上 下
184 / 298

184 夏の怨念。デート編

しおりを挟む
 
 朝の浜辺にて、爽やかな海風を受けながら並んで歩く乙女と石のコケシ。

「海がキラキラしてとってもきれいね」
「そうかい? オレの瞳にはキミの方がきれいにみえるよ」

 パシャパシャ、水をかけ合う乙女と石のコケシ。

「えいっえいっ」
「ハハハ、水も滴るいい男ってね」

 波打ち際をきゃっきゃうふふと追いかけっこをする乙女と石のコケシ。

「ほうら、つかまえてごらんなさい」
「ちょっと待てよー」

 こんもり砂山にて仲良くトンネル堀り遊びに興じる乙女と石のコケシ。

「もうちょっとで開通よ」
「オレのハートはとっくに開通済みさ。砂にまみれた指先もステキだ」

 ちょっとつかれたので休憩がてら、海辺のおしゃれなカフェテラスでジュースをちゅちゅう飲む乙女と石のコケシ。もちろんグラスは一つにストロー二本。

「冷たくて甘くておいしいね」
「そうだな。ドキドキしてとっても美味しいよ」

 海で遊んだあとは屋台が並ぶ場所へと足を運んで、ウィンドウショッピングを楽しむ乙女と石のコケシ。

「あっ、このイヤリング、かわいい」
「うん。とってもよく似合うよ。今日の記念にプレゼントしよう」

 茜色に染まる空と海。
 沈みゆく夕陽を見つめる乙女と石のコケシ。

「あーあ、もう一日が終わっちゃたぁ」
「キミと過ごす楽しい時間は、あっという間だね」

 アルチャージルのビーチにて、人々の耳目をおおいに集めていることが二つある。
 ひとつは突如として降臨した、類まれな美貌を誇る女性。
 すれちがった人間種の男たちがみなふり返らずにはいられない。そして見事な肢体に目が釘付けとなってしまう。鼻の下はデロンとのびまくり。
 おかげでリゾート地にて痴話げんか指数が急上昇。
 この仲裁のために駆り出される警邏隊たちの出動件数が劇的に増えて、過去最高記録を叩き出すことになった。
 あとひとつは浜辺や街中に出没する不審人物。
 石の像を片手に、あちらこちらをふらついては、ぶつぶつぶつぶつ。
 ときには、にへらと不気味な笑みを浮かべている。
 いけない薬物でも乱用しているのか、どことなく目が逝っちまってるようだ。
「なんか、ヤバイ女がいる!」との目撃情報多数につき、通報も何件かあり、巡回中の警邏隊が職務質問をかけようとしたのだが、猛ダッシュにて逃げられた。
 その逃げ足たるや「まるでイカズチのようであった」と目撃者は語る。

 もはやくどくど説明するまでもなかろう。
 話題の美女はグリューネ。
 不審人物とはわたしことアマノリンネである。
 冒頭のやつはあくまでイメージ映像だ。
 そして巷のウワサこそが、ごく一般的かつ客観的な視点から眺めた石のコケシとわたしの真なる姿。
 ただでさえ日頃から、青い目をしたお人形さんを抱いてウロウロしては、けっこうあちこちで不審がられていたというのに、ここにきて相手が石のコケシになっちゃった。
 ビスクドールとコケシ。広義においてはお人形と同類と言えなくもないが、ついに手足すらも無くなるという退化っぷり。
 もしも夜の有料店ならば即座に「チェンジ!」と叫んでいる。
 だが、わたしは耐えた。がんばったんだ。恥も外聞もかなぐり捨てて、自分のバカンスを守るために、リリアちゃんたちの平穏を守るために、ひいてはアルチャージルに住むすべての者たちをも呪染から守るために。身を粉にして朝から晩まで働いた。
 通りすがりの母子から「ねえねえお母さん、アレなあに?」「しっ! 見ちゃダメ。あれはかわいそうなお姉ちゃんなの。だからそっとしておいてあげなさい」とか言われちゃったとしても、挫けなかった。
 カップルやら家族連れから容赦なく浴びせられる憐れみの視線。これがブスブスと突き刺さるのにも必死に堪えた。
 炎天下の最中に警邏隊の連中との鬼ごっこ。
 半べそをかきながらも、逃げ切った。もう、途中から自分が何から逃げているのか、よくわからなくなった。
 そうやって丸一日を費やしたというのに、石のコケシは「うーん、なんかいまいち」とかぬかしやがった。
 この野郎……、いっそ魔導砲で塵ひとつ残さずに消し飛ばしてやろうか。それともハマナクの外道勇者タロウと同じように、ペンシルロケットで灼熱の太陽に放り込んでやろうか。
 ふつふつとわき起こる怒り。
 しかし、すっかり気力を使い果たしているわたしは、夜の海が見えるレストランのテラス席にて、テーブルに突っ伏してぐったりぐんにゃり。怒りは怒りとして、それを発散するための行動を起こすエネルギーは、もうない。
 ただ虚しさと恥ずかしさにて、心中ぐちゃぐちゃ。いまいち思考がまとまらない。
 いかなることにも動じないはずの神鋼精神に、ピキパキと細かいヒビ割れが生じているのを感じるよ。
 石のコケシに詰まったヤバイレベルの呪を解消するための、夏のデート作戦。
 この分では二日目に突入するハメになるかもしれないと、わたし、げんなり。
 なお本作戦中、ルーシーの姿はずっとそばにいなかった。「せっかくのデートなのにお邪魔をするのもなんですから」とか言っていたが、巻き添えはごめんだと主人を置いて逃げただけである。ひどいお人形さんだ。
 あー、明日のデートプラン、どうしよう……。
 というか、人生初めてのデートの相手が呪われた石のコケシって。
 わたしは、もうダメかもしれない。

