137 / 298
137 神殺し
しおりを挟む間欠泉のごとく棺から噴出する黒い霧。
天を覆い陽射しを遮り、地を薄闇の世界へと塗り変えてゆく。
棺桶を中心として密度の濃い闇が渦を巻き、やがて夏の入道雲のようにもこりもこりと膨れ上がりはじめる。
なにやらスゴイものが出現しそうな雰囲気。
呪染専門対策チームのメンバーたちや野次馬たちはとっくに逃げ出しており、現場に残っているのはわたしことアマノリンネと青い目をしたお人形さんのみ。
無言にてわたしは左右の中指をおっ立ててダブル・ファック・ユー。
からの中指式マシンガンの掃射を開始。
ルーシーも亜空間より重機関銃をよっこらせと取り出し、ダダダと発射。
主従合わせると毎分一万発を超える膨大な数の弾が発射され、弾幕となって黒い霧を蹂躙、ズタズタに切り裂く。
せっかく膨らみかけた黒い雲は、まるで穴のあいた風船のようにみるみる萎れていき、霧の噴出も止んで四散。
じきに空も晴れて陽の光がもどってくる。
視界が明瞭となっていき、もはや原型を留めていない棺の無残な姿がお目見え。
そして黒い棺の残骸付近からは「アダダダダダッ」という何者かの痛がっているような声。
聞えないフリをしてそのまま銃撃を続けていたら、「いい加減にしろ! イタイと言っておるだろうがーっ!」と声の主がついにキレた。
しようがないので攻撃を止めたら、鉄クズの中からゆらりと立ち上がった? のは一本の剣。
真っ直ぐにて、いわゆる反りのない直刀というもの。
柄も握りも刀身もなにもかもが黒い。
お陽さまを浴びてもまるでギラリとしないのは、ひょっとして光を吸収しているから?
そいつが宙にぷかりと浮きながら尊大に言い放つ。
「我は神殺しのテュルファング。よくぞ封印を解いた。褒美にお前を存分に呪ってやろうぞ」
なんだかふざけたことを言い出したので、とりあえず左人差し指マグナムで撃った。
「ガンっ!」と鈍い音とともに黒い剣が吹っ飛ぶ。
しかし自称・神殺しくんは折れることもなく「イタイイタイ」と地面をジタバタ転がっているばかり。
そういえばさっきの掃射にも耐えていたな。
「あれ? わたしの銃撃を受けて生きてるって、何げにすごくない?」
感心するお気楽なご主人さまとはちがい、従者のお人形さんはとってもムズカシイ顔をしている。
「すごいすごくないどころの話ではありませんよ。リンネさまの体質を考えれば、これはかなりの異常事態です」
わたしに内蔵されてある武器の数々は、元の世界の神さまが仕込んだ一点物にて、こっそり密輸した品ゆえに、ノットガルドの理からはおおきく逸脱している。
それゆえにこちらの防御魔法とか結界とかをあっさり貫通粉砕。
でもそれを喰らっても平気ということは、黒の剣もまたこの世界では異質な存在であるということ。
案外、神殺しとかいう与太話も本当なのかもしれない。しかし……。
「そのわりにはめっちゃくちゃイタがってるよね」とわたし。
「はい。イタさのあまりにゴロゴロ転がっていますねえ」とルーシー。
神殺しのテュルファング、絶賛、身悶え中。
なにせマグナムの一撃はガツンとじんじん。威力がマシンガンとは一味ちがうもの。
このままでは話もままならないので、しばしお茶を飲みながら黒の剣の回復を待つ。
十五分ほど経過して、テュルファングようやく復活。
よちよちと立ち上がる。
「おのれ、この我に土をつけるとはなかなかやるな。だがあんまり調子にのらぬことだな。我の呪いが発動したあかつきにはキサマなんぞけちょんけちょんだぞ。あー、かわいそうに。もうおまえの人生終わったからな」
ちょっと言ってることがよくわからない。
けれどもなにやらすごい自信だ。
さっきから呪い呪いと連呼していることからして、神殺しの一件と関係していることなのだろうか。
神をも仕留める呪いとはいったい……。
「ちなみにその呪いというのは、どのような?」
気になったこと、わからないことは、素直にたずねるに限る。聞くは一時の恥じ、知らぬは一生の恥じ、知ったかぶりは天狗の鼻高々ってね。
「ふふん、まぁ、よかろう。冥途の土産に教えてやろう。かつて神々をも震撼させた我がチカラのことを」
神殺しのテュルファング。
神鋼造りの巧の逸品にして希代の名刀。
うっとりするほどに美しい刀身は奈落の闇もかすむほどの漆黒っぷり。その切れ味たるや筆舌にしがたい。
でもうっかりそのチカラに手を伸ばしたが最後、たちまち恐ろしい呪いに苛まれることになる。
呪いその一、体調不良に襲われる。主に腰とお尻が大ピンチ。絶えずビクビクして過ごすことなり、日々ストレスが増大。いずれ頭にもくる。
呪いその二、気分がとってもウツウツする。毎日が梅雨時の陰気な朝のごとし。テンションだだ下がりにて、やる気も著しく低下。そのせいで仕事でミスを連発。上司にネチネチ嫌味を言われる。
呪いその三、不眠。以前は八時間ぐらい平気で寝られたのが、わずか四時間でパチリと目覚めてしまう。そして二度寝は許されない。永遠に失われる至福の時。
呪いその四、びっくりするぐらい恋愛運が低下。友人知人の結婚式にひたすら出席しては、ご祝儀をむしり取られ散財する生活が続く。そしてついには誰からも合コンに誘われなくなる。
呪いその五、その四の余波にて一生結婚できない。寂しい老後が確定。愛のない生活にて孤独と絶望だけが友だちさ。
チカラを得るかわりに悲惨な呪いに蝕まれて人生を棒に振る。
ひたすらご祝儀を払い続ける人生だなんて、なんと恐ろしい。ガクガクぶるぶる。
……うん? でもちょっと待てよ。
たしかに恐ろしい呪いの数々だけれども、これでどうして神殺しなんて御大層な肩書がつくことになるのか。
えっ! 何人もの神々をノイローゼに追い込んで失脚させてきたですって?
