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094 黒煙

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「やぁ、ひさしぶり」

 馬車から降りてにこやかに挨拶をするシルト王。
 飛んできた隕石の正体に気づいていたからこその、あの余裕。
 と、いうことは毎回こんな調子なの? すげぇな、ジャニス・ル・ラグマタイト。聞きしにまさる熱烈歓迎っぷり、情熱的なのにもほどがある。
 呆れる一同を尻目に空飛ぶ女王さまは、シルト王から差し出された手はムシして、そのままギュムッと身体を抱きしめる。スキンシップも、おぅ、モーレツ。

「息子のことは聞いた。かわいそうに、いろいろとタイヘンであったな」

 美中年、いきなり炎の魔女王の抱擁を受けてモガモガ。
 てっきり爆乳に顔をうずめて息苦しいのかとおもったら、女王さまってば白銀の甲冑をつけているから、あれってたんに痛いだけだな。ガチャガチャと鎧の音がしているし。
 なのにジャニス女王はおかまいなしだ。想い人との感動の再会にひとり酔いしれている。
 シルト王がついに懸命にタップをはじめた。
 でもギブアップの主張は相手に通じない。
 逆にチカラが込められたところからして、おそらくメスライオンは、よろこんでいると勘違いしているようだ。
 あらヤダこの二人、なんかオモチロおかしい。
 計算されていないズレが生み出す妙味。
 おっさんとおばさんのラブコメもまたよし。
 だからもうしばらくはこのままで。
 すると主都の方から「ジャニスさまー」「陛下―」と叫びながら、あたふたとこちらへ駆けてくる騎士姿の一団が。
 おや? あれは。

「ひのふのみい……男六に女が二、全部で八人と。あれって全員、勇者だよねえ」

 理屈は知らないけど、異世界渡りの勇者は互いをひと目で認識できる。
 だからわたしはすぐに気がついた。それは向こうも同じ。
 勇者同士の邂逅にて、なんら警戒心を抱かない者は、よっぽどの阿呆か、よっぽど派遣先に恵まれていた阿呆である。
 多少なりともノットガルドという世界にもまれていれば、ふつうはそれとなく用心する。
 ハマナクのタロウみたいに「魅了の瞳」とかいう性質の悪い異能持ちや、カズヒコみたいにこっちに来たとたんに本性をむき出しにする危ないヤツもいるし。
 同じような境遇だからとか、同郷だからとか、元クラスメイトだからとかいう寝ぼけた勘違いをしていたら、いくら命があっても足りやしないもの。
 その点、ラグマタイトの勇者たちは、よほど教育が行き届いているのか、そろいもそろってこちらにしっかりと胡乱そうな目を向けてきやがる。
 十六の瞳から発せられる視線が、さっきからズブズブと容赦ない。

「反応としては正しい。けれどもいちおうはお客なんだから、もう少しオブラートに包め」わたしはのたまった。
「顔や態度に出ている時点で、まだまだ修行が足りませんね。もっとうちのリンネさまを見習って、シレっとウソを吐き、サクッと殺って、平然と懐を漁るぐらいでないと」ルーシーはえらそうに説教を垂れた。

 えーと、それって褒めてるんだよね? でないと泣くぞ。
 青い目のお人形さんの発言を受けて、ラグマタイトの勇者たちの警戒レベルが確実にあがり、表情が険しくなった。なかにはお腰の得物に手をかけている子までいる。
 うん、これはアレだな、完全に誤解されたな。
 それどころか味方であるはずのリスターナの同志諸君からも、なにやら冷たい視線を感じる。こころなしかスススと距離をとられたような。
 目には見えない精神的な乖離。
 ひび割れた人間関係に冷たいすきま風がひゅるりと吹く。
 そんな中で一人「がはは」と愉快そうな声をあげたのはジャニス女王。

