上 下
176 / 298

176 血縁判定

しおりを挟む
 
 翌日、朝食後に早速、カーラさんのところに顔を出そうとしたら、あちらから使いがやって来て「すぐにモランくんを連れてきて欲しい」とのこと。
 なんでも国元から待ちに待った鑑定士が到着したらしい。
 これを受けてピコンとあることを閃いたわたしの灰色の脳細胞。アルバにごにょごにょと耳うち。ひと仕事を頼んでから、彼女とはあとで合流することにして、他のみんなで出かけることにした。
 リリアちゃんたちには、たんにビスコ家から招待を受けたということにしておく。
 使いの方に案内された場所は、以前にわたしがアルバと訪れたシビニング夫妻の宿泊先のホテルではなくって、山の高原地帯にある別荘だった。
 なんでも国の持ち物らしくって、ある程度の高位の者なら事前に申請すれば、誰でも利用可能なんだとか。
 ことはビスコ家の秘事に関わることだし、今回はこちらでということらしい。

 ときには各国の貴人らを招いて華やかな夜会なんぞも開かれるという豪奢な別荘にて、わたしたちの到着を待っていた老夫妻。
 カーラさんはソワソワとして、なんかかわいい。
 ジジイはしかめっ面をいっそうしかめているので、ちっともかわいくない。
 壁際にて控えている老執事のモルトさんは、あえて表情を殺して平然を装っている。
 そして初めて見る小太りの中年男性が一人。ビスコ家とも古い付き合いがあって信用のおける人物にて、これがウワサの鑑定士らしい。
 けれども、なぜだか汗をだらだらかいては、これをせっせとハンカチで拭っており、どうにも落ち着かないご様子。

「このおっさん、本当にだいじょうぶか?」というのが、わたしの率直な感想である。

 いざ、鑑定! といっても、面と向かってじっくりとっくりなんて無粋な真似はしない。
 なにせモランくんにはまだ事情の一切を説明していないので。
 真偽が判明した後にカーラさんたちが肉親であることを打ち明けるのかも未定だし。
 そこでリビングのソファーにみんなで腰かけ、お茶をしながらの歓談を装いつつ、チラチラと盗み見るかのようにしての鑑定作業となる。
 でもしばらくしてから、鑑定士のおっさんが首を横にふる仕草をみせた。
 これを受けて「あぁ、そんな」と悲痛な声をあげたのはカーラさん。シビニングのジジイも「そんなバカな!」と立ち上がり、鑑定士に掴みがからんほどの剣幕。
 確信を持って臨んだ鑑定。なのに、よもやの否定判定。
 これには老執事もおもわず手にしていたお盆を取り落とすほどの衝撃を受けている。
 大人たちの態度の急変、その狼狽ぶりに事情を知らないモラン、リリア、マロンらはわけがわからずに、きょとんとなるばかり。
 けれども、わたしとルーシーはちがった。
 冷ややかな視線を青い顔をして小刻みに震えている鑑定士にじっと注いでいる。
 そのタイミングにて懐のスマートフォンっぽい通信端末がぷるぷる。
 相手はアルバにて、出がけに頼んでおいた用件の手配が完了したというので、早速、実行に移してもらう。
 亜空間が開いて、姿をあらわしたのはトカードの五人の勇者のうちの一人。眼鏡っ子のヨシミさん。あいかわらず、美味しそうなたわわな果実を引っ提げている。
 彼女はわたしが知る限り、最高レベルの鑑定眼ギフトの持ち主。
 これがアルバに頼んでいたこと。宇宙戦艦「たまさぶろう」にてひとっ飛びしてもらい、亜空間経由にて彼女をこの場に召喚したのである。

「いきなりごめんね、ヨシミさん」
「いえ、アルバさんよりだいたいのお話は伺っていますから。それにリンネちゃんにはいつも美味しいチョコとかたくさん頂いていますし、これくらいはお安い御用です。それでこちらの彼とあちらのご夫婦の関係ですよね……。えーと、はい、まちがいなく血縁関係にありますね。お父さま系列の、いわゆる祖父母と孫の間柄で間違いありません」

