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213 勇者狩り

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 気を失った女性を介抱しているうちに陽が暮れた。
 まるで月から降りてきたカグヤ姫のような彼女。名前をマドカといった。
 ショウキチは、目覚めるなり自分の怪我も省みずに、仲間たちが捕まっている場所へと向かうマドカの勢いに引きずられるかのようにして、ついて行くことになる。
 暗い森の奥、大きな岩がいくつも重なり小山をなしているところ。
 そこに焚火の炎を確認したところで、ショウキチはマドカの腕を掴み、いったん立ち止まらさせる。

「いそがないとみんなが……。わたしたち二人で強襲すればきっと勝てるわ」

 仲間の身を案じるあまり、つい行動を急ごうとするマドカ。
 いささか気がせいている彼女を「おちつけ」とショウキチ。

「闇雲に突っ込んではダメだ。連中はおそらく勇者狩りだろう。どんな奥の手を隠しているのかわからない。迂闊に飛び来むのは、いくらなんでも無謀だ」

 そう諭されて、マドカはハッとして「ごめんなさい」とあやまる。
 しゅんとする彼女。その頭におもわず手がのびたショウキチは、ついナデナデ。
 自分でもよくわからない衝動にての大胆な行動。あわててその手を引っ込めると「あんまり気にすんな」と照れてそっぽを向いた。

 暗闇に潜み、遠見のスキルにて賊どもの様子を伺うショウキチ。
 賊の数は八、今のところ周囲に他の敵影は見当たらない。
 焚火を挟んで向こうの岩の根元に縛られている姿が三つ。シルエットからして女ばかり。あれが捕まっているマドカの仲間たち。猿ぐつわを噛まされ、両腕には拘束具をつけられてぐったりしている。あれは神経に作用してカラダのチカラが入らなくなるシロモノ。
 でも助かった。どうやら隷属の首輪ははめられていない。
 アレはやっかいな品にて、解除するのがとっても難儀。その点、あの拘束具は鍵でふつうに外せる。
 これならば賊を倒して、鍵を奪えばすぐにみんなを解放できる。そうなれば勇者が五人揃うので、もしも敵の増援があらわれたとしても負けはしまい。
 そう判断したショウキチは、マドカを待たしてある場所にまで戻った。

「お待たせ、マドカ。見てきた限りだとアレなら何とかなりそうだ」
「本当! よかった」
「オレが先制攻撃をしかける。たぶんそいつで片がつくとは思うけど。念のためにマドカは後衛と周囲の警戒をお願いしていいかな?」
「わかった、まかせておいて。私、これでも魔法はけっこう得意だし、前はいきなり襲われて不覚をとったけど、今度は負けないから」
「そいつは頼もしいね。じゃあ、ちゃっちゃと済ませてしまおう」

 ショウキチはマドカを連れて、斥候のときに目星をつけておいた狙撃ポイントへと向かった。
 ショウキチが魔力を込めると、左の手から蒼い光が出現し、それが弓の形状となる。
 右の手にて弦をゆっくりと引き絞ると矢があらわれる。
 同時に遠見のスキルも発動。集中し狙いをつけて、これを放つ。
 その動作がほんのひと呼吸の間に、立て続けに行われること四度。
 目にも止まらぬ連射。
 放たれた四本の矢は、狙いあやまたずに四人の賊の首筋へと突き立ち、半ばまで貫通。
 攻撃を喰らった側は、ひゅうと乾いた呼気を発するのを最期にパタリと倒れた。
 異変に気がついて残りの賊たちがすぐさま手に得物を持ち、矢が飛んできたとおぼしき方角をにらむ。しかしそれらのノドぼとけにも同様に蒼弓の矢が突き立ち、次の瞬間にはほぼ同時に全員が崩れ落ちることになった。
 八人もの敵を一瞬で葬ったショウキチの弓技。その冴えに「すごい。やった」とはしゃぐマドカ。
 美少女から向けられる惜しみない賛辞に、照れたショウキチは「ほら、早くみんなを助けよう」とスタスタ歩き出す。
 その背をトトトと軽い足音を立てつつ、マドカが追いかけていく。

 用心してマドカに見張りを頼み、ショウキチは目を見開いたまま、すでにこと切れている賊たちの腰の小袋を漁る。
 まんまと拘束具の鍵を見つけたショウキチは、早速、捕まっている子たちを解放しようと近づく。
 すると三人のうちの一人がぐったりしながらも、懸命に口をモガモガしていた。
 どうやら何か伝えたいことがあるらしい。
 ショウキチは先に彼女の猿ぐつわを外してあげる。

