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123 秘密の花園

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「ワタシたちはいまオスミウム内にある隔離区画へときています。まずはこちらをご覧ください」

 マイク片手にリポーター役のビスクドールの言葉に合わせて、セレニティが手にしたカメラの向きを変えた。
 画面のアングルがぐりんと切り替わる。
 ほとんどの窓ガラスが割られており、いたるところに書きなぐられてある物騒な文言や卑猥な言葉のラクガキ、ところどころにヒビや穴があいている壁、ゴミや瓦礫が散乱する床。
 映し出されていたのは、まるで長年放置されていた廃校のようなボロボロの建物の姿であった。

「こちらは隔離区画に住むお嬢さま方が通われているという学び舎なのですが、これはヒドイ……」

 最盛期のスラム街もかくやというありさま。
 あまりの荒み具合に、おもわずリポーター役も口をつぐみがちになる。
 この隔離区画へと収容されているのは、各地で大暴れしてきた悪役令嬢やら悪徳令嬢やら、ヒロイン気取りで騒乱を招いたビッチ令嬢、ざまぁされた人、ざまぁした人、その他もろもろ。
 諸事情にて国元を追われて、聖クロア教会の総本山へと島流しにされた者たち。
 もちろん島流しとなった事情や背景はいろいろとあったことであろう。
 しかしほとんどの者が、耐えることをヤメて、こらえることをヤメて、がまんすることをヤメて、自分の考えを封じることをヤメて、虚飾の仮面を捨て、己を解き放った者たち。
 いわば自己完結にて精神の脱皮を果たし、へんてこな方向へと突き抜け、解脱したようなもの。
 そんな連中ですらも、はじめは慈愛と寛容でもって受け入れようとした教会側。
 でもダメだった……。
 一度、血の味をおぼえたケダモノは、もう戻れない。
 解き放たれた野生は抑えようもなく、本音全開にて誰彼かまわず噛みつく連中は都中に大混乱をもたらし、それこそ壊滅一歩手前にまでいったという。
 ときの法王も、ついに苦渋の決断を下す。
 それが隔離区画、別名「秘密の花園」の設置であった。

「それではこれから中へ突撃してみたいとおもいます」

 果敢にも深夜のボロ校舎へと潜入していくリポーター役のルーシーの分体。
 それを追うカメラマンなセレニティ。
 正面玄関口から内部へと足を踏み入れる。
 広めのエントランスには上履き用の小型のロッカーが並ぶも、その扉はどれもべコベコにへこんでいる。明らかに打撃による破壊の痕跡。
 壁面にはこの校舎の見取り図らしきモノ。
 図のところどころが赤青白の色にて乱雑に塗り分けられてある。
 どうやらこれは勢力図のようだ。
 現在、学舎内では三つの勢力が覇を競っているらしい。

 エントランスを抜けると、上階に向かう階段と左右に伸びる廊下。
 逡巡の末に、廊下左方面へと舵をきるリポーター。
 ケリ破られたであろう扉が二つになって転がる教室。
 内部はがらんどうにて、ビリビリに破れたカーテンが夜風にゆらめいていた。
 どこもかしこもこんな調子にて、しばらく変化に乏しい荒んだ景色が続く。
 ふいに薄暗い廊下にパキンと響いたのは、ガラスの割れる音。
 床に散乱していた破片をうっかり踏んでしまったようだ。
 ピタリと動きをとめて周囲の気配を伺うリポーター。
 再び歩きだそうとしたところで、急にカメラのアングルが切り替わり、天井から廊下を見下ろす格好になる。
 しばらくしてから映像の中にあらわれたのは、武器を手にした三人の若い女たち。体型も容姿もばらばらにて、みな違う種族の者たち。
 でも腕には揃いの青いスカーフが巻かれてある。

「たしかにこの辺で音がしたとおもったが、気のせいだったか」
「魔力探知にも引っかからないし、風のイタズラかも」
「なんだ、てっきり白ブタどもが懲りもせずに、また購買にちょっかいを出しにきたのかとおもったぜ」
「それならそれで返り討ちになるだけだ。いい加減に連中も悟ればいいものを。あのオバちゃんには、バイオレットさまですら敬意を払っているというのに」
「そもそもあのオバさまをどうにか出来ると考えるオツムが私には信じられませんよ」
「ちがいねえ」

 夜の廊下にて女たちが声を殺し、くつくつ笑う。
 ひとしきり笑いあってから、三人組は闇の中へと消えていった。
 遠ざかる足音。その気配が完全に消えたところで、カメラのアングルが再び天井から廊下へともどる。

「ふぅ、ちょっとあぶないところでした。どうやら彼女たちはこの区画を支配している青い勢力のメンバーみたいですね。見回り中といったところでしょうか。それにしても夜の校舎を平然と歩く乙女たちが恐れる購買のオバちゃんが気になります。どうやらこの先に生息しているみたいなので、これからちょいと向かってみたいとおもいます」とカメラに向かって語るリポーター役のルーシーの分体。

 次に画面に登場したのは、なんともふてぶてしい様相の鉄の扉。
 とても学び舎にあるような代物じゃない。どちらかというと銀行の奥とかお城の奥にありそうな威容。
 中からは何やら得体の知れない気配が漂ってくる。
 どうにか内部をのぞけないかと、リポーターがキョロキョロするも、あいにくと扉にはカギ穴の類はなし。床や天井との間にスキ間もなく、それどころかドアノブすらもありやしない。
 なにか特殊な仕掛けでもあるのだろうかと思案していると、急に表で派手な爆発音が鳴り響き、窓越しに見える夜空がいっしゅんだけパッと明るくなった。

「えっ! なんで? こんな時間に花火でもあるまいし」驚くリポーター。

 でものんびりと驚いている暇はない。
 なぜならその音はこの隔離区画中に響いていたのだから。
 現在、絶賛抗争中の秘密の花園。
「すわ、カチコミか!」と当然のごとく騒ぎとなる。
 そしてすぐそばの鉄の扉もゆっくりと横にゴゴゴとスライドを開始。
 どうやら引き戸だったみたい。
 内側より戸を開けようと縁にかけられた手が、廊下側にいたリポーター陣の目にとまる。
 それはまるで真っ黒な鬼のごとき指先。
 この後にどんな姿があらわれるのか?
 という、とってもいいところにて映像はプツンと途切れる。
 なぜなら廊下にいたところを花園の住人たちに発見されてしまい、あわてて逃げ出すハメになってしまったから。
 果たして秘密の花園の購買部の主の正体とは?
 続報を待て!


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