 はい、出ました。ちがう判定結果。
 これを受けてジジイが鬼の形相と化し、充血した目ん玉をギョロリ。
 睨まれた小太りの鑑定士は唇を真っ青にして、ついに泡を吹いて倒れた。
 終始おどおどしていたし、明らかに挙動不審。たぶん小心で根は正直な人なんだと思うよ。
 この分だと誰かに鑑定結果をねじ曲げるように強要されたのかな?
 では、どうしてわたしがこんな事態を予測できたのかというと……。
 ぶっちゃけ、単純に、わたしならばそうするから。
 いや、だって、判別方法が鑑定なんていう希少な個人の能力に頼る以上は、そこさえ押さえてしまえば結果なんて捏造し放題じゃない。悪徳古美術商のインチキ商法と同じだよ。まじめな大人ほど専門家の肩書に弱いもの。けっこう無条件に信じちゃうんだよねえ。
 悪党どもと思考が似たり寄ったりなのは、いささか業腹ではあるものの、頭の中で考えるだけなのと、実際に行動に起こすのとでは雲泥の差がある。
 ここんところ大切なんで、よくよく覚えておくように!
 でもって、いきなり肉親絡みの事情を暴露されたモランくん。
 あっちゃー、ヨシミさんに口止めをしておくのをすっかり忘れていたよ。もう、リンネちゃんてば、とんだおまぬけさんなんだから。テヘぺろ。
 でもそんな心配はいらなかったみたい。だってモランくんってば、とくにとり乱すこともなく、案外、冷静だったんだもの。
 数多の才能のみならず、肝まで据わってるとか、どれだけハイスペック。我ながら本当にいい拾い物をしたものである。

「いえ、内心ではとても驚いていますよ。ただ、お二方の雰囲気がなんとなく亡き父に似ており、どこか懐かしいとは感じていたもので。それに接するほどにその想いが強くなるばかりでしたから」

 聡明な孫のこの台詞に、カーラさん感無量。ひしとモランくんを抱きしめる。
 頑固ジジイ、天を仰いでグフグフ男泣き。鬼の目にも涙って、きっとこういうことを言うだね。
 老執事もハンカチで目元を拭っている。
 期せずして祖父母と孫との初名乗りの場面に立ち会うことになった、リリアちゃんはパチパチ拍手にて「おめでとう」と祝福の言葉を贈る。以前より彼の出自を疑っていたマロンちゃんは、「やっぱりね」とちょっと得意げであった。
 やれやれ、これにて一件落着。
 となればよかったんだけど、後始末がまだあるので、とりあえずヨシミさんにはお土産をたんと持たせてお帰りいただき、問題は泡を吹いている小太りの鑑定士。
 これ以上は騒動を隠し通せないと判断した老執事に、主人夫妻への説明は丸投げして、わたしたちは鑑定士の方を担当することにした。
 青い目をしたお人形さんが、「おら、とっとと起きろ」と小さな手で頬をビシバシ。
 それでも起きないから、背中に冷たい水をぶっ込んでの強制覚醒。「ひゃん」と奇声を発して目覚めたおっさんを事情聴取。
 まぁ、おおかたの予想通りにて、家族に危害を加えると脅されたり、「これはビスコ家のためだ」となだめられたりして、泣く泣く丸め込まれたと。
 涙ながらに「すみませんでしたーっ」と土下座をくり返すおっさんの姿からは、微塵もウソが感じられない。映像に残して企業の謝罪会見のお手本として売り出したらきっとバカ売れしそうなほどに、全身全霊にて誠実さが溢れている。ノットガルドの謝罪の神さまはここにいたよ! 
 もともと鑑定持ちは、その能力ゆえに珍重されるかわりに、トラブルにも巻き込まれやすい。だから身辺にはわりと注意を払っているはずだけれども、それを潜り抜けて接近してきた時点で、相手はかなり近しい、もしくは顔見知りの犯行の可能性大。
 はてさて、セーフ? それともアウト?
 ビスコ家の命運やいかに!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生魔王NOT悪役令嬢

