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141 供物

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 モナズセキ平原の上を通りかかったら、あいもかわらずドンパチをやっていた。
 さすがは第七十九次聖魔戦線でも屈指の激戦区。
 だというのにそんな現場をほったらかして、新しい魔王さまが向かったというジャミの谷。
 むき出しの岩肌は赤さび色。奥深い渓谷には水気は一切なく、乾いた風が吹くたびに土ホコリが舞い、ケモノの遠吠えのような音が鳴る。
 まるで谷自身が吠えているかのよう。
 その奥まったところに朽ちた古代遺跡があり、周囲には駐留している軍の姿があった。
 魔王の配下にて、ここまで囚われたダイアスポアの面々を運んできた連中。数はそれほどでもない。おそらく二千といったところだろう。
 上空から探してみたけれども、虜囚たちの姿はなし。
 となれば、すでに遺跡の中に連れていかれた?
 遺跡は背の低いピラミッドみたいな形をしており、ブロックのおもちゃで造った出来損ないの鏡モチみたい。入り口は大きなのが正面にひとつきり。
 中へと入るにはどうしたって駐留軍を突っ切る必要がある。
 魔王の直属の精鋭ともなれば、さすがに収容所のようにはいかないだろう。
 負けはしないけれども、いささか時間がかかる。
 となれば……。

「たまさぶろう、おねがい」

 突如としてジャミの谷の上空に出現した宇宙戦艦より放たれる無数の光線。
 光のシャワーが流線を描き、駐留軍へと降り注ぐ。
 ホーミングレーザー極細に足や腕などを貫かれて、多くの将兵たちが一瞬にして行動不能に陥る。それでもとっさにかわして軽症におさめている者もぼちぼち。さすがは魔王の直属部隊。ちょいちょい反応のいいヤツがいやがる。
 急所はあえて外させた。
 これは青い目をしたお人形さんからの助言による。
 負傷者を大勢抱えたほうが軍の動きが鈍くなってかく乱しやすい。
 またあんまり殺しすぎて連合軍とのパワーバランスが大きく崩れたら、戦局が極端におかしな方へと傾き、またぞろ悲劇が起こってしまうかもしれないとのこと。

「なにごともほどほどに。乱獲はよくない」とルーシー。

 戦争という愚行もまた生物の営みにて、この世界を、ノットガルドの生態系を形成する要素のひとつ。
 本音を言えば、ちょっとわたしには理解しづらいお話。
 とはいえ、わたし発信で争いが激化するのはちょいと寝覚めがよくない。あとさすがに無差別虐殺とかはダメだとおもうの。
 ただし賊は例外とする。
 あれは人の皮をかぶったケダモノ。根絶やしにしたところで、生態系に影響がでるわけでもないので、気にしなくてよい。

 現場が大混乱しているうちに、わたしはルーシーとアルバのみを連れて遺跡へと突入を敢行。狭い空間でゾロゾロ多勢で入っても、かえって動きが悪くなりそうなので、ここは少数精鋭で攻める。必要ならば適宜、応援を投入するつもり。
 地下へと伸びる通路をひた走る。
 途中にいた魔族の兵士らは通り抜けがてら、アルバが拳一発で黙らせていく。槍使いのはずなのに、この頃、槍で戦っている姿がとんとご無沙汰な鬼女。
 道行は順調、でもどうにも胸のあたりがザワつく。イヤな予感がする。
 だからわたしはルーシーをアルバに預けて一人先行した。
 高レベル体に物を言わせて、警護の連中の脇をすり抜けるどころか、壁走りや天井走りまで駆使して、一気に駆ける。
 そのまま最深部に到達。
 隙間から薄明りがもれる扉を勢いのままに蹴破り突撃!
 視線の先には、いままさに凶行がなされようとする場面が。
 逞しい四本腕の岩の塊のような褐色肌の大男が、魔族の女を縊り殺さんとしている。
 わたしは即座に左の人差し指マグナムを二連射。
 大男の五本角頭を狙った一撃は回避される。
 しかし女性のノドにかけられていた腕、その手首あたりを狙ったもう一発はなんとか命中。
 これにより解放される女の人。
 グッタリしていたので、そのまま床に倒れるのかとおもいきや、よろけた風を装い最寄りにいた兵士の一人に襲いかかる。
 強烈な肘鉄にて相手を頬を張ると、すぐさま腰に差していた剣を奪取。スパッと首の頸動脈をなで斬り。青い血煙をあげる鮮やかな手並みを披露。なお血が青いのは魔族の特徴のひとつ。
 流れるような動きにて、なんとも勇ましい二本角の中年鬼女
 そういえば第四氏族ダイアスポアは武を重んじる一族だったか。
 それにしても色白なところや顔の輪郭、アメジストの瞳がどことなくうちの鬼メイドに似ているような……。

「ひょっとしてアルバのお母さん?」

 わたしがおもわず声をあげると、ご婦人が「はい。あら、うちの子のお友だちでしたか。このたびは危ないところをどうも」とはんなりお礼を口にした。
 おっとり過激なこの御方が、アルバのお母さんのエタンセルさん。

「あの子がそちらのご厄介に? それはご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「いえいえ、こちらこそ娘さんにはいつも助けられてばかりでして」

 互いにペコペコ。でもあんまりのんびり挨拶をかわしている暇はない。
 周囲の状況をつぶさに確認。
 遺跡の最深部、奥には組木細工の箱のような造りをしたヘンテコな石棺。
 そこそこな広さにて天井も高めの室内には、両手足に拘束具を付けられて自由を奪われている姿が二十。これがダイアスポアの人たち。
 敵兵士の姿が三十、だけどさっき一人倒されたので残り二十九。
 四本腕の大男、すぐそばにローブ姿の男の姿も……。

「あの大きなのが新しい魔王のバァルディアか。とってもムキムキでゴリゴリしている。それにしても隣にいるやつ、なんだかイヤな感じがするね。ひょっとして」

 わたしが警戒心もあらわにしているうちに、突然の乱入者に動揺していた魔王軍陣営が早くも立ち直り、体勢を整えてじりじりと詰め寄ってくる。
 バァルディアの腕の傷もいつの間にか塞がっているし。
 超再生とかマジかっ! ちょっとズルくない?

「思わぬ邪魔が入った……が、貴様、勇者だな? ちょうどいい、貴様の心臓も邪龍の供物としてくれるわ」

 この発言から、どうやら新生魔王さんは邪龍なるモノの復活を目論んでいるみたい。
 収容所に打ち捨てられていた勇者たちの骸の理由がようやく判明。ということはアルバのお母さんたちもその生贄の類か。わざわざここまで連れてきたってことは、なにか意味があるのだろうけれども、そんなことはどうでもいい。
 問題はこの野郎が、完全にイカレポンチだということ。
 こいつはここで止めておかないとダメだ。
 きっと敵味方の区別なく、のべつまくなしに殺しまくる。
 ちぇっ、もらうものだけもらって、さっさとトンズラするつもりだったのに。
 しゃーない、いっちょうやったるか。
 わたしが珍しくやる気になったところで、遅れて踏み込んできたのはルーシーとアルバ。
 感動の母娘の再会。そのまま混戦へとなだれ込むことになる。


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