 テーブルに突っ伏していたら、「あんた、何をやってんのよ? すっかりビーチの話題を独り占めじゃない」と声をかけてきた者がいた。
 気だるげに首から上だけ動かして顔を向けたら、そこにはグリューネの姿。
 驚いてわたしはガバッと上半身を跳ねあげる。だって彼女の動向はずっと宇宙戦艦「たまさぶろう」の艦橋にて監視されているハズだったから。
 迂闊に接近遭遇したら、こちらの素性がバレるおそれがあったし、それとなくリリアちゃんらとの動線や行動が被らないように注意していたというのに、いったいどうして?
 そのとき懐のスマートフォンっぽい通信端末がぷるぷる。
 連絡を寄越してきたのは終日、たまさぶろうの艦橋内に避難していたルーシーさん。

「すみません、リンネさま。あまりの衝撃映像の連続にて、艦橋クルーのメンバー一同、ずっと爆笑しっぱなしで監視業務に盛大に支障が。ぷーくすくす」

 端末越しにゲラゲラ笑い声が漏れ聞こえてきやがる。
 お笑い番組とかで効果音代わりに流す、笑い声があるでしょう?
 あんな感じなのがずっと流れているよ。ちくしょう。

「うん? この石像がウワサのやつか。あら、おもったよりもかわいらしいじゃない。どこで買ったの? このお土産」

 呪い満載とも知らずに石のコケシを、何げに手に取ったグリューネ。
 彼女の蒼い双眸にて間近からじっと見つめられた石のコケシ。あれほど達者だった口はすっかりなりを潜めて、おとなしくなった。典型的な内弁慶なシャイボーイっぷり。
 とか思ったら、急にパラパラと砂の粒となって足下より崩れていく。

「えっ、な、なに!」

 突然の変化に驚いて、グリューネが石のコケシを放り出す。
 ポーンと飛んできたそいつをわたしがキャッチ。
 すると石のコケシ野郎「きゃっ、巨乳の美人のお姉さんにかわいいって言われちゃった。ウホウホ、余は満足じゃあ」
 で、そのまま完全に崩れ去って、あっさり逝った。
 石のコケシはとんでもないチョロインだった。
 あぁ、チョロインってのは、ライトノベルとかに登場する、尻がるビッチのことだよ。
 ちょっと手を差し伸べられただけで、コロリと主人公に転ぶバカ女ども。
 たとえ命を救われたって、そんな簡単に相手に惚れたりしないってーの。
 もしも女心がそんなに単純だったら、世の中のモテ職業の上位を消防署員、警察官、自衛隊員が占めているはずだもの。

 女性に免疫のない非モテの石のコケシ。
 蠱惑の女スパイにあっさり陥落。
 これにて呪染の脅威は回避された。
 ハハハハ、わたしの一日の苦労はいったいなんだったのだろう……くすん。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

このステータスプレート壊れてないですか?~壊れ数値の万能スキルで自由気ままな異世界生活~

夢幻の翼
ファンタジー
 典型的な社畜・ブラックバイトに翻弄される人生を送っていたラノベ好きの男が銀行強盗から女性行員を庇って撃たれた。  男は夢にまで見た異世界転生を果たしたが、ラノベのテンプレである神様からのお告げも貰えない状態に戸惑う。  それでも気を取り直して強く生きようと決めた矢先の事、国の方針により『ステータスプレート』を作成した際に数値異常となり改ざん容疑で捕縛され奴隷へ落とされる事になる。運の悪い男だったがチート能力により移送中に脱走し隣国へと逃れた。  一時は途方にくれた少年だったが神父に言われた『冒険者はステータスに関係なく出来る唯一の職業である』を胸に冒険者を目指す事にした。  持ち前の運の悪さもチート能力で回避し、自分の思う生き方を実現させる社畜転生者と自らも助けられ、少年に思いを寄せる美少女との恋愛、襲い来る盗賊の殲滅、新たな商売の開拓と現実では出来なかった夢を異世界で実現させる自由気ままな異世界生活が始まります。