豆狸
ファンタジー
魔王じゃなくて悪役令嬢に転生してたら、美味しいものが食べられたのになー。

【R-18】世界最強・最低の魔術士は姫の下半身に恋をする

臣桜
恋愛
Twitter企画「足フェチ祭り」用に二時間ほどで書いた短編です。 色々配慮せず、とても大雑把でヒーローが最低です。二度言いますが最低です。控えめに言っても最低です(三度目)。ヒロインは序盤とても特殊な状態で登場します。性癖的に少し特殊かもです。 なんでも大丈夫! どんとこい! という方のみどうぞ! 短編です。 ※ムーンライトノベルズ様にも同時掲載しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

夫が離縁に応じてくれません

cyaru
恋愛
玉突き式で婚約をすることになったアーシャ(妻)とオランド(夫) 玉突き式と言うのは1人の令嬢に多くの子息が傾倒した挙句、婚約破棄となる組が続出。貴族の結婚なんて恋愛感情は後からついてくるものだからいいだろうと瑕疵のない側の子息や令嬢に家格の見合うものを当てがった結果である。 アーシャとオランドの結婚もその中の1組に過ぎなかった。 結婚式の時からずっと仏頂面でにこりともしないオランド。 誓いのキスすらヴェールをあげてキスをした風でアーシャに触れようともしない。 15年以上婚約をしていた元婚約者を愛してるんだろうな~と慮るアーシャ。 初夜オランドは言った。「君を妻とすることに気持ちが全然整理できていない」 気持ちが落ち着くのは何時になるか判らないが、それまで書面上の夫婦として振舞って欲しいと図々しいお願いをするオランドにアーシャは切り出した。 この結婚は不可避だったが離縁してはいけないとは言われていない。 「オランド様、離縁してください」 「無理だ。今日は初夜なんだ。出来るはずがない」 アーシャはあの手この手でオランドに離縁をしてもらおうとするのだが何故かオランドは離縁に応じてくれない。 離縁したいアーシャ。応じないオランドの攻防戦が始まった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してますがコメディのようなものです。 ★読んでいる方は解っているけれど、キャラは知らない事実があります。 ★9月21日投稿開始、完結は9月23日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

【完】互いに最愛の伴侶を失ったオメガとアルファが、遺骨と一緒に心中しようとするけど、

112
BL
死なずにのんびり生活する話 特殊設定有り 現代設定

【完結】よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

妹の方が綺麗なので婚約者たちは逃げていきました

岡暁舟
恋愛
復讐もめんどくさいし……。

婚約破棄されまして・裏

竹本 芳生
恋愛
婚約破棄されまして(笑)の主人公以外の視点での話。 主人公の見えない所での話になりますよ。多分。 基本的には本編に絡む、過去の話や裏側等を書いていこうと思ってます。 後は……後はノリで、ポロッと何か裏話とか何か書いちゃうかも( ´艸`)

【R18/長編】↜(  • ω•)Ψ←おばか悪魔はドS退魔師の溺愛に気付かない

ナイトウ
BL
傾向: 有能ドS退魔師攻め×純粋おバカ悪魔受け 傾向: 隷属、尻尾責め、乳首責め、焦らし、前立腺責め、感度操作 悪魔のリュスは、年に一度人里に降りるサウィン祭に退魔師の枢機卿、ユジン・デザニュエルと無理矢理主従契約を交わさせられた。その結果次のヴァルプルギスの夜まで彼の下僕として地上の悪魔が起こす騒ぎを鎮める手伝いをさせられることになる。 リュスを従僕にしたユジンは教皇の隠し子で貴族の血筋を持つ教会屈指のエリートだけどリュスには素直になれず意地悪ばかり。 でも純粋でおバカなリュスに何だかんだ絆されていくのだった。 人の世界で活動するためにユジンのアレやコレやが無いとダメな体にされたリュスは果たして快楽に打ち勝ち無事にまた闇の世界に帰れるのか!?(ダメそう) ※あほエロ50%、ストーリー50%くらいです。 第10回BL小説大賞エントリーしてます。 励みになるので気に入って頂けたら11月中に☆、コメント、投票お願いします ↜(  • ω•)Ψ

処理中です...