「おまえがリスターナの新しい勇者か。おもしろそうなウワサをいろいろと聞いているぞ。そのへんのところ、あとで詳しく教えろよ」

 そう言った女王さま、わたしに向かってパチンとウインク。
 お茶目な仕草にハートがズキュン。
 というよりかは、ドスンと強烈なボディブローを喰らったかのような衝撃を受けたのは、何故だろう……。
 でもおかげで助かったよ。
 女王さまの気さくな態度にて、現場にあったなんとも言えない空気がたちまち霧散。
 ビバ! 陰鬱たる湿気をカラリとしちゃう金色の太陽。
 ラグマタイトの勇者たちも「ジャニスさまがそうおっしゃるのならば」と素直に引き下がる。
 めちゃくちゃ調教が行き届いていやがる。
 勇者たちが彼女に向ける目には、明らかな親しみが込められている。まるで尊敬する先生や師匠を見つめるかのようだ。
 聞けば、彼らはジャニス女王が自ら面倒をみているとのこと。
 召喚初日に全員まとめて軽くヒネられてシメられたらしい。
 ギフトとスキル、ダブルチートと異世界の勇者という立場に、やや浮かれていた若人たちは、盛大に喝を入れられ、以来なにくれとなく親身になってくれて、厳しくもやさしい彼女にぞっこん。信頼と忠誠心がすでにマックスオーバー状態。
 メスライオンに日々しごかれているから、それなりに強いんだろうし、なにより性根が腐っていないのが素晴らしい。
 リスターナもすぐにこちらに預けていればあるいは……。
 いや、アレの矯正はさすがに無理か。なにせ魂レベルで根腐れを起こしていたからな。

 わちゃわちゃしているうちに、気づけばシルト王さまがジャニス女王の腕の中で、ぐったりのびていた。
 いかん! すっかり忘れてた! ごめん、リリアちゃんパパ。
 あわてる一同、どさくさまぎれに人工呼吸をしようと目論むジャニス女王。
 これか、これをシルト王は恐れていたのか。
 彼女は肉食は肉食でも、ただの肉食女子じゃない。あまりにも長い間、「待て」と「おあずけ」をつづけたせいで、飢えちぎっている狂暴な肉食女子だ。
 どうする? 助けるべきか、だがしかし……。
 ちらりとルーシーをみれば、彼女は亜空間からカメラを取り出していた。
「おもしろいから放置で」お人形さんの青い目がそう語っている。ならばしかたがないね。
 なのに、これからいいところというタイミングにて、突如として主都の方からドカンと激しい爆発音。
 驚いて見てみれば、ずんぐり塔の右の隅っこの方に立派な大穴が開いており、もうもうと不穏な黒い煙がお空へとのびていた。

「えーと、歓迎の祝砲とか」

 わたしの言葉に「んなワケがあるかっ!」と女王さま。「あれは……アークの執務室のあたりか。わるいがわたしはすぐに城に戻る。おい、お前たちは客人の警護にあたり、宿舎までご案内しろ」
「わかりました」

 ジャニス女王の命令を受けて、ピシっとそろって敬礼をする八人の勇者たち。

「たのんだぞ」と言い残し、女王さま、両手足から火炎を吹き出して勢いよく飛びあがる。上空で一度だけ旋回してから、そのまま人間ロケットにて主都へともどっていった。

「すっげー、まるでジェット機みたい。あれって飛行魔法?」

 遠ざかる女王を見上げながら、わたしがたずねたらルーシーが否定した。

「いいえ、ただの火の魔法ですね。ただしおそろしく乱暴な使い方にて高出力。そのくせ緻密な魔力操作が必要な代物ですよ。真似をしたら、たぶん四肢が千切れて空中分解するか、制御を失って墜落してバラバラになるか。さらりと行っていますがとんでもないチカラ技ですよ」

 なるほど、炎の魔女王さまは歩くジェットエンジンだったと。しかも四基搭載。
 夜空でグルグル回ったらネズミ花火みたいに見えるかな。
 お願いしたらやってくれるかな? 
 まぁ、それはともかくとして何やらいきなり暗雲が垂れ込めてきたよ、五カ国連盟の国際会議。
 ムズカシイ話はえらい人たちにまかせて、のんびり観光とかあわよくば狙ってたんだけど、これはちょっとムリそう。
 はてさて、どうなることやら。


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