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225 悪食

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 食べるほどに能力が向上していく「悪食」というのが、異世界転移の際にボクが選んだギフト。
 派遣される先のノットガルドという世界では、戦ってもレベルはあがるらしいのだが、ゲームのようにサクサクとはいかない。なにより殺し合いとごろつき相手のケンカとではわけがちがうのは、素人でもわかる。
 命を賭けて強くなるのと、口を動かすだけで強くなるのとでは、どちらが確実かつ、てっとり早いのかなんてことは、比べるまでもないだろう。
 言葉の響きはあまりよくないが、そういった意味では派手さはないが有益だと判断した。
 世界の壁を超える際に発現したスキルは「模倣」というチカラ。
 これは目で見た魔法や技能をマネできるというシロモノ。ただしギフトやスキルは不可。また完璧にはほど遠く、せいぜいが六割ぐらいのデキにて詐欺レベルの劣化コピー。どうあがいても一流には届かない。結果として器用貧乏に陥る。が、こちらも使い方次第であろう。
 ひとつのことに特化した才能は、たしかに素晴らしい。
 しかし生きていくのにあたって、必ずしもそれがプラスに働くとは限らない。天才はその異質さゆえに、周囲との軋轢を抱え苦悩することになる。
 その点、いろんなことを器用にこなせる人材は、社会にとっても組織にとっても重宝がられる存在。
 べつに二流でも三流でも人は幸せになれる。
 その証拠に、世間でのうのうと生きている大半がそんな連中なのだから。

 ノットガルドに渡ってからは、あまり余計なことを考えている余裕がない。
 聖魔戦線に積極的に加担している国に召喚されたのが運の尽き。わずかな訓練のみで戦場へと送られ、そこから先は寝て、喰って、戦うをくり返すばかり。
 だが、だからこそ「悪食」ギフトによる恩恵の差が如実に現れたのを実感する。
 同じ経験を積めば、ギフトにて能力が上乗せされている分、ボクの方が成長が早い。たとえ微々たるものだとしても、確実に生じるそのわずかな差が命運を分けるのが戦場。
 まずは生き残ること。
 いつしかそれが目的となりかけていた、ある日のこと。
 ボクは戦場で聖クロア教会が派遣している軍を率いる将軍とまみえる機会を得た。
 それなりに死線も潜り、いっぱしの勇者になったと思いあがっていたボクの鼻は根元からへし折られた。
 彼という存在に圧倒された。これまで戦ってきた魔族たちよりも、ボクは彼の方がよっぽど怖かった。
 だが、そんな彼が意外にもボクに新たな道を示してくれる。

「食べた物からチカラを得るか。おもしろい能力だな。しかしただの食糧でも成長するというのならば、もしも『ちがうモノ』を食べたらどうなるのか」

 それが気まぐれゆえの戯言であったのか、本気だったのかはわからない。
 だが将軍の言葉が天啓となったのは確かだ。
 食べるモノによって成長率がかわる。そのことについてはこれまでにも考えた。実際に試してみたこともある。けれどもたいして変化はなかった。
 しかし将軍が言った「ちがうモノ」だけはまだ試していなかった。
 それを試すには、自分の中にある価値観を変え、倫理観をごっそり捨てる必要がある。
 正直、考えただけで全身の震えがとまらない。
 だが試してみたい。でも行う勇気がない。
 どっちつかずの心境のままに、続く戦いの日々。
 しかし選択の刻は確実に近づいていた。

 突如として暗雲が垂れ込め、戦場に雨が降る。地べたを這いずり回るすべての者らに、叩きつけるかのようにして落ちてくる激しい雨。
 場所は森の奥にて、ただでさえ視界が悪いところにきてこの状況。雨音ですぐ隣にいる仲間の声すらも満足に聞こえない。
 マズイ! とおもった矢先のこと。案の定、魔族の襲撃を受けて、部隊は散り散りとなってしまう。
 こうなってはもうどうしようもない。なりふりかまっていられない。自分が落ちのびることで精一杯。
 あちこちから雨音に混じって聞こえてくる剣戟や怒声や悲鳴を尻目に、ひたすら逃げ惑ううちに、いつしか仲間たちともはぐれていた。
 ひとり怯えながら、暗い森の奥を彷徨う。
 大木の洞を見つけて、そこで雨宿りをしつつカラダを休めようと向かうも、中には先客がいた。
 腹から血を流して苦しんでいる女の子。
 自分と同じ異世界渡りの勇者。勇者同士は互いをひと目で認識できる。だから彼女はこっちを見て「おねがい……助けて」と言った。
 そのとき大きなカミナリが鳴って、稲光が走る。
 視界の中が、部屋の明かりのスイッチをカチカチと押したかのように明滅。目まぐるしく入れ替わる光と闇。
 その最中、彼女の姿が暗転して、ただの影法師のようにボクの目には映った。脳裏に浮かんだのは「怪我をした女の子を助けること」ではなく「ちがうモノを食べてみる」という考え。
 緊張しているのか、いつしか口の中がカラカラに乾いていた。
 どうにか生唾を絞り出し、これを飲み干すと、ボクのノドがゴクリと鈍い音を立てた。



 ギフトやスキルを模倣することはできない。
 だが例外が存在することを、ボクは知った。
 悪食にて吸収することでギフトのみであれば、これが可能となる。
 とはいえ、やはり劣化コピー。それでも多彩なギフトが扱えるのは大きい。
 他にもわかったことが、もう一つある。
 それは勇者を喰らえば能力値の上昇率が、通常の食事とは比べものにならないということ。魔族や他の種族でも試してみたが、なんといっても勇者が群を抜いていた。
 ただし「自分で殺した相手」との絶対条件がつくけれども。死肉でもイケたら楽だったのに、なかなか都合よくはいかない。
 これらの実験と実証を重ねるのに戦場は、ボクにとってとても有益な場所であった。なにせ周囲には理不尽な死が溢れている。そこに少しぐらい不自然な死が混じったところで、誰も気にもとめやしないから。
 おかげでボクはどんどんと強くなっていく。
 が、楽しい時間はふいに終わった。
 突如として第七十九次聖魔戦線が停戦してしまう。
 不測の事態が起こったとの話だが、これにはまいった。なにせ戦場ではいくらでも狩り放題なのに、他所で同じことをやれば即アウトとなるのだから。
 いかに強くなったからとて、個はどこまでいっても個。調子に乗って国を相手にケンカを売るとか、あまりにもバカげている。
 さて、これからどうしたものか……。
 思案の末にいいアイデアが浮かび、ボクは独りほくそ笑む。

「ふむ。国という考えは悪くないか。よしっ! 勇者の国を作ろう。べつに本当に実現する必要はない。どうせムリだろうし。でもそういう御旗を掲げれば、きっと異世界に浮かれているバカな連中が集まってくるはずだ。その中から目ぼしいのを狩ればいい。うん、それがいい。そうしよう」


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