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102 三番目と九番目

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 ドサリと地面に落下したカラダ。

「あー、びっくりしたぁ」

 むくりと起き上がり、わたしがケロリと言えば「ぼんやりしすぎですよ」とルーシーにたしなめられた。
 そしてグリューネは切れた糸を手に「なんで平気なのよ! 首がちょん切れているハズでしょ!」と声を荒げる。
 あー、やっぱりさっきのイヤな感触ってば、斬糸系のモノだったんだね。
 糸を使っていろいろ出来そうだとは予想していたけれども、やっぱり出来たか。
 それにしても首を絞められたり、首を斬られるのってあんな感じになるんだ。
 これはあんまり気持ちのいいものじゃないね。
 それからグリューネからの抗議には「健康ですから」と正直に答えたら、「バカにするな!」と美女が地団太踏んでむちゃくちゃ怒った。
 女のキーキー声が耳に響く。
 あんまりうるさいので、そろそろ黙らさせようとしたら、指先を向けたはしから避けられる。
 そういえばグリューネにはこちらの動きを察知する、もしくは心を読むみたいな異能もあったんだったっけ。
 ということは糸の能力と合わせて二つ。
 これってダブルチート持ち。でも彼女は異世界渡りの勇者じゃない。だって勇者にあえばひと目でわかるんだもの。
 ムムム、聖騎士とはいったい何者?

 わたしが指先を向ければ、グリューネもさっと避ける。
 わたしがピクリと動けば、グリューネもピクリと動く。
 わたしがゆらりとすれば、グリューネもくねくね。

 一瞬たりとも気が抜けぬ。反応がわずかにでも遅れればズドン。迂闊に外せば手痛いしっぺ返し。
 当人たちにとっては手に汗握る静かな攻防がくり広げられる。
 ただし傍からみていると、とってもマヌケけなこの姿。
 なにせ若い女がふたりして街中で、だるまさんが転んだっぽいことをしているようにしか見えないもの。もしくは向かい合っての奇妙な創作ダンス。
 これをそばで眺めていた青い瞳のお人形さんは言いました。

「へったくそなコンテンポラリーダンスですね」

 説明しよう。
 コンテンポラリーダンスとは、色んなパフォーマンスやダンスのエッセンスをごちゃ混ぜにした、定義づけがなされていないヘンテコな踊りのことである。
 素人目には「?」の動きが多いものの、そこには類まれなセンスと確かな技量が込められており、見る者が見れば「へー」と感銘を受けちゃったりするかもしれない。
 やってる連中も「はたしてこれはダンスなのだろうか」と絶えず悩み続けているとか、いないとか。ハマるとダンサー人生を棒に振りかねない答えのない踊る哲学。

 外部からの冷静な指摘を受けて、我にかえった瞬間。
 グリューネとわたしことアマノリンネとの間に明確な差が生じる。
 自他ともに認める美女グリューネは、我が身を省みて、さっと頬を朱に染める。
 いい歳をした大人の女は、いい女であるがゆえに羞恥心に苛まれた。
 自他ともに認めるものぐさサイボーグ乙女は、我が身を省みて、とく何も感じない。
 健康スキルは乙女の体内から、とっくに羞恥心なんぞ排出してしまっていたのである。
 ごめん、ウソです。
 いささか見栄をはりました。もとからロクに持ってません。でなければノットガルドに転移される際の出来事にて、とっくに首をくくっていますから。
 羞恥心にてカラダが身悶えしたことによって、グリューネの動きがわずかに鈍る。
 そこをすかさず狙い撃つわたし。
 右肩を弾丸が貫通。
 勝敗を分かったのは、女としての尊厳の優劣であった。
 ランキング最上位女に底辺女が下剋上達成!
 だが、なぜだろう。ちっとも勝った気がしないや。自分の頬を伝うこの涙はいったい……。わたしは勝利と引き換えに、いったい何を失ったのだろうか。

「ほら、リンネさま。くだらないセンチメンタルジャーニーはあとにして、とっとと身柄を確保しますよ」

 とってもしょっぱい塩対応をするお人形さんに急かされて、「へいへい」と現実に引き戻らされたわたしは、倒れているグリューネへと近寄ろうとする。
 でもほんの二歩ほど踏み出したところで、ふいに視界が暗転。
 続いてあらゆる音が消失。何も聞えなくなった。
 無明無音。
 完全なる闇の世界。
 我が身に何かが起こったのかと考えるも、それは即座に否定。
 なぜならわたしは健康スキル持ちにて、状態異常なんてありえない。
 ならばと、チカラを込めて地面を蹴って飛び上がれば、すぐさまカラダは上空に到達。
 眼下には黒い球体の姿があった。

「あれに囚われていたのか、ルーシーは?」

 心配した矢先に、球体の脇からゴロゴロと横転にて脱出してきたお人形さん。
 わたしだけでなくルーシーもあっさり逃げ出せたということは、黒い球体に拘束力はない。あれはただの視覚と聴覚を遮断するだけの目くらましの空間ということか。
 もしやこれもグリューネの異能かと彼女の姿を探せば、倒れていたはずの場所には血の跡しかない。
 きょろきょろ探すと、離れた位置にて何者かにお姫さま抱っこされていやがった。
 その何者かは異様な風体の男。
 ひょろ長い痩身にて、全身を黒の包帯でぐるぐる巻きにしたミイラみたいな恰好。
 しかも顔にはのっぺら坊な白いお面。
 怪しさ満点どころではない不審者っぷり。

「グリューネ、今回はここまでだ。引き上げるぞ」
「放せ、ワルド! わたしはアイツを殺すっ」

 抱かれたまま暴れる女を平然と見下ろしている仮面の男。

「いい加減にしろ、ナンバーナイン」

 淡々とした口調にて男に数字呼びされたとたんに、びくりと肩をふるわせグリューネがおとなしくなった。
 この一連のやり取りの間中、わたしとルーシーは何もぼんやりとしていたわけではない。
 隙あらば一撃を見舞う準備はしていた。
 だが出来なかった。
 女を抱いたままの男が発するただならぬ気配が、それを許さなかったのである。
 グリューネがおとなしくなったところで、黒のミイラ男がこちらを向いた。

「オレは第三の聖騎士ワルド。きさまの名は?」

 じつに堂々とした名乗り。
 奇妙な見た目に反して、男は意外と礼儀正しい。
 そんな彼の名乗りに対して、わたしもまた堂々と答える。

「わたしはギャバナのアキラ。みんなはわたしのことを光の勇者と呼ぶ」

 これにはルーシーがコテンと小首をかしげるも、わたしは指を立てて「しーっ」

「ギャバナのアキラか。その名前、よく覚えておこう。ではさらばだ」

 言うなり彼らのすぐそばの空間が縦に裂けて、ワルドとグリューネがその中へと入って行く。
 裂け目はまるでチャックでも上げるかのようにして塞がり、二人の姿は完全に消えた。


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