上 下
178 / 298

178 海獣さまのタタリ

しおりを挟む
 
 とりあえずビスコ家のトラブルの事態収束の目処が立ったところで、わたしたちはアルチャージルへと帰った。
 なおシビニング、カーラ夫妻は騒動の後始末のためにそのまま残ることになり、帰路の同伴には老執事のモルトさんのみ。
 なにせ向こうをほったらかしのまま来ちゃったもので、いきなりミロナイトの高位貴族夫妻が消えちゃった格好になっている。これを放置したら失踪扱いとなって、これまた大騒ぎになってしまうから。
 わたしがケツを蹴っ飛ばした男については、ジジイが厳正に処理してくれるとのこと。高位貴族の身内に手を出したのだから、その処理が肉の卸業者ばりの解体作業になるらしい。悪党に似つかわしい、なかなかに悲惨な末路だ。
 犯行動機に関して、男は兄嫁の遠い係累らしく、モランくんを見せしめにすることで脅迫の材料とし、自分の思い通りに兄嫁を操ろうと画策したみたい。
 己の悪事を棚にあげて、「これであんたも同罪」「俺たちは共犯関係、運命共同体」とか言って兄嫁を強引に抱き込み、甘い汁をちゅうちゅうする気だったようだ。
 直系の孫ではなくって、ぽっと出のガキなら一人ぐらい始末しても問題なかろうとの浅慮。
 一足先にまんまと巻き込まれた鑑定士のおっさんも、今回の件をネタにゆすりたかり、鑑定結果を捏造させ悪用しまくる算段だったとか。一度だけの約束のはずがズルズルにて、気づけばどっぷりハマって抜け出せない。
 なんていう性質の悪い話さ。その小狡い計算をするオツムを他のことに使えばいいのに。
 やれやれ、阿呆につける薬はないね。

 帰りの道中、何度も頭を下げられて、いい加減に老執事の脳天にあった右回りのつむじも見飽きちゃったよ。
 のんびりバカンスのはずが、モランくんの出自にまつわるビスコ家の騒動のせいで、早や前半が忙しなく消化されてしまった。
 だから後半は思いっきりダラダラ過ごしてやるぜー。っと張り切っていたのに……。

 ホテルの窓の外に広がるのは、凶悪な面構えをみせる暗黒雲。
 南国のはずなのに冷たい風がびゅうびゅう。
 眩しいオーシャンブルーは何処かへと消え失せ、陰鬱な藍色の海は大荒れ。
 どっぱんざっぱんとビッグウエーブの大行進。
 いわゆる大時化というやつである。
 まえの世界で、たまにテレビのニュースにて南国リゾートへと出かけた観光客たちが、台風に巻き込まれて切ない思いをしている映像を何度か目撃したが、よもや自身がそんな不運な目に合おうとは。

「なぜにこのタイミングで台風が直撃……」

 呆然自失となったわたしがぼそりとつぶやくと「ちがいますよ」とルーシー。「この地は開拓以来、過去二百年に遡っても、こんな天気になったことはないそうです。だからこそ一大リゾート地に選ばれたのですから。前例のない異常気象らしくって、アルチャージルの経営陣も頭を抱えているらしいですよ」

 なにせこの地には各国のおえらいさんが多数お忍びで訪れているもんで、対応におおわらわらしい。
 先ほど一階のロビーを見に行ってきた鬼メイドのアルバの話では、受付周りがとってもにぎやかだったとか。
 とはいえお天気のことで文句を言われても、こればっかりは、ねえ?
 あーあ、ツイてない。
 しょうがないので、みんなでお部屋でカードゲームとか盤上ゲームで遊んで過ごす。屋内用の遊戯施設やカジノとかもあるけれども、きっと人が殺到しているだろうから、わざわざそこに混ざりたいとは思わない。
 まぁ、これはこれで楽しいし、たまにはこんな時間の過ごし方もいいかな。
 ゲームがひと段落したところで、ちょっと休憩。
 窓辺に立ち、ふと、外をみればお天気はますます大荒れ。
 雨脚は強まる一方にて、空にはゴロゴロと稲光まで走っている。
 そして沖合では巨大なタコとイカが盛大に取っ組み合いのケンカの真っ最中。

