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168 呪いの館

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 トカード滞在二日目。
 昨夜は遅くまで歓迎パーティーにつき合わされた。
 煌びやかな雰囲気の中、慣れないドレス姿にて、せっかくの宮廷料理だというのにお腹周りが気になって、いまいち楽しめなかった。だからルーシーにたのんでこっそりと折詰にして、亜空間にがめておいた。
 ヨシミさんの処置に関しては、とりあえず成功っぽい。
 なにせ四人の仲間どころか、経緯を知る城内の全員が口裏を合わせているので。国としても優秀かつ有益な女勇者の流出は絶対に阻止すべく、一丸となってことに当たっている。だから隠ぺい工作がバレることはないだろう。
 昼前に目を覚ましたら、客室のソファーで足を組み優雅にお茶を飲んでいるジャニス女王の姿。けっこうな勢いにてガバガバ酒を浴びるように飲んでいたわりに、とっても元気。生粋の王族ゆえにあの手の催しは日常茶飯事にて、気疲れすることもなく余裕しゃくしゃくといった感じ。働く大人の女はとってもタフネス。
 向かい側の席にポフンと腰をおろし、「で、そろそろ本当の理由を教えてくれてもいいんじゃないの?」とわたしは言った。
 単なる足代わりとして利用するだけならば、ラグマタイトからスマートフォンっぽい通信端末で連絡を入れて、直接迎えに来させればいい。わざわざ自力で飛んでリスターナにまで足を運ぶ手間をかける必要はない。
 はじめはシルト王の顔みたさかもと疑ったけれども、メスライオンはわりとしっかりした女王さま。はげしく公私混同しつつも、締めるところはきちんと締めて自制する。
 いくら色恋に迷い、暴走気味になろうとも、土壇場でブレーキを踏める鉄の女。

「ふむ。それは話が早くて助かる。じつはリンネに頼みたいことがあってな」とジャニス女王。

 ずいぶんと昔のことだ。
 かつてラグマタイトだけでなく、ノットガルドの歴史にも名を残す偉大な魔法騎士がいた。
 彼は忠義を尽くしていた女王が崩御した後に、自ら職を辞し、国元を去り、ただ心の赴くままに放浪の旅へと出る。
 老いて一線を退いたとはいえ、蓄えた豊富な知識と経験は健在。それらにて衰えつつある肉体を補い、各地にて勇名や逸話をおおいに残し、惜しまれつつもついに天へと召された。
 その足跡は各地に刻まれており、このトカードにもゆかりの建物がある。
 偉大な英雄の残した館。
 魔法騎士を名乗る者ならば、または魔法騎士に憧れ志す者であれば、機会があればぜひとも訪問したい観光スポット。
 しかしその館は、長らく何人足りとも立ち入ることが許されていない。
 べつに国が立ち入りを禁じているわけではない。むしろ国としては積極的に開示に努めたぐらいだ。でもダメだった。
 強力な呪法が施されているがゆえに、入りたくとも中に入れないのだ。建物どころか門扉から先、敷地内に一歩たりとも踏み込めやしない。
 かの英雄がそれほどまでに厳重な封を施した場所。
 いったい中には何が納められているのか?
 隠されるほどに余計に気になるというもの。それゆえに有力者や酔狂な大金持ち、王家らが懸賞金をかける事態にまで発展。
 ある者は知的好奇心から、ある者は富や名声を求めて、またある者は純粋な憧れから。
 これまでに、じつに多くの者たちが解呪を試みる。
 も、いまだに破られてはいない。あまりにムキになってのめり込むあまり、人生を棒に振った者も多い。
 ナゾはナゾのままに歳月を重ね、いつしかその建物は「呪いの館」と呼ばれるようになって久しい。
 ラグマタイトとしても国を代表する偉人に関わることだし、できれば詳細を把握しておきたいところ。万一、表沙汰に出来ないことや禁忌の魔法とかについての情報が収蔵されていたら、騒動の火種になりかねないから。

