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219 眠り姫

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 あるところに、それはそれは見目麗しい貴族のご令嬢がおりました。
 高位の家系にて、家柄も申し分なし。
 それゆえに王の側室として迎え入れられることが決まりました。
 周囲に溢れる祝福の言葉。「これでお家は安泰だ」とよろこぶ両親。
 ですが当の令嬢の表情は優れません。
 それもそのはず。彼女にはすでに心に決めた相手がいたのです。
 その相手とは、自分の近習としてずっと仕えてくれていた青年。長い時間を共に過ごすうちに、ゆっくりと育まれた愛情。しかし二人には身分の差があり、どうしようもありません。だから令嬢は青年に「わたくしを連れて逃げてください」と言いました。
 青年も「わかった。三日後の夜中に迎えに来るから、準備をして待っていておくれ」と答えました。
 ですが約束の時間になっても、彼はいっこうに姿をみせません。
 夜通し待ち続け、ついに空が白じみ始めたとき、令嬢は「自分は裏切られたのだ」と悟り絶望しました。
 そして彼女は……。



「これが例の眠り姫?」

 わたしとルーシーはそろって首をかしげる。
 ベッドの中で静かに目を閉じている女の人。お腹の上で両手を組んで、お棺の中に納まっているときのような格好だけれども、これでもいちおうは生きているらしい。
 胸に深々と短剣が刺さっているというのに、である。
 ライト王子から連絡が入り「おまえの解呪師としてのチカラを借りたい。もちろん報酬は充分に用意する」と言われたから、超特急でギャバナ国までやってきた。
 早速、ライト王子自らに案内された先は、やたらと立派な造りのお屋敷。
 も、内部は妙に閑散としていた。空き家かと思ったぐらいに、物が少なく活気も失せ、冷え冷えとした家の中の空気。
 ひょっとして家主は極端に身の回りのモノを減らすことに、血眼になっているミニマリスト?
 屋敷の奥深くにある部屋が目的の場所。
 そこで目にした異様な光景に、わたしとルーシーは困惑を隠せないでいる。それゆえの先ほどの態度なのであった。

「そうだ。何か文句でもあるのか」とライト王子。
「いや、べつに、文句はないんだけれども……、何というか、その」

 少々歯切れの悪いわたし。
 だって胸のナイフもそうなのだが、他にも気になることがあったから。
 すると女主人が言いにくいことを、従者の青い目をしたお人形さんがズバリ代弁。

「さすがにコレを眠り姫と呼ぶには、いささかお歳を召され過ぎているかと」

 そうなのである!
 ベッドの中にいた女性は、髪がすっかり白くなっている、骨と皮ばかりのトリガラみたいなおばあちゃん。
 それもそのはず。なにせ彼女にまつわる色恋話があったのは、はるかウン十年も前のこと。
 寝ていようが起きていようが、ゴロゴロ過ごそうが、マジメに生きようが、時間だけはみんなに平等に流れてゆく。
 そして否応なしにカラダはその影響を受けることになる。
 かつては眠れる美人令嬢として、巷の話題をかっさらっていた女性も、こうなってはただの寝たきりのおばあちゃん。
 おそらくはこれまでにも、どうにか目を覚まさせようと身内がいろいろがんばったはず。ことの発端となった王族も動いたことであろう。
 でも成せなかった。なにやら呪系の魔法のせいらしいとまではわかったものの、それっきり。わざわざわたしに声をかけてきたということは、それこそワラにもすがる思いなのだろうけど。
 とはいえ、いまさら起こされても、当人が困惑するだけのような気がする。
 だって、この状況ってば、完全に浦島太郎状態だよ?
 寝て起きたら鏡の中の自分がすっかりおばあちゃんになっていたら、わたしだったら発狂する。特に女の身にとっては、あんまりにも残酷だよ。
 いっそのこと、このまま寝かしておいてあげるのが、慈悲だと思うのだけれども。

「おまえの言いたいことはよくわかる。個人的にはその意見に全面的に賛成だ。だが情勢がそれを許してくれそうにもないのでな」

 なにせ、ただいま眠り姫のご実家では、グースカと高いびきの彼女を尻目に、後継を巡って醜い争いの真っ最中。
 前当主が跡継ぎを指名する前にぽっくり急死。
 順当にいけば長男が家督を継ぐのが貴族家の習わし。
 だがここでややこしいのが、その息子たちが五つ子だったということ。
 産まれた順番にて長男、次男、三男、四男、五男と定められたけれども、基本は一緒。見た目も中身も同等なのだが、当人たちはそれを断固として認めていない。
 そんな五人が、この状況に唯々諾々と従うわけもなく、「自分こそが跡継ぎに相応しい」と名乗りをあげたことで、一族は五つの陣営に分裂。
 各陣営が勝手な主張をくり広げて、勝手な行動に走りだす始末。
 それが家の中がやたらと閑散としていた理由。目ぼしい品を各々が競い合って持ち出したがゆえの、あのあり様。
 それで最後に残ったのが、眠り姫。
 そりゃあ、そうだろう。だってナマモノにして一番のお荷物なんだもの。
 だから阿呆な五つ子たちも、彼女のことはずっと無視していた。ひょっとしたら「知ったことか、勝手にくたばれ」ぐらいの気持ちであったのかもしれない。
 しかし、ここで事態は予想外の展開へと転がることになる。

 眠り姫の身を最後まで案じていた両親らが、寝たきりの娘が不自由しないようにと、特別枠にてけっこうな財産を分けて残す。
 その一部が資産運用に回されて委託されていたのだが、これがズンズン雪だるま方式にて膨れ上がり、いまやとんでもない額になってしまっていたのである。
 おカネは寂しがり屋にて、より多くのところに集まる習性があるというが、眠り姫のおカネはものすごい寂しがり屋さんだったようだ。
 なまじ素人が口をはさまずに、プロに任せていたのも功を奏したようだ。
 このことが発覚することで、押しつけ合いのお荷物から一転して、一番人気に躍り出た眠り姫。
 彼女を引き受けることは、すなわち莫大な富をも受け継ぐこと。
 五つ子ならびに、その陣営の目の色が変わった。
 彼女を巡って、ついには血の雨が降りそうになったところで、見かねたライト王子が動いたという次第。

「なら、いっそのことそのまま国でおばあちゃんを引き取ったら?」

 わたしのもっともな意見に、うんうんと頷くルーシー。
 しかしライト王子は渋面にて「そうしたいのはやまやまなのだが、それはそれで外聞が悪い。いかに古い話とはいえ、眠り姫が誕生するのに王家も関わっているからな。彼女の人生を台無しにして、あげくに財産まで奪うのかなんて言われたら、たまらんからな」

 身柄だけを預かり、彼女の資産を勝手に処分するわけにもいかない。
 かといって五つ子の誰に渡しても血の雨が降り、遺恨が残る。
 表向きは跡目争いの延長にて、しょせんは家の問題。
 ゆえに王家としても表立って介入するわけにはいかないところが悩ましい。
 もろもろをライト王子が考慮した結果、「とりあえずリンネに診せてみよう」ということに。
 もしも目覚めさせることが出来るのならば、いささか気の毒なれども当人に決めてもらうのが一番てっとり早いから。

「……とは言われてもねえ。うーん。あの怪しい短剣を引っこ抜けばいいのかなぁ」

 わたしがぼそりとつぶやくと、ルーシーが首をひねり、ライト王子は「短剣? いったい何の話だ」と言った。
 あれれ? なにやらみんなの反応がおかしいぞ。


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