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092 炎の魔女王からの誘い

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 リリアちゃん率いる使節団によるお詫び行脚のかいもあって、近隣諸国との関係もぼちぼち改善してきたリスターナ。
 国内もわたしをはじめ、みんなの頑張りもあって、いい具合に安定してきた。
 その裏やら地下では、ウチの連中がいろいろと蠢いているけれども、それはまぁ、それとして、そんなリスターナのもとに一通のお便りが届く。
 送り主はラグマタイト国の現女王ジャニス・ル・ラグマタイト。
 ラグマタイトは国の規模こそは中堅ながらも、多数の優秀な魔法騎士を有し、その武力は大国並みといわれているところ。
 ではどうしてそんなところから、わざわざお手紙が届くのかというと、こことリスターナ他三カ国にて主に流通や商業活動を強化するための連盟を組んでいたから。
 参加国は、ラグマタイト、リスターナ、トカード、ヤムニム、ベスプ。
 中堅国家同士でくっついて、経済圏を構築してぼちぼちやっていこうという結びつき。
 が、リスターナは先の騒動のおりに、これから一方的に離脱してそのまま放置してあった。
 単に外へと目を向けている余裕がなかっただけなのだが、そろそろこちらもどうにかしないといけないなと考えていた矢先の出来事。
 ジャニス女王はお手紙にて「そろそろ落ち着いただろう? また昔みたいに仲良くやろうぜ」とのありがたい申し出。
 本来であればこちらから頭を下げて、平身低頭にてお願いするのが筋だというのに、なんとお優しいお言葉。
 やはり大国ギャバナとの関係改善が効いているのだろうか。アレ以降、外交面では好転続きにて、今度、ライト王子には何かステキな粗品でも送っておくとしよう。
 それで久しぶりに五カ国が集まって、いっちょう国際会議でもやろうぜとのお話。
 リスターナには願ってもないこと。
 宰相のダイクさんをはじめ、官僚やら役人さんやらはおおよろこび。
 もちろんシルト王もよろこんでいる、よろこんではいるのだけれども……。

「そのわりには、なんだか元気がいまいち。ひょっとして昔のコレとか?」

 わたしがにへらと下品な笑みを浮かべ、ルーシーともども小指をピンと立てると、美中年、あわてて首をふる。

「ちがうよ。ボクはこれでも妻たちひと筋なんだから」

 軽いアダルトジョークなのにそんなに全力で否定しなくても。
 そんな態度を見せられたら、かえって過去に何かあったのかと勘繰りたくなるというもの。
 そんなシルト王さまの奥方たち。
 王妃、いいや、いまは元王妃といったほうが正しいか。
 息子のカークの暴走を止められなかった責任を重く受け止め、自ら立場を返上し引きこもっている。じきにおりをみて聖クロア教会の本山へと赴き、そこで修道院に入る決意を固めているという。
 そしてリリアちゃんのお母さんである第一側妃なのだが、ふつうであれば繰り上げ当選になるところを、これまた固辞。
 こちらは「もしも自分がまんまと王妃の座についたら、民はなんて思うだろうか。きっと将来的に娘の立場を悪くするにちがいない。それは国益にも反する」と言って、周囲の要請には頑として応じず、自主的に謹慎を続けている。
 そんな事情にて、二人そろって一切公の場にはチラリとも姿をみせていない。
 けっこう好き勝手に城内をウロウロしているというのに、わたしがいまだにご尊顔を拝していないところからも察するに、よっぽど徹底して引きこもっているようだ。
 それだけ奥方たちの決意が固いということ。
 さすがに家庭の事情にまでは踏み込めないので、こちらとしてもいまのところは静観するしかない。
 まぁ、それはともかくとして、シルト王がジャニス女王からのお誘いを渋る理由なのだけれども。

「はぁ? ラグマタイトの女王がシルト王さまにホの字ぃ」
「昔から顔を合わせるたびに言い寄られていてね。ボクもはじめは冗談かとおもっていたんだけど」

 シルト・ル・リスターナとジャニス・ル・ラグマタイトとの出会いは、双方が十代の頃にまでさかのぼる。
 国同士の付き合いがある以上は、同世代の王族同士ならば、それ相応の付き合いとなるわけで、自然と顔を合わせる機会も多くなる。
 美中年は、十代のころは美青年だった。
 それはもう絵に描いたような絶世の貴公子ぶりだったという。
 対するジャニス女王はというと、とんでもないじゃじゃ馬だった。
 炎の魔女との異名を持つ苛烈な魔法騎士にて、そのモーレツぶりが近在どころか、かなり遠方にまで知れ渡っていたほど。
 まるで対照的な二人。
 なのに何故だかジャニスがシルトに惚れた。
 恋とは理屈ではないのだ。
 しかし彼女はラグマタイトの長姫、シルトはリスターナの長子にて、嫁に行くのも婿に迎えるのもムリ。
 そこでジャニスは考えた。
 よし! 幼い弟にすべてを押しつけて、自分はリスターナへと突撃しよう。
 とても一国の姫君の思考ではない。だが猛女は本気だった。
 だがそんな矢先に先王が急に病で倒れる。
 病床にて苦しむ父親から「頼む」と手を握られては、さすがにこれを振り払うことはできない。
 こうしてジャニス女王が誕生。炎の魔女は炎の魔女王にランクアップ。
 親と同じ立場になってはじめてわかる、その偉大さ、ありがたさ。
 それをしみじみと噛みしめているうちに、気づけばけっこうな歳月が流れていた。
 想い人もとっくに嫁を迎え、子をなし、家庭円満にて王として邁進している。
 自分も負けてはいられないと、いっそうの精進を重ねる。
 でも悔しいから、「せめて子種だけでもくれ」と顔を合わせるたびに迫るも玉砕続き。
 そしてリスターナを異変が襲い、いろいろあって、ただいま王さま、いちおうはフリー状態?
 ちなみに女王さま、現在も独身。

「これまでにもなんどか危ないことがあったんだ。だから、ちょっとねえ……」とシルト王。

 その「ちょっと」がとっても気になるところだが、話を聞いたわたしの率直な感想はこうだ。

「もう、いっそ抱いてやれよ。女王さまが一途すぎて、むしろソッチを応援したくなったわ」

 なおルーシーさんのご意見はこうだ。

「なんなら子種だけ提出してくれましたら、こちらで培養してジャニス女王とごにょごにょして、彼女の願いを叶えることも可能ですが」

 そして王さまの返事は「かんべんして! これ以上、家庭に波風立てたくない」であった。
 いや、波風どころか、とっくに崩壊しているよ。ここから立て直すのは至難の技だよ。もういっそのこと新しく建てた方が早いよ。
 などとは思ったけれども、わたしはあえて口をつぐむ。
 あぁ、話がすっかり横道にそれまくったけど、そんなわけでシルト王は国際会議に出かけます。
 ちなみにわたしも同伴です。
 だってお手紙に「居候をしている勇者を連れてこい。見極めてやるから」って、それはもう力強い筆運びにてバッチリ書かれてあったから。


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