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262 還る場所
しおりを挟む死ねば魂は天へと還り、神の懐にやさしく抱かれ、静かに眠る。
残された肉体は大地に倒れ伏し、ゆっくりと朽ち果てる。
そして内包されていた生命力や魔力は解き放たれて、世界と混ざり合い、融けてひとつとなる。
任務完了の報告と別れの挨拶をすませた第五の聖騎士ストラノ。
用件が済んだことだし、すぐに立ち去ろうとしたのだが、第一の聖騎士ゼニスが唐突に発したこの言葉に、つい足を止めてしまった。
「魂と肉体については今更だが、三番目のは何だ? 初めて聞いたぞ」
「ふふふっ、やはり喰いつきましたか。好奇心旺盛なあなたならば、きっと反応してくれると思いましたよ。キミは常日頃から『自分はただ知りたいだけだ』とよく口にしていましたからね」
「……ずいぶんともったいつけるな」
「すみません。あんまりにも予想通りでしたので、ついうれしくなって。もちろん説明してさしあげますよ。この話はわたしからあなたへの感謝と餞別のようなモノなのですから」
小さき者の命が、大いなる者の命を支え、大いなる者は更なる大いなる者の命を支え、ときにはその逆もありえる。個が群れを支え、群れが個を生かすこともある。
草花が大地に根を張り、木々が生い茂り、森となり数多の命を守り、育む。
世界のすべては繋がっており、巡り巡って、直接的間接的にお互いを支え合っている。
一見するとやっかいな嫌われ者のような存在でも、その存在は世界を構成する要素であり、大切な歯車でもある。
このシステムの前では、命は等しく命であり、生は生であり、死は死でしかない。善悪も大小も強弱も関係ない。
そこには個人の想いなんてシロモノが入り込む余地なんぞ、初めから微塵もなかった。
だが、そこになんらかの意義や意味があると錯覚したことから、世界は歪み、生の苦しみがはじまったとゼニスは語る。
「ストラノ、あなたはずっと我々聖騎士の活動に疑問を抱いていたのでしょう? なぜわざわざ世界に死と混乱をまき散らすような非道なマネをしているのかと?」
「それは……」
「その答えの一つが、コレなのです」
「?」
「現在のノットガルドの世界に内包されている分では、足りないのですよ」
「足りないとは、魔力や生命力のことがか」
「ええ、ぜんぜん足りていない。予定ではもっとずっと戦乱が拡大して、多くの血が流れ、絶望と怨嗟の声が大地に溢れ、肉体より開放された魔力らで満ち充ちていたハズなのです。ですが思わぬ邪魔が入り、計画が大幅に狂ってしまいました」と言ったゼニス。そのわりにはどこか愉快そうな笑みを浮かべており、この事態を楽しんでさえいるかのよう。
ストラノは真意をはかりかねて、知らず知らずのうちに眉間を寄せる。
「ふふふっ、そんな顔をしないでください。たしかに邪魔は入りましたが、方策はすでに考えてあります。彼女ならばきっと我々の、女神イースクロアの悲願を成し遂げてくれることでしょう」
「彼女? それは誰のことを言っている」
「例の女勇者ですよ。たしかリンネさんと言いましたか。彼女が最後のカギとなる。これですべてがウマくいく」
両腕を広げ、空にうっすらと浮かんでいる真昼の月を見上げながら、ゼニスがクスクス笑う。
見知っている穏やかで控えめな笑み。だがそこに潜む狂気を確かに肌で感じ取ったストラノは、無意識のうちに数歩あとずさっていた。
未開の地に幾度となく赴き、数多の死地を乗り越え、生還してきた男の本能が警鐘を鳴らしている。「すぐにでもここから逃げ出せ」と。
だが持前の好奇心が同時に「もっと知りたい」と渇望しており、踏みとどまらせてもいる。結果としてこれがストラノの命運を決めることになる。
「答えの一つと言ったな? では足りない分が満たされたら、どうなるというんだ?」
ストラノの問いを受けて、にこやかだった表情が一変し急に真顔となったゼニス。
天を指し示し「七つの大罪が解き放たれ、最古の神が目覚める」と厳かな声で言った。「そして歪みは矯正されて、世界は正しいカタチをとり戻す」
瞬間、ゼニスの赤い双眸に妖しいきらめきが宿る。
考えるよりも先にカラダが動いていたストラノ。すぐさま後方へと飛ぶ。
が、着地と同時に片膝をつく格好となってしまう。見れば自身の左足がひざ下から完全に失せてしまっている。ふしぎと痛みはなく、血も流れてはいない。ただ消えてしまった。そのせいで実感が薄く、どこか悪い夢でも見せられているかのよう。
ストラノの足を奪ったのは、ゼニスの背に出現していた四枚の光翼のうちの一枚。
「すまないね、ストラノ。キミの働きには本当に感謝している。よくぞ『青い心臓』と『赤い心臓』を見つけ出してくれた。もしも計画通りに進行していたら、キミとの約束をきちんと守るつもりだったのだよ。でも先にも述べた通りにぜんぜん足りないんだ。だからキミの分も貰うことにした。なぁに、恐れることはない。ただ肉体の牢獄から解放されて、あらゆる苦悩を忘れ、ノットガルドと一つになるだけなのだから」
「ゼニスっ、おまえはっ!」
わずかな喧騒のあとに、静寂をとり戻した塔の屋上。
ふたたび一人きりとなったゼニスは、無言で空を見上げていた。
風がひゅるりと吹いて砂ぼこりが舞い、ゼニスの長い銀の髪をたなびかせる。
しばらくすると、階下よりグリューネが姿を見せた。
「ゼニスさま。あら、ストラノさまはもうお発ちに? せっかくお茶の用意をしておいたのに」
「うん、いってしまったよ。なにせ彼はせっかちだからねえ。すまなかったね。そのお茶はかわりにわたしが頂くとしよう。そうだ、よければいっしょにどうだい」
「はい! よろこんで」
思わぬ僥倖にて、ウキウキ軽やかに階段を降りていくグリューネ。
その背を見つめながらあとに続くゼニス。途中で一度だけ立ち止まると、屋上の方を振り返り唇だけを動かす。
ゼニスは声を発することなく、世界と一つになってしまった同胞に別れを告げた。
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