「……って、なんじゃ、こりゃあーっ!」

 素っ頓狂なわたしの声に、みんなが釣られて窓辺へと。
 そして同じく「なんじゃあ、こりゃあーっ!」と声をあげた。
 タコに見えた海の生き物は、レッドピピルと呼ばれる海のモンスター。
 なんだかムダにカッコいい名前だな。
 イカに見えた海の生き物は、スルメと呼ばれる海のモンスター。
 こちらは、あきらかに異世界渡りの勇者が名づけ親だろう。適当なことしやがって、そこは普通にイカでいいじゃないイカ。
 えー、コホン。そのことはポイっと脇へのけといて。
 どうやら海が荒れているのは、こいつらのせいっぽい。
 なにせ推定ながら全長五十メートルを超える大物同士。そいつが組んずほぐれつ、どったんばったんと暴れているから、波が立ってしようがない。
 しばらく眺めてから意を決したわたしは浜辺へと向かうことにした。
 もちろん、せっかくのバカンスを台無しにしている連中をぶっ飛ばすために。
 なおリリアちゃんたちはホテルでお留守番。
 だって土砂降りの中で冷たい海風に当たって、風邪でもひいたらタイヘンだもの。
 彼女たちの面倒はルーシーに任せて、お供は鬼メイドのアルバのみ。
 なにせウチのビスクドールさんってば、とっても小柄で軽いからねえ。この強風だとちょいと飛ばされかねない。意外なところで意外な弱点が発覚したよ。



 暴風にあおられて、ぐわんぐわんと揺れる街路樹が、いまにも折れそう。
 ばちばちと頬を打つ大粒の雨。横殴りにてちょっと痛い。
 荒れ狂う波にて浜辺には人っ子一人いやしない。
 かと思えば一人いたよ。腰のすっかり曲がったバアちゃんが。

「ちょっと、こんな時にこんなところで何してんの!」

 あわてて声をかけたら、バアちゃんは返事をするかわりに「タタリじゃあ、これは海獣さまのタタリじゃあ」とわめき、くすんだネズミ色の髪を振り乱し、ズンドコ踊っている。
 なかなか堂に入った踊りっぷり。だがダサい。
 たぶん神々の怒りを鎮める舞いか何かだとおもうのだけれども。
 とりあえず、はみ出しているシワシワのたくわん丸ごとみたいな片乳をしまえ。目のやり場に困るから。
 で、事情説明を求めるとスラスラと答えるバアちゃん。
 なんでもこの目の前の海域を支配する海獣さまたちが、モーレツに怒っているらしい。
 かつては年二回、地元民らでお祭りをして彼らを祀っていたのだが、リゾート開発による急激な発展と近代化によって、すっかりいにしえの風習が蔑ろにされ、忘れられてひさしい。そのせいで、ついに堪忍袋の緒が切れたにちがいないとのこと。
 これを鎮められるのは「清らかな乙女の巫女舞い」を捧げるのみ。
 いろいろとツッコみどころのあるお話にて、なんともありがち。
 けれども、諸問題には目をつぶったとしても、やはりわたしは首をかしげずにはいられない。
 だってアルチャージルの開発が始まったのって二百年ほど前。
 とどのつまり「今更、タタリ?」なのである。
 もしも本当に祟るつもりならば、序盤から全力全開で猛威を振るわないと意味がないと思うもの。
 でも、わたしのそんな疑問はおかまいなしにて、目の前の海では巨大タコとイカが乱闘を演じ、すぐとなりではバアちゃんのはみ乳音頭が続いている。
 気のせいか、バアちゃんが熱心に踊るほどに、海の中の乱闘がかえって激しくなっているような……。
 ひょっとして、それって逆効果なんじゃあなかろうか。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生魔王NOT悪役令嬢

