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090 奪われた世界遺産

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 ユーリスさんをさらったのは、彼女にちょっかいを出していた例の男で名前をチク・ジョウ。
 ダロブリンとかいう遠方の国に本店を構える大商会の腕利きバイヤーにて、準外交官特権を与えられるほどのやり手。このたびリスターナの上質な麦を大量購入すべく足を運んでいた。
 目的の品は手に入ったものの、各地を巡っている彼の目からするとリスターナの主都は地味に映る。少しまえに周辺国と戦をして大敗をしたというわりには、賑わっているもののどうにもパッとしない退屈な場所。
 仕事も終わったことだし、そろそろ引き上げようか……。
 そう考えていたときに街で偶然見かけたのが、一人の胸のたわわな美女。
 あちこちを転々とした彼の肥えた目でも、おもわず釘付けになるほどの見事な山脈。

「なんてことだ、女神の奇跡がこのような辺境の地に埋もれていたとは」

 このときに見初められたのが、世界遺産級の胸を持つユーリスさん。
 そこからは仕事がら鍛え上げたセールストークと、セールススマイル、その他ありとあらゆるセールステクニックを駆使して、あの手この手で彼女にアプローチをかけ猛アタック。
 なのに彼女はまるでつれない。
 なにやら気になる相手がいるような口ぶりだが、そんなものは関係ない。心は移ろいやすいもの。愛は不変などではない。ちょっとした言葉やプレゼントでもわりとグラつく。
 最終的には自分の魅力で抱き寄せてしまえばいいだけのこと。
 だから自信があった。
 しかし彼女は振り向かない。
 これまで己の才覚で同期を蹴落とし、上司に媚びへつらい、部下を適度に使い潰して、のし上がってきたチクはおおいに焦れる。

「なぜ彼女はなびかない? 自分のモノになれば贅沢な暮らしをさせてやるし、いまの下働きのような生活からも解放してやれるというのに」

 かつて数多の気ムズカシイ顧客たちをもねじ伏せてきたチクは、邪まな欲望に意地とプライドまでもが混ざり合った妄執を、しだいにユーリスに抱きはじめる。
 寝ても覚めても頭に浮かぶのは、あのたわわな果実。
 煩悩はときに人を狂わせる。
 とうとう辛抱たまらんとなったチクは、ついに凶行に走ってしまう。

 ……といった、詳細な報告を受けたのは、わたしことアマノリンネ、誘拐された母親の身を案じるモランくん、そして惚れた女にちょっかいを出されて完全に鬼と化しているゴードン将軍。いまのゴードンさんならば、たとえ頭に角がなくても、ふつうに魔族領内を闊歩できる。 
 城の中庭にて「ユーリスさん街中にて誘拐される」の報を受けてから、わずか十五分ほどのちのこと。
 なにせリンネ組の子たちは、とっても優秀だからね。
 わたしからユーリスさんの行方を捜すように命じられて、宇宙戦艦「たまさぶろう」が主都上空より、地上をスキャン。
 ただちにそれっぽい馬車をピックアップし、すかさずセレニティ忍軍とルーシー分体たちが出動。
 捜索開始五分ほどにてユーリスさんが連れ込まれた建物を特定。
 内部に潜入を敢行。屋敷内にて丁重に扱われている彼女の無事を確認。密かに警護するとともに、ついでに誘拐犯の情報も収集。
 ここまで捜索を開始してからほんの十分ほど。
 どうだい、やたらと速いでしょう? 
 なんといってもリスターナは辺境の小国ゆえに、主都もそれほど大きくないのが理由の一つ。もしもギャバナだったらさすがにこうはいかなかったよ。
 理由その二は、相手が外部からのそこそこ身分のある客であったのと、小麦の買い付けという用向きもこちらに有利に働いた。
 なにせ麦を扱っている組織を仕切っているのって、うちの息のかかった連中だし。なにより田舎に外国人とか来たら目立つもの。
 理由その三は、セレニティたちの機動力と人形軍団の情報収集と分析能力。その破格の有能っぷりは、先の国内行脚旅にて証明されている。
 あとその他にはオマケで、街中をぶらぶらしているカネコたちの目かな。
 連中、あれでなかなかの野次馬根性にて、わりと何にでも首を突っ込む。

 そんなわけで、居場所も特定され、安否確認もされたので、あとは救い出すばかり。
 立派な犯罪行為につき、踏み込むことに問題はない。
 相手の身分が準外交官扱いというのが、少しばかり引っかかるが、いざともなれば存在そのものを抹殺。ありとあらゆる痕跡を消して、「リスターナには来ていない」ことにしちゃうのは可能。ルーシーさんが「造作もありません」って言ってくれたし。
 しかしせっかくだから畜生野郎……じゃなかった、チク・ジョウさんには舞台の悪役として、最後まで参加してもらうつもり。
 演目は「とらわれの姫を救い出す、老騎士」
 脚本および演出、アマノリンネ。
 モランくんより「母もゴードンさんの実直なお人柄に惹かれているのはまちがありません」との証言も得られている。
 ゴードンさんも告る覚悟を決めた。
 ならば、ここはイクっきゃないじゃない!
 さぁ、楽しいショータイムの始まりだ。


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