「ばかっ! うしろっ!」といきなりの罵声。

 予想外の言葉にて、これにはいささか面喰らったショウキチ。
 なんのことかと聞き返そうとした矢先、自分の背中に強烈な衝撃を受けて、あまりの痛みにて全身からチカラが抜けて膝をつく。
 歪む視界、ぼんやりとした頭で、どうやら自分が何者かの攻撃を受けたらしいと理解したときには、すでにもう一発。横殴りに強烈なのをもらって意識が遠のいていく。
 地面に倒れ、ゆっくりと閉じられようとするショウキチの目が最後に見たのは、自分を見下ろしては、冷酷な笑みを浮かべているマドカの姿であった。

「あぶない、あぶない。あんたも余計なマネをするんじゃないよ。いちおうは商品だから丁重に扱ってあげているけれども、今度、ふざけたマネをしたらウチの連中のオモチャにするからね」

 なんとかショウキチに危機を告げようとしていた女の口に、そう言いながらふたたび猿ぐつわをかまし直すマドカ。
 マドカはピューと口笛を吹く。
 しばらくすると合図を聞きつけて、森の奥から夜陰に紛れる暗色の迷彩柄のマントを羽織った賊たちが、ぞろぞろと姿をあらわした。このマントは魔道具にて、魔力を通すことでじっとしている間だけは、姿を消せるというシロモノ。

「お頭、あいかわらず見事な腕前で。こうもやすやすと男勇者を捕まえちまうとは」

 進み出てきた配下の一人が感心しつつ、そう言った。
 事実、ダブルチート持ちの勇者をまともに捕えようとすれば、けっこうな準備と戦力を整える必要がある。しかも参加する全員が命がけで臨むほどの難事。なにせ相手は超人兵器なのだから。
 それをたった八人の犠牲で、まんまと成功させてしまう女首領の力量。
 獲物の能力を見極めるためだけに、仲間を平然と犠牲にする冷酷さ。
 ゆえに配下の男は彼女に畏怖の念を抱かずにはいられない。
 だが当のマドカの反応は素っ気ないもの。

「お世辞はいい。それよりも、とっととのびているこのマヌケに拘束具をつけな。ただし粗末に扱うんじゃないよ。こんなのでも腕は御覧の通り。品質は上の下ってところかな。きっとオークションでいい値がつくだろうからね。それから転がっているゴミをとっとと始末してちょうだい」
「わかりやした。ほら、おまえらも手伝え」
「へい」

 配下の男たちが作業をしているのを尻目に、マドカは全身についていたドロや血を落とす。傷もすべてはメイクによるニセモノであった。

「運び屋の手配はどうなっている?」

 身支度を整えながらのマドカの言葉に、一同を指揮していた男が「七日後の夜更けとの連絡がありやした」と答えた。

「ちっ、けっこう時間があるね。さて、どうしたものか……。リスターナの景気と評判の良さに釣られてきっと集まって来ると踏んで、この辺で網を張っていたけれども、さすがにこれ以上は厳しいか。成果はまずまずにて、そろそろ潮時だろう。とはいえ、七日も遊んでいるのはもったいないねえ」
「そういえばお頭、そのリスターナなんですが、ちょいと奇妙な話を耳にしやした」
「?」
「なんでもこの頃の景気のいいのは、滞在しているノラ勇者のおかげだって話なんですが」
「そいつは確かに奇妙な話だねえ。どうして国はそんな有益な勇者を野放しにしているんだい?」
「たぶんですが、先の敗戦絡みのせいでしょう」

 リスターナはかつて六人の勇者を女神より賜った。しかし色々あって最終的には、全員をむざむざと死なせてしまったという過去を持つ。
 その騒動に関連して周辺諸国に戦火を広げたこともあり、対外的観点や心理的な理由にて、どうやら勇者を表立って囲うことには躊躇しているよう。
 そのような話を配下の男から聞き及び、「ほう」と興味深げにつぶやき、マドカはアゴに手を添え考え込む仕草をみせる。

「……ということは、その金の卵を産む幸運のニワトリは、世間的にはノラ勇者扱いってことか。ならばそんな上玉をみすみす逃す手はないねえ。よし! ついでだ。そいつも狩ってしまうとしようか」


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