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191 遥かなる境地
しおりを挟む壁、床、天井、テーブルやイスに棚、これらを足場にしてものスゴイ速度でポンポン跳ねまわる猫背の小男。
反射するごとに加速する能力。ルーシーより注意されていたのにもかかわらず、まんまとチカラを発動されてしまう。
だがそれも無理からぬこと。なにせここは室内なのだから。
神殿に住まう者らが揃って食事をする場所ゆえに、やや広めとはいえ、いったん跳ねだしたら、とんでもないことになってしまった。
狭い箱の中で思いっきりスーパーボールを投げつけたかのようなあり様にて、加速が倍々どころの話じゃない。この男のチカラが十全に発揮されるのは、屋内戦闘であったのだ。
あんまりにもちょこまかと動き回るものだから、照準が定まらない。
いっそのこと部屋ごと吹き飛ばしてやろうかともおもったが、たぶんソレをしたらノノアちゃんに怒られる。というか実家を爆破されたら誰だって怒る。リンネお姉ちゃん、幼女に嫌われたくない。
同様の理由にて炎もダメ、食堂という場所柄を考えたら毒ガスなんぞもってのほか。
ムムム、他所さまのお宅で暴れるのって、とってもムズかしいぞ。
そんなわけでこちらがまごまごしているうちにも、どんどんと調子に乗るイブニール。
どれぐらいブイブイいわしているのかというと、「キシシシ、ちょろちょろと避けるのは諦めてじっとしてな。すぐにオレさまの特製ダガーでズタズタに切り裂いてやるからよ。呪毒がたっぷり込めてあるから、死ぬほど身悶えられるぞ」なんてのたまうほどに調子に乗っていやがる。
物騒な品を両手に携えての二刀流。
高速移動する変態殺人鬼とか、聖騎士の採用基準ってばいったいどうなってやがる。仮にも女神の使徒を名乗るのならば、せめてそれっぽいのを選べよ。
そもそもそんなに早く動いて、よく周囲の状況が把握できるものだな……って、アレ? ひょっとして第三のチカラってば、それ絡みだったりして。
たしか空間認識能力だったかな。女の人は男の人よりもこれが弱いせいで車の車庫入れが苦手とか。ずいぶんまえにテレビでやってたのを視た記憶がある。
なんてことを考えつつも、わたしは精神を集中集中。
呼吸を整え、一発必中を狙う。出来るだけお部屋を傷つけることなく勝つにはこれしかない。
奮え! 神鋼精神。
来たれ! 明鏡止水の境地よ。
いまこそ、修行の成果を見せる時。
「おおかたギリギリまで引きつけてからとか考えているんだろうが、キシシシ、ムダムダぁ」
シュタシュタと音がしたときには、すでにそこにイブニールの姿はない。視界の片隅にかすかに影が残るも、それとて残像の欠片のようなもの。
まるで音の方が遅れて男を追いかけているかのよう。
暗い室内の状況もやつに味方している。
四方八方から絶え間なく音が連なり、ついにはどこが先でどこが後なのか皆目見当がつかなくなったところで、ガツンと頭頂部を強烈に叩かれた。
「あ痛ったー、くはないけれども、乙女の頭になんてことをしやがる! せっかくもう少しで悟りが開けそうだったのに!」
なんとなくいい感じだった精神統一を邪魔されたわたしはぷりぷり怒る。
そして都合よく降臨しない明鏡止水。
なんかノリでイケるかもとか、本気で考えていた数分前の自分を殴ってやりたい。あと穴があったら入りたいほどに恥ずかしい。
前言を撤回するよ。室内が暗くてやっぱりよかった。いまの顔はちょっと誰にも見られたくないから。
対して、渾身の一撃をかましたはずのイブニールは動きを止め、自身の手にある刃先が欠けたダガーを呆然と見つめている。
「おいおいおい、どうなっていやがる? オレはたしかに無防備な脳天に一撃をみまったぞ。こいつは特製の呪毒の刃なんだ。かすっただけでもそこから肉体がずぶずぶに腐るんだ。それが逆に刃こぼれとか、いくらなんでも石頭が過ぎるだろうがっ!」
なぜか加害者側のイブニールが逆ギレ。
物騒な品で脳天を殴られた被害者であるはずのわたしを口撃。「呪毒の処置にはけっこうカネがかかるんだぞ」とか、知らんがな。
あまりの理不尽さにいささか心が傷ついたわたしは「うっせー、バーカ」と言いながら右ヒジを相手に向ける。
ヒジの先がパカンと開いて、発射されたのは電磁網。
部屋いっぱいに広がった投網にて逃げ場なし。これに部屋の片隅へと追い込まれることになったイブニール。足や手が網に絡まり、思うように動けずにモゴモゴしているところをズドンと一発! 左人差し指のマグナムにて撃ち抜く。
胸に銃弾を喰らったイブニールはそのまま壁まで吹き飛び、四肢を投げ出す格好でへたり込む。
「くそっ、ドジった。こんなヘンテコな女に殺られるとは。だが次はこうはいかねえ……から……な」
うれしくない次回ご指名を残し、生命活動を終えたイブニール。
「失敬な!」ヘンテコと言われて目くじらを立てるわたしの眼前にて、その死体がじゅくじゅくと白い泡となり、消えていく。壁や床を汚していた血や、武器、装備類の一切がそれに倣う。
「ふむ。こいつは分身体だったようだね。他には見当たらないし念のために一人だけここに残していたということか。それにしてもとんだスーパーボール野郎だったな。たった一体でアレだもの。もっと数が揃ったら屋内が即席のピンボール台に早変わり。しかもお代がプレイヤーの命とか、とんだ体感型死亡遊具だよ」
なんともやっかいな相手に見込まれて、ちょっとゲンナリ。
でもだいたいの能力や戦闘スタイルは把握したので、次は本体もろとも始末するとしよう。
イブニールが跡形もなく消えたのを確認してから、わたしは食堂をあとにして、ルーシーに連絡を入れた。
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