【完結】ガラクタゴミしか召喚出来ないへっぽこ聖女、ゴミを糧にする大精霊達とのんびりスローライフを送る〜追放した王族なんて知らんぷりです!〜

櫛田こころ
ファンタジー
お前なんか、ガラクタ当然だ。 はじめの頃は……依頼者の望み通りのものを召喚出来た、召喚魔法を得意とする聖女・ミラジェーンは……ついに王族から追放を命じられた。 役立たずの聖女の代わりなど、いくらでもいると。 ミラジェーンの召喚魔法では、いつからか依頼の品どころか本当にガラクタもだが『ゴミ』しか召喚出来なくなってしまった。 なので、大人しく城から立ち去る時に……一匹の精霊と出会った。餌を与えようにも、相変わらずゴミしか召喚出来ずに泣いてしまうと……その精霊は、なんとゴミを『食べて』しまった。 美味しい美味しいと絶賛してくれた精霊は……ただの精霊ではなく、精霊王に次ぐ強力な大精霊だとわかり。ミラジェーンを精霊の里に来て欲しいと頼んできたのだ。 追放された聖女の召喚魔法は、実は精霊達には美味しい美味しいご飯だとわかり、のんびり楽しく過ごしていくスローライフストーリーを目指します!!

異世界召喚されましたが私…勇者ではありませんが?

お団子
ファンタジー
21歳OL趣味は料理 そんな私がある日突然召喚された。 勇者様?いえ、人違いです。 私勇者様ではありません。 なんだそのゴミスキルはって スキルってなんだよ!! さっさと元の世界に戻せーーー!! え?帰れない? ふざけんなーーーーー!!! こうなったら大好きな料理をしながら 便利スキルで快適に過ごしてやる!! **************** 自由すぎる感じで書いている為 色々と説明不足です なのでゆる~く見て貰えればと思います 宜しくお願いします_(。_。)_

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

他人の人生押し付けられたけど自由に生きます

鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』 開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。 よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。 ※注意事項※ 幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。

星の勇者たち でも三十九番目だけ、なんかヘン!

月芝
ファンタジー
来たる災厄に対抗すべく異世界に召喚された勇者たち。 その数、三十九人。 そこは剣と魔法とスチームパンクの世界にて、 ファンタジー、きたーっ! と喜んだのも束の間、なんと勇者なのに魔法が使えないだと? でも安心して下さい。 代わりといってはなんですが、転移特典にて星のチカラが宿ってる。 他にも恩恵で言語能力やら、身体強化などもついている。 そのチカラで魔法みたいなことが可能にて、チートで俺ツエーも夢じゃない。 はずなのだが、三十九番目の主人公だけ、とんだポンコツだった。 授かったのは「なんじゃコレ?」という、がっかりスキル。 試しに使ってみれば、手の中にあらわれたのはカリカリ梅にて、えぇーっ! 本来であれば強化されているはずの体力面では、現地の子どもにも劣る虚弱体質。 ただの高校生の男子にて、学校での成績は中の下ぐらい。 特別な知識も技能もありゃしない。 おまけに言語翻訳機能もバグっているから、会話はこなせるけれども、 文字の読み書きがまるでダメときたもんだ。 そのせいで星クズ判定にて即戦力外通告をされ、島流しの憂き目に……。 異世界Q&A えっ、魔法の無詠唱? そんなの当たり前じゃん。 っていうか、そもそも星の勇者たちはスキル以外は使えないし、残念! えっ、唐揚げにポテトチップスにラーメンやカレーで食革命? いやいや、ふつうに揚げ物類は昔からあるから。スイーツ類も充実している。 異世界の食文化を舐めんなよ。あと米もあるから心配するな。 えっ、アイデアグッズで一攫千金? 知識チート? あー、それもちょっと厳しいかな。たいていの品は便利な魔道具があるから。 なにせギガラニカってば魔法とスチームパンクが融合した超高度文明だし。 えっ、ならばチートスキルで無双する? それは……出来なくはない。けど、いきなりはちょっと無理かなぁ。 神さまからもらったチカラも鍛えないと育たないし、実践ではまるで役に立たないもの。 ゲームやアニメとは違うから。 というか、ぶっちゃけ浮かれて調子に乗っていたら、わりとすぐに死ぬよ。マジで。 それから死に戻りとか、復活の呪文なんてないから。 一発退場なので、そこんところよろしく。 「異世界の片隅で引き篭りたい少女。」の正統系譜。 こんなスキルで異世界転移はイヤだ!シリーズの第二弾。 ないない尽くしの異世界転移。 環境問題にも一石を投じる……かもしれない、笑撃の問題作。 星クズの勇者の明日はどっちだ。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

処理中です...