あー、そういう意味での神殺しか……。いちおうは神さまを遥かなる御座から引きずり降ろしているのだから、間違っちゃいないのだけれども。
「なんかしょっぱい。あと想像していたのちがう」
「ですね。呪いは呪いでも、どうやらしょうもない方の呪いだったようです」
あわよくば対女神戦線の秘密兵器になるかもと、密かに期待していたのに。
露骨にガッカリするわたしにルーシーもはげしく同意。
とはいえこのまま放置しておくわけにもいかない。
なにせ神さまの神生をも台無しにする呪いにて、もしも一般人が手に触れたらどれほどの効力を発揮することか。
だからとりあえず危険物を回収しておこうと、わたしはうっかり神殺しを拾ってしまう。
「ぐははははっ、我を手に取ったな! この時点で呪いは発動される。あわてて手放してももう遅い。さぁ、永遠の孤独の中でうち震えるがよいわ。キサマの平穏はたったいま砕け散った。ここから先は暗黒街道まっしぐら……ってアレ? なにやらオカシイぞ。たしかに呪いは発動しているはずなのに、なぜ平然としていられるのだ」
「なぜといわれても、たぶん健康スキルのおかげかな」
「あとリンネさまには、もとより恋愛運や結婚運は微塵もありません」
テュルファング自慢の神殺しの呪い。その一からその三まではスキルにて相殺。
その四と五に関してはサイボーグ乙女につき、可能性の芽なんぞ摘み取る以前にとっくに枯れてる。
でも改めて言われると腹立つな。
そんなイヤなことを思い出させてくれた神殺しくんには、きちんとお礼をしないとね。
手にした黒い剣を「えいっ」と投げてから、わたしは言った。
「富士丸くん、お手」
亜空間からにょきっと姿をあらわしたロボットの腕がブンと振り下ろされる。
拳と大地にサンドイッチされたテュルファング「ぐぎゃあ」と悲鳴をあげた。
だがそれでも刀身には傷ひとつついていない。いくら手加減しているとはいえたいしたもの。神鋼ってばとっても頑丈。
でもイタイものはイタイらしい。あといくらカラダがへっちゃらとはいえ、怖いものは怖い。
だから心が先にべっきりと折れたテュルファング。
おかわりが振り下ろされる直前にギブアップ。降参を声高に表明する。
わたしはこれを条件つきにて受諾。
こうして神殺しの剣は我が軍門に下ることとなった。
3
お気に入りに追加
636
あなたにおすすめの小説
このステータスプレート壊れてないですか?~壊れ数値の万能スキルで自由気ままな異世界生活~
夢幻の翼
ファンタジー
典型的な社畜・ブラックバイトに翻弄される人生を送っていたラノベ好きの男が銀行強盗から女性行員を庇って撃たれた。
男は夢にまで見た異世界転生を果たしたが、ラノベのテンプレである神様からのお告げも貰えない状態に戸惑う。
それでも気を取り直して強く生きようと決めた矢先の事、国の方針により『ステータスプレート』を作成した際に数値異常となり改ざん容疑で捕縛され奴隷へ落とされる事になる。運の悪い男だったがチート能力により移送中に脱走し隣国へと逃れた。
一時は途方にくれた少年だったが神父に言われた『冒険者はステータスに関係なく出来る唯一の職業である』を胸に冒険者を目指す事にした。
持ち前の運の悪さもチート能力で回避し、自分の思う生き方を実現させる社畜転生者と自らも助けられ、少年に思いを寄せる美少女との恋愛、襲い来る盗賊の殲滅、新たな商売の開拓と現実では出来なかった夢を異世界で実現させる自由気ままな異世界生活が始まります。
【完結】ガラクタゴミしか召喚出来ないへっぽこ聖女、ゴミを糧にする大精霊達とのんびりスローライフを送る〜追放した王族なんて知らんぷりです!〜
櫛田こころ
ファンタジー
お前なんか、ガラクタ当然だ。
はじめの頃は……依頼者の望み通りのものを召喚出来た、召喚魔法を得意とする聖女・ミラジェーンは……ついに王族から追放を命じられた。
役立たずの聖女の代わりなど、いくらでもいると。
ミラジェーンの召喚魔法では、いつからか依頼の品どころか本当にガラクタもだが『ゴミ』しか召喚出来なくなってしまった。
なので、大人しく城から立ち去る時に……一匹の精霊と出会った。餌を与えようにも、相変わらずゴミしか召喚出来ずに泣いてしまうと……その精霊は、なんとゴミを『食べて』しまった。
美味しい美味しいと絶賛してくれた精霊は……ただの精霊ではなく、精霊王に次ぐ強力な大精霊だとわかり。ミラジェーンを精霊の里に来て欲しいと頼んできたのだ。
追放された聖女の召喚魔法は、実は精霊達には美味しい美味しいご飯だとわかり、のんびり楽しく過ごしていくスローライフストーリーを目指します!!
