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169 宝箱
しおりを挟む玄関から建物内部へ。
正直、中はふつうの造り。五人家族ぐらいで仲良く暮らすのにちょうど良さげ。
廊下にリビングにキッチン……、どこにも取り立てて変わった箇所がない。ごくふつうの住まいだ。
いや、偉大な魔法騎士の残した物件と考えると、かえってそれが不自然なのだろうか。
念のために手分けをして床下やら壁、暖炉の奥、棚に仕掛けがないかと漁ってみるも、怪しいところはどこにも見当たらない。
首をかしげつつ、わたしたちは二階へと向かう。
こちらにはベッドのある寝室の他にもう一部屋あるだけ。
が、ここで初めて抵抗に遭う。
ドアノブに手が触れた瞬間、ビビッと何やら意志の残滓のようなものを感じた。
「この部屋、ここだけなんだか他とちがう感じがする」
わたしの言葉にジャニス女王は色めき立ち、「はやくはやく」と急かす。
うむ。これまでの言動で薄々と察してはいたのだが、どうやらジャニス女王ってば、ただの「伝説の魔法騎士フリーク」だな。いろいろとソレっぽいことを言っていたけれども、とどのつまり憧れのスターのお宅拝見、あわよくばお宝ゲットとか。
もう、それならそうと初めから素直に言えばいいのに……。
やれやれ、随分と遠回りをしたものである。さすがは初恋こじらせモンスター。
目の前の扉からは、なにやら「入っちゃダメ!」という意志がやんわり発せされている。
でもかまわずドアノブをがちゃがちゃ。
「ありゃ? カギがかかってるよ。どうしよう」
「おまかせ下さい、リンネさま」
青い目のお人形さんが懐から怪しげな道具をとり出すと、手慣れた様子にてピッキングを開始。カチャカチャ、カチリ。ものの五秒ほどで開錠作業を終了。
本職もかくや。あまりの見事な手並みに、わたしとジャニス女王は「おぉー」と歓声をあげパチパチ拍手。
扉の向こうには薄暗い空間。
窓には厚めのカーテンがかけられており、これが陽の光の侵入を防いでいた。
部屋の中はがらんとしており、そこにあったのは四つの物だけ。
壁に飾られてある女性の肖像画。貴賓溢れる美しい人。おそらくは彼が仕えていたという女王さま。
それと向かい合うかのようにして配置されてあったのは、一脚のイス。
ここに腰かけ、静かに故人を偲んでいたのだろうか。
イスの脇には小さな丸テーブル。
その上に文箱がちょこんと置かれてあった。
なかには手紙の束。差し出し人のところにある名前はすべて同じ人物。内容は他愛もない日常のことを流麗な文字にて細々と綴ってあるばかり。
親しい者から親しい者へと送られた心安い手紙。
なんてことのない内容。
でも、だからこそ、それを大切に保管してあることが妙に切ない。やたらと胸がぎゅーっと締めつけられる。
これが、ここが、伝説の魔法騎士の身が朽ち果て、その魂が天へと還っても、想いのみにて守り続けていたモノ……。
ありふれた日常。身の周りにある当たり前。でもそんな当たり前はちっとも当たり前なんかじゃなくって、とてもかけがえのないモノ。
その大切さを知る彼は、真に尊敬できる人物であったようだ。
この家は呪いの館でも、英雄の足跡などというご大層な場所でもない。
いわば彼の想いを込めた宝箱だったんだ。
「ここはこのままがいいと思うんだけど」
わたしの意見にジャニス女王とルーシーも黙ってうなづく。
スターお宅訪問はこれにて終了。
トボトボ歩く帰りの道すがら、「そうだリンネ、権利の方はどうする?」なんて言い出したのはジャニス女王。
なんでも長いこと開かずの扉であったがゆえに、かけられた懸賞金やらがかなり累積されているらしく、また最初に解呪した者に屋敷の権利の一切合切が手に入るとのこと。
いつもならば「ひゃっほぅ」と小躍りしてはしゃぐところだが、さすがに故人の想いを知ったいまとなっては、それを無下にする気にはとてもなれやしないよ。
「わたしはいいや。権利は放棄する。そのかわりにラグマタイトとトカードで話し合って、いい感じにしてあげて」
「わかった。では戻り次第、そのように処理しておこう」
こんな感じでキレイに話がまとまりそうになったところで、「それにしても不可解でしたね」と言い出したのはルーシー。「何人をも跳ね返す強力な呪法が施されているという話でしたが、とてもそのようには見えませんでしたけれども」
わたしの健康スキルによって相殺、とか以前に特にそれらしい反応は皆無。
最後の扉にしても、呪というよりかは「おい、ちょっと勝手に見るんじゃねえよ。照れるじゃないか」ぐらいの可愛らしい反応。
これにはみんなして首をかしげる。
「たしかにべつに特別なことなんて何もしてないよねえ。呼び鈴ならして、声かけて、ノックして」
他所さまのお宅にお邪魔する際の最低限の礼儀作法。
わたしがそれを指折り数えていたら、「まさか!」とジャニス女王。何ごとかを思いついたらしく、いきなり反転して伝説の魔法騎士の家へと向かい猛然と駆け出す。
メスライオンが全力疾走。
地面を蹴って躍動する長い足。ギュンギュン交互に前後する二本の腕。なんというダイナミックな走り。
わたしとルーシーは遠ざかるその背を呆然と見送る。
しばらくして向こうの方から「あーっ!」という吠え声が聞えてきた。
どうやらそういうオチだったみたい。
やれやれ、どいつもこいつもマナーがなっちゃいないよね。
誰だって迷惑な客はノーサンキュー。
そんなのだから家からも家主からも拒絶されちゃうんだよ。
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※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差)
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