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172 不穏

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 沈みゆく夕陽にしんみり黄昏つつ浜をあとにして、みんなでホテルのレストランでディナーとしゃれこむ。
 旅の醍醐味といえば、やっぱり食事でしょう。親しいい者らで囲む食卓は、何にも勝る贅沢。
 すぐ目の前にはキレイな海もあることだし、地場産の素材をふんだんに使った料理を愉しみにしていたら、テーブルに並んだのは、どこかで見たような品ばかり。

「こちらの料理は、ただいまノットガルド全土で流行している最新の食材を使ったものです」との給仕さんのご説明。

 パスタとか、インスタント食品のアレンジ料理の数々。
 どこ産かって? そんなもんウチに決まってるでしょ! リスターナ産、ギャバナ経由にて流れ流れてノットガルド各地へと散らばる食品の輪。
 でも輸送コストが加算されているから、リスターナから離れるほどに値段がべらぼうに跳ね上がっていやがる。そのせいで庶民の生活を支えるハズの食材が、リゾート地の高級店の調理場で使われる大出世。成り上がるにもほどがある。
 さすがにプロの料理人がひと手間もふた手間も加えているので、見目麗しく、味も申し分ないのだが、新鮮味の薄さだけはいかんともしがたく。
 どうせならば、わたしは活きの良い魚介類が食べたかった。
 あと原価を知っている身としては、ぼったくられ感がすさまじい。
 いや、お店の雰囲気とか、給仕のきめ細やかなサービスとか、プロの料理人の腕とか、いろんなモノの付加価値が加わっていることは承知しているよ。それでも、ちょっとと感じちゃうのが一般庶民という生き物なのである。
 微妙にテンションがあがらない食卓。「おいしいですね」「うん、ふつうにおいしいかな」という会話がなんとも空々しい。
 そんなわたしたちの席に、いきなり「あちらの方からです」と差し入れられたのは、でっかいホールのチョコケーキ。
 ドラマの中とかで、バーカウンター上にて展開されるグラスのやりとり。
 行きずりの見知らぬ男女。
 大人のラブゲームのはじまり。
 わたしとて人並みに憧れたシチュエーションではあるけれども。実際のところ、やられてみると、うれしさよりも戸惑いが勝る。見ず知らずの相手からふるまわれる飲食物。ぶっちゃ不気味でちょっと怖い。だって得体が知れないんだもの。
 何かの間違いかとおもったのだが、ケーキを運んできた給仕は「たしかにこちらの席に運ぶように」と言われたという。
 このような高級レストランの席で、もらった品を突き返すのはマナー違反。
 ひょっとしたらリリアちゃんの顔を見知っていた、どこぞの貴人の可能性もある。
 相手にどのような意図があるのかはわからないけれども、ご厚意にはとりあえずお礼。だから表向きの引率役であるわたしが、ケーキを寄越したと方々が座っている席へと挨拶に赴く。
 あぁ、ちなみに真の引率はルーシーだからね。とはいえさすがに青い目をしたお人形さんに行かせるわけにはいかないから。

 わたしたちの席から少しはなれたところにいたのは人間種の老夫婦。
 夫はゴードン将軍ばりの武闘派なムキムキ具合にて、あきらかに軍属っぽい御仁。黒髪短髪角刈り、頑固一徹を地で行くようなしかめっ面にて、四角い顔面に「厳格」の二文字がしわで刻まれているかのよう。彼は某国の高貴族の当主であるシビニング・ビスコ。
 妻は夫とは対照的にカラダの線が細い。まるで枯れ木のよう。黒髪をお団子に束ねた、物腰柔らかくやさしそうなおばあちゃんがカーラ・ビスコ。
 二人の側には同じ年代であろう老執事の姿もある。こちらはモルトさん。
 わたしはとりあえず一番えらそうなジジイにお礼を述べる。
 そしたら「ふん」と鼻で返事をされた。これにはわたしも「えー」
 しかしすかさずフォローに入ったのは奥さん。「不快な思いをさせてごめんなさいね。うちの人ってば、いっつもこんな調子で」
 どうやらこちらには話が通じそうなので、以降は彼女との会話に終始。
 それでケーキをくれた理由は、「なんだか元気そうな子どもたちがいたものだから、つい」だそうな。
 いかにもありえそうな話だけれども、わたしは奥さんがかすかに漏らした「あまりにも昔のあの子に似ているものだから」というつぶやきも聞き逃さない。
 老夫婦の視線が注がれていたのはモランくん。
「これはひょっとしたら、ひょっとしちゃうかも?」と思いつつ、その場では挨拶だけに留める。しょせんはビーチでの戯言。そんなおとぎ話みたいなこと、あるわけナイナイ。
 向こうもあえて踏み込んだ質問はしてこなかったしね。
 まぁ、他人の空似ってこともあるし、先祖を辿れば遠い親戚同士なんてこともあるだろう。血脈なんてどこでどう繋がっているのか、わかったもんじゃないから。

 なーんてことで放置していたら、この夜を境にしてやたらと行く先々にて遭遇するわたしたちと老夫婦。
 あきらかに狙って接近遭遇しているだろう? それならふつうに声をかけてこいよ。いちいち偶然を装うのが、なんともめんどうくさい。
 奥さんだけならば「なんて奥ゆかしい」で済む。しかしここに頑固ジジイがブレンドされることで、とたんに「むさ苦しい、暑苦しい、うっとうしい」が加味されるからふしぎ。あと、その出会いのセッティングのために汗だくになって走り回っている老執事が、気の毒すぎる。じきに倒れても知らないから。
 社交的で淑女な奥さまは、すぐにリリアちゃんやマロンちゃんたちとも打ち解け、いまではすっかり顔なじみ。本当の孫と祖母らのような老若人の交流は、目にとってもやさしく、心に染みる。なんだか陽だまりで丸まっているネコの気分にさせられ、ほっこり幸福感がその一画には満ちているよ。
 なおずっと眉間にシワだらけ渋面ジジイは、如才ないモランくんが適当にあしらっている。さすがは日頃からお城の奥で気ムズカシイ大人たちを相手にしているだけのことはある。わたしだったら五分後には、殴り合いのガチケンカをしている自信があるね。
 そんなこんなでアルチャージルでのバカンスの時間はゆったりと流れていたのだけれども……。

 夕刻、茜色に染まる浜辺を散策した後に、ビーチ沿いにある網焼きの屋台へと繰り出そうとしたときのこと。
 とある建設作業中の建物の前を通りかかる。
 ふいに頭上からガランゴロンと不穏な音。降ってきたのは鉄骨やら木材やら石材など。
 真下にはちょうどわたしたち一行。周囲にも多数の観光客たち。
 当然ながら、こんなモノに巻き込まれれば大惨事になる。
 が、そこはそれ、リンネ組に常識は通用しない。
 即座に頭上にて亜空間の入り口をぱかんと開けたルーシーさん。「ヒャッホー、ただで資材ゲットだぜー」と素知らぬ顔でガメて、そのままスタスタ去っていく。
 よってたいした騒ぎになることもなく、建築現場の作業員らが混乱するにとどめたのだけれども。

「あれって明らかにわたしたちを狙ってたよね?」
「そうですね、リンネさま。タイミング的にみて、まずまちがいないかと」とルーシー。
「狙いはやはりリリア姫でしょうか」とアルバ。

 主従らにてヒソヒソ話。
 なお前を歩くリリアちゃんたち三人は、先の事故を装った襲撃にはまったく気がついていない模様。まぁ、せっかく休暇を楽しんでいることだし、わざわざ報せてイヤな気分にさせることもなかろう。警護はばっちりするから、あとはいつものようにリンネ組にてこっそり処理するつもり。とはいえ……。

「うーん、でもとりあえず話を聞くのはカーラさんからかなぁ」とわたし。

 だっていい加減にモヤモヤもピークだし、ここいらでスッキリしておきたい。
 ひょっとしたらそっち絡みの案件の可能性もあるからね。


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