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
星の勇者たち でも三十九番目だけ、なんかヘン!
月芝
ファンタジー
来たる災厄に対抗すべく異世界に召喚された勇者たち。
その数、三十九人。
そこは剣と魔法とスチームパンクの世界にて、
ファンタジー、きたーっ!
と喜んだのも束の間、なんと勇者なのに魔法が使えないだと?
でも安心して下さい。
代わりといってはなんですが、転移特典にて星のチカラが宿ってる。
他にも恩恵で言語能力やら、身体強化などもついている。
そのチカラで魔法みたいなことが可能にて、チートで俺ツエーも夢じゃない。
はずなのだが、三十九番目の主人公だけ、とんだポンコツだった。
授かったのは「なんじゃコレ?」という、がっかりスキル。
試しに使ってみれば、手の中にあらわれたのはカリカリ梅にて、えぇーっ!
本来であれば強化されているはずの体力面では、現地の子どもにも劣る虚弱体質。
ただの高校生の男子にて、学校での成績は中の下ぐらい。
特別な知識も技能もありゃしない。
おまけに言語翻訳機能もバグっているから、会話はこなせるけれども、
文字の読み書きがまるでダメときたもんだ。
そのせいで星クズ判定にて即戦力外通告をされ、島流しの憂き目に……。
異世界Q&A
えっ、魔法の無詠唱?
そんなの当たり前じゃん。
っていうか、そもそも星の勇者たちはスキル以外は使えないし、残念!
えっ、唐揚げにポテトチップスにラーメンやカレーで食革命?
いやいや、ふつうに揚げ物類は昔からあるから。スイーツ類も充実している。
異世界の食文化を舐めんなよ。あと米もあるから心配するな。
えっ、アイデアグッズで一攫千金? 知識チート?
あー、それもちょっと厳しいかな。たいていの品は便利な魔道具があるから。
なにせギガラニカってば魔法とスチームパンクが融合した超高度文明だし。
えっ、ならばチートスキルで無双する?
それは……出来なくはない。けど、いきなりはちょっと無理かなぁ。
神さまからもらったチカラも鍛えないと育たないし、実践ではまるで役に立たないもの。
ゲームやアニメとは違うから。
というか、ぶっちゃけ浮かれて調子に乗っていたら、わりとすぐに死ぬよ。マジで。
それから死に戻りとか、復活の呪文なんてないから。
一発退場なので、そこんところよろしく。
「異世界の片隅で引き篭りたい少女。」の正統系譜。
こんなスキルで異世界転移はイヤだ!シリーズの第二弾。
ないない尽くしの異世界転移。
環境問題にも一石を投じる……かもしれない、笑撃の問題作。
星クズの勇者の明日はどっちだ。
転生先ではゆっくりと生きたい
ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。
事故で死んだ明彦が出会ったのは……
転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた
小説家になろうでも連載中です。
なろうの方が話数が多いです。
https://ncode.syosetu.com/n8964gh/
【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…
三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった!
次の話(グレイ視点)にて完結になります。
お読みいただきありがとうございました。
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
とりあえず逃げる、たまに頑張る、そんな少女のファンタジー。
月芝
ファンタジー
光る魔法陣、異世界召喚、勇者よ来たれ。だが断る! わりと不幸な少女が、己が境遇をものともせずに、面倒事から逃げて、逃げて、たまに巻き込まれては、ちょっぴり頑張って、やっぱり逃げる。「ヤバイときには、とりあえず逃げろ」との亡き母の教えを胸に、長いものに巻かれ、権力者には適度にへつらい、逃げ専としてヌクヌクと生きていくファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる