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243 ハッキング中間報告
しおりを挟む「黄色いオッサン」と「ははうえサマー」との七つの約束。
その一、とりあえず前は隠せ。
その二、勝手に分裂しない。
その三、女や子どもを泣かすな。
その四、できるだけ他人さまに迷惑をかけるな。
その五、ただし売られたケンカは買ってよし。そしてやるからには勝て。
その六、母は偉大なり。そこんところ、よろしく!
その七、項目一から六を守るのならば、あとはスキにしな。
以上。
これは断じて育児放棄ではない。我が子を信じての放任主義。でもきっと大丈夫。だってわたしの子なんだもの。
「して、そのココロは?」
「まともな子育てもわからんのに、変異したスーラの育て方なんぞ知るもんか」
ジト目のルーシーに問われたので、正直に答えた。
というか、なんでも体内に取り込んでは消化吸収するから、街に住民がいて生活ごみが出続けているかぎり、ヤツに喰いっぱぐれはない。腹が減れば勝手にゴミ箱を漁る。
教育については、これまた勝手に好奇心の赴くままに、その辺をブラブラしては興味深げに「ふむふむ」うなづいている。けれども、アレはたぶん理解しているふりをしているだけであろう。その証拠に、ちっとも賢くなっていない。もしも賢くなっていたら、前を隠すのに葉っぱだけは絶対に選ばなかったはずだ。
そのくせ四字熟語にだけはやたらと詳しい。「精力絶倫」がそれに該当するだなんて、わたしは初めて知ったよ。
「それにしても、せっかく飼う……じゃなかった、育てることになった我が子なのですから、いつまでも『黄色いオッサン』はどうかと。せめて名前でもつけてあげたらどうですか?」とルーシー。
もっともらしいことを言っているが、本音が若干透けて見えていやがる。
しかしわたしはこの案には首を横にふった。
「それはわたしもちょっと考えた。でも当人がいらないってさ」
「はて? それはまたどうして」
「えーと、なんでも『真名とは個人を特定し現世に縛るものにて、名前を与えられたが最後、真の自由が永遠に失われる。それすなわち生の奴隷へと落ちるに等しい。だからワレはこのままでよい』とか、小難しい哲学チックなことを言ってたよ」
「なんとなくわかるようなわからないような」
「まぁ、本人がいらないって言ってるんだから、黄色いオッサンでいいんじゃないの」
「……それもそうですね」
まぁ、そんなわけで、肝っ玉母ちゃん異世界育児日記は早々に終了。
黄色いオッサンは、気ままに主都近郊をぶらついている。
あいかわらずブツブツ「虚心坦懐、きょしんたんかい。すっきりさっぱりー」や「不易流行、ふえきりゅうこう。ぶーむはみずものー」などと、意味深っぽい台詞を吐いているが、「アレはそういうモノ」との認識が早くも住民らに定着しつつあるおかげで、以前のような騒ぎにはなっていない。
騒動もひと段落し、晴れて育児から解放されたわたしは、ひさしぶりにリスターナ城内にある竹林庭園の庵にて、竹女童の接待を受けながらまったり過ごしていた。
さっきまでリリアちゃんとマロンちゃんもいたのだが、二人は試験勉強があるというので、一杯だけお茶に付き合いさっさと行ってしまった。
学生だからしょうがないけれども、リンネお姉ちゃんはちょっとさみしい。
そのかわりに姿を見せたのは、いつになくマジメな表情をしたルーシー。
「リンネさま、ご報告があります」
「どうしたのよ、あらたまって?」
「アカシックレコードの非公開領域へのハッキングの件なのですが、一部が成功して、いくつかの新情報を得られました」
「おぉ! そういえば頼んでいたっけか。すっかり忘れていたよ」
「しかし性根が腐っていてもさすがは女神。おもいのほかにセキュリティが厳しく難航しており、全貌を解明するにはもう少し時間がかかりそうです。なのでわかったことだけでも、ひとまずお伝えしておこうかと思いまして」
この度、開示するのに成功した隠しフォルダは二つ。
一つは当たりで一つはハズレだったとか。
そして当たりといっても、内容の一部はこちらが自力で解明した情報に抵触。
かつてわたしたちが立てた、勇者のギフトが心臓に宿るという仮説。
この考えを肯定するような記述が、しっかりと明記されてあったという。ただしこの情報には続きがあった。
それはギフトの正体。
ギフトとは神の魂を削って造られたモノ。
神さまの超絶ミラクルパワーで「えいやっ!」と授けているのかと思いきや、まさかの移植手術。意外にも堅実だ。でもだとするとべつの疑問もわいてくる。
「カツオブシみたいに極薄でスライスしても、三千も用意したら、さすがにヤバくない?」
ギフトの量産は魂をゴリゴリ削る行為。
当初の予定では八十名のはずであった異世界渡りの勇者の数が、フタを開けてみれば三千人。その人数の分だけギフトを用意したのは、ノットガルドの女神さま。
神の魂というシロモノが、どれくらいご立派なのかはわらかないけれども、わたしにはとても無事で済むとは思えないんだけれど……。
「それだけカラダを張っているということなのでしょう。並々ならぬ覚悟を感じます。もしかしたら女神イースクロアは、この世界と刺し違えるつもりなのかもしれません」
思案顔にてなんとも物騒なことを口にするお人形さん。
「うーん。でも、わざわざそんなまわりくどいマネをしなくても、神パワーでドッカン! とかやればいいような気がするけど」
世界を水槽に例えたら、わたしたちは中でぴちぴち泳ぐ小魚。
女神は外からこれを眺めて管理をする飼い主のようなもの。それこそ水槽を蹴倒せば、すべてが終わるはず。
でもそれをしない。それどころか、わざわざ聖騎士なんて子飼いを放って、世に混乱と死をまき散らしている。
てっきりアップアップと苦しんでいる小魚たちを、はるか高みより眺めてニヤニヤしているだけなのかと思っていたけれども、文字通り我が身を削っての行動だとすると、ちょっと見方も変わってくる。
このことを踏まえてルーシーはこう推察した。
「もしかしたら、やりたくても出来ないのかもしれません。神とはこちらが考えているほど万能な存在ではないのかも。もしくは何がしかの制約があるとみていいでしょう」と。
それが本当ならば、こちらとしてはありがたい。
だって圧倒的強者に対して、つけ込む隙があるということだもの。
対女神戦線においては朗報。か細いけれども光明が射してきた。いまはこのことを素直によろこんでおこう。まだまだわからないことが多いけれども、それは続報を待つということで。
あぁ、ちなみにハズレのフォルダの方の中身なんだけど、そっちはアカシックレコードの記録係秘蔵のうふんあはんなアダルト動画と映像集だった。
後学のためにちらりと見せてもらったが、魔境だったよ。
なんという深淵……。アレでナニがどうするとか、とんでもない猛者がいたものである。
いやはや世界は広いね。
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