豆狸
ファンタジー
魔王じゃなくて悪役令嬢に転生してたら、美味しいものが食べられたのになー。

【R-18】世界最強・最低の魔術士は姫の下半身に恋をする

臣桜
恋愛
Twitter企画「足フェチ祭り」用に二時間ほどで書いた短編です。 色々配慮せず、とても大雑把でヒーローが最低です。二度言いますが最低です。控えめに言っても最低です(三度目)。ヒロインは序盤とても特殊な状態で登場します。性癖的に少し特殊かもです。 なんでも大丈夫! どんとこい! という方のみどうぞ! 短編です。 ※ムーンライトノベルズ様にも同時掲載しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

夫が離縁に応じてくれません

cyaru
恋愛
玉突き式で婚約をすることになったアーシャ(妻)とオランド(夫) 玉突き式と言うのは1人の令嬢に多くの子息が傾倒した挙句、婚約破棄となる組が続出。貴族の結婚なんて恋愛感情は後からついてくるものだからいいだろうと瑕疵のない側の子息や令嬢に家格の見合うものを当てがった結果である。 アーシャとオランドの結婚もその中の1組に過ぎなかった。 結婚式の時からずっと仏頂面でにこりともしないオランド。 誓いのキスすらヴェールをあげてキスをした風でアーシャに触れようともしない。 15年以上婚約をしていた元婚約者を愛してるんだろうな~と慮るアーシャ。 初夜オランドは言った。「君を妻とすることに気持ちが全然整理できていない」 気持ちが落ち着くのは何時になるか判らないが、それまで書面上の夫婦として振舞って欲しいと図々しいお願いをするオランドにアーシャは切り出した。 この結婚は不可避だったが離縁してはいけないとは言われていない。 「オランド様、離縁してください」 「無理だ。今日は初夜なんだ。出来るはずがない」 アーシャはあの手この手でオランドに離縁をしてもらおうとするのだが何故かオランドは離縁に応じてくれない。 離縁したいアーシャ。応じないオランドの攻防戦が始まった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してますがコメディのようなものです。 ★読んでいる方は解っているけれど、キャラは知らない事実があります。 ★9月21日投稿開始、完結は9月23日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

【完】互いに最愛の伴侶を失ったオメガとアルファが、遺骨と一緒に心中しようとするけど、

112
BL
死なずにのんびり生活する話 特殊設定有り 現代設定

【完結】よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

妹の方が綺麗なので婚約者たちは逃げていきました

岡暁舟
恋愛
復讐もめんどくさいし……。

婚約破棄されまして・裏

竹本 芳生
恋愛
婚約破棄されまして(笑)の主人公以外の視点での話。 主人公の見えない所での話になりますよ。多分。 基本的には本編に絡む、過去の話や裏側等を書いていこうと思ってます。 後は……後はノリで、ポロッと何か裏話とか何か書いちゃうかも( ´艸`)

【R18/長編】↜(  • ω•)Ψ←おばか悪魔はドS退魔師の溺愛に気付かない

ナイトウ
BL
傾向: 有能ドS退魔師攻め×純粋おバカ悪魔受け 傾向: 隷属、尻尾責め、乳首責め、焦らし、前立腺責め、感度操作 悪魔のリュスは、年に一度人里に降りるサウィン祭に退魔師の枢機卿、ユジン・デザニュエルと無理矢理主従契約を交わさせられた。その結果次のヴァルプルギスの夜まで彼の下僕として地上の悪魔が起こす騒ぎを鎮める手伝いをさせられることになる。 リュスを従僕にしたユジンは教皇の隠し子で貴族の血筋を持つ教会屈指のエリートだけどリュスには素直になれず意地悪ばかり。 でも純粋でおバカなリュスに何だかんだ絆されていくのだった。 人の世界で活動するためにユジンのアレやコレやが無いとダメな体にされたリュスは果たして快楽に打ち勝ち無事にまた闇の世界に帰れるのか!?(ダメそう) ※あほエロ50%、ストーリー50%くらいです。 第10回BL小説大賞エントリーしてます。 励みになるので気に入って頂けたら11月中に☆、コメント、投票お願いします ↜(  • ω•)Ψ

処理中です...