する女神フォークロア。
まるでそれが実の姉を退治し封印した自分への罰であるかのように、我が身を一切省みることなく作業に没頭し続けた。
女神フォークロアはまさしく慈愛の神であり、ノットガルドの守護者であった。
けれども彼女はあまりにも優し過ぎた。
身命を賭す。そんな表現が生ぬるい苛烈な神生を駆け抜けた女神フォークロア。
その身も、その心も、ついには魂すらもが最期には砕け、塵となり消滅。
かくして再び神を失ったノットガルド。
しばらくして姉と妹を奪った世界への配置転換を願い出た女神イースクロア。
これが受理され因縁の地へと赴くこととなる。
「姉が愛し絶望した世界。妹が愛しすべてを捧げた世界。あぁ、なんて美しく、残酷で、醜い世界なのかしら」
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