「えーと、もしかしてわたしの体質のこと、ライト王子から聞いた?」
「そうだ。だからリンネならばもしやと思ってな」

 わたしは健康スキル持ちゆえに、呪法の影響をまるで受けない。
 強力かつ悪質な呪いにて、数多の神々の地位を脅かしてきたという、神殺しの剣テュルファングのチカラすらをも跳ねのける。そのおかげで呪いグッズが使い放題さ。
 このことはべつに秘密でもなんでもないのだが、さりとて自分から喧伝するようなことでもない。子どもたちから「やーい! 呪い女」とか指差されたくないし。
 だから放置していたら、いつの間にかライト王子が外交カードの一枚に組み込み、「どんな呪いもへっちゃらな小娘がいる」という耳寄り情報として活用していたみたい。
 やられたぜ。ぼったくりネックレスの代金がしっかり徴収されていたよ! タダより高いものはねえ! 
 まったく油断も隙もありゃしない。この分だと今後とも面倒な案件が舞い込む可能特大。
 あぁ、これからアマノリンネは、ナゾのスゴ腕美人解呪師として生きていくことになるのか。
 立ちふさがる数多の呪いどもをバッタバッタとなぎ倒し、ときに悪の呪術師と激闘をくり広げ、ゆくゆくはお子さまたちから羨望の眼差しを向けられ、「あなたの将来なりたい職業は?」との問いには「そんなの解呪師に決まってらい。リンネさまみたいなカッコイイ、イカした女になるの」とか言われちゃう立場に……。

「いや、まぁ、スゴ腕とか美人うんぬんはさておき、とりあえず今からその館に行くぞ。すぐに出発するから準備しろ」

 こうして強引なジャニス女王に引っ立てられる格好にて、呪いの館へと出向くハメになったわたしとルーシー。
 ここからスゴ腕美人解呪師リンネの伝説がはじまる。
 かもしれない。



 呪いの館なんぞというオドロオドロしい呼ばれ方をしているから、どんなヤバそうな物件かとおもえば、さにあらん。
 とっても可愛らしい二階建ての建物。
 丘の上にちょこんと建つ小さな一軒家にて、柵の外から眺めている限りではガーデニング好きのマダムが、コツコツがんばっているオシャレなお宅にしか見えない。いまにもひらひらエプロンをつけた愛想のいい奥さまが姿を現しそう。
 強力な呪法にて長い間、来る者を拒み続けていたようには思えないほどの健全さ。
 ギャバナにあった呪いグッズの保管庫の方が、よっぽどヤバい雰囲気であったよ。あそここそが呪いの館の称号を冠するにふさわしい建物であろう。
 正門に回って、とりあえず門扉にぶら下がっている呼び鈴をチリンチリン。

「こんにちわ、おじゃましまーす」

 ひと声かけてから門を押したら、あっさり開いた。
 これには同行していたジャニス女王もびっくり。「ばかなっ! あれほどやってもビクともしなかったとうのに」
 どうやら炎の魔女王さま、ここを訪れるのは初めてではないみたい。
 いったい何をどれほどやったのか。とっても気になるところだけれども、とりあえず敷地内へと足を踏み入れる。
 長年放置されていたというのに庭が荒れることもなく、毎朝こまめに手入れをしているかのような整然さ。外部の音も届いていないのか、とっても静か。ここだけ別世界のようにて、まるで時間の流れが止まっているかのよう。
 空気も澄んでおり、なんとも気持ちのいい空間。

「実際にそういう類の呪法なり魔法が施されているのかもしれませんね」とはルーシー。
「へー、でもそんな方法があるのなら、永遠の命とかも簡単に実現できるんじゃないの?」

 わたしの素朴な疑問に、お人形さんは「それはムリ」と即答。
 なんでもナマモノとモノとでは扱いがまるで異なってくるそうな。例えば人を冷凍庫にいれてカチンコチンにしても、それを生きているとはいわない。
 みたいな説明をしてくれたのだが、いまいちよくわかんないので、適当に生返事しておいた。

 玄関の扉にはラホースの生首っぽい形状をしたドアノッカー。こいつをコンコン。
 ドアノブに手をやれば、がちゃりとこれまたあっさりと回り、扉は内側へとギィと音を立てて開く。
 ここまでわたしは特に何も感じていない。なんら抵抗らしい抵抗を受けていない。
 本当に強力な呪法が施されていたのであろうか? と疑いたくなるほどに、すんなりあっさり。
 なんだかとっても拍子抜けしちゃたよ。こちとら家を守る守護精霊獣っぽいのと熱い一戦もじさない覚悟を密かに固めていたというのに、何も出てきやしない。
 じつはとっくにどこかの誰かに解呪されており、お宝はごっそり持ち出された後とかなら、とりあえずお腹を抱えて全力で笑おう。

「いや、殴ろうが蹴ろうが魔法をぶっ放そうが、本当にビクともしなかったんだって!」

 胡乱そうな目をわたしとルーシーから向けられて、あわてるジャニス女王。
 いや、あんた、他人さまのお宅に向かってソレはあかんでしょう。

「人としてそれはダメダメだよねえ」

 わたしに指摘されて、グルルと唸るジャニス女王。「よもやリンネから人の道を説かれるとは、このジャニス、一生の不覚」と歯ぎしり。

「まったくです」

 青い目をしたお人形さんがウンウン頷く。

 あれ? いつの間にかわたしの方がディスられてる?


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