上 下
89 / 298

089 モラン少年の憂鬱

しおりを挟む
 
「ふぅ」

 王城の中庭のベンチに腰かけて、一人タメ息をもらしたのは黒髪の少年モラン。
 庭は多少は草が刈られたものの、相変わらず荒れ気味。とはいえなにやらいい感じの風合いにて、いわゆるワビサビっぽい味が出てきたせいか、近頃では「これはこれで、いいのでは?」という意見もあり、とりあえずの現状維持で様子見中。
 そんなお庭でモランくん。
 いろいろ苦労した挙句に、リスターナへと母ユーリスさんと共に移住してきた、利発でお母さん想いのとってもいい子。
 気づけばあれよあれよというまに、この国の宰相のダイクさんのお世話になることになり、彼の指導のもとでいずれ王国の未来を背負って立つ人材となるべく、日々精進を重ねている。
 もとから素材が良かったところに、生活水準がぐぐんと安定した結果、いまでは黒髪の天使との異名を持つ美少年ぶりにて、周囲の女性陣の目の保養となっている。
 ちなみに黒髪の天使との異名をつけて密かに広めたのは、このわたしだ。
 みんなから言われるたびに、頬を染めて「やめてください」と照れる少年の図。あれはいいもの。
 そんな少年が悩ましげな姿をみせていれば、声をかけるのがお姉ちゃんの役目。
 だからわたしが「どうしたの」と偶然を装って声をかける。
 じつはけっこうまえからのぞき見していたのだが、こっそりのぞくのがちょっと楽しくて、ついつい出遅れてしまったのである。

「あっ、リンネさま」

 あわてて立ち上がろうとした礼儀正しいモランくんを「そのまま」とすっと手で制し、わたしはとなりに腰をおろす。
 宰相のダイクさんをはじめ、周囲にえらい大人たちがごろごろしている異様な環境が、市井の少年を洗練された美少年へとゴリゴリ磨いている。もちろんそれもこれも当人の頑張りがあったればこそ。
 そんな彼がもの憂げな表情を浮かべている。
 理由をたずねてみれば、案の定、母親のユーリスさんのことだった。
 で、詳しく事情をきいてみれば、なんとユーリスさんってば結婚を申し込まれているんだって。

「そっかー、ついにゴードンさんも覚悟を決めたかぁ。おもってたよりも時間がかかったな。あの純情じじいめ。ずいぶんと気をもたせてくれる」

 国に忠誠を誓っているからと、頑なにずっと独り身を通してきたゴードン将軍。
 よくもわるくも男らしく、ちょっとだらしなかった彼を見かねて、ユーリスさんをお世話役にてあてがったのだが、おかげで近頃めっきり身だしなみがよくなっていた。トレードマークのもじゃヒゲまでキレイに整えるほどの成長ぶりを見せたときには、シルト王たちといっしょにちょっと涙ぐんだものである。
 さて結婚祝いには何を贈ろうかな、とかわたしがニヤニヤしていたら、モラン少年とっても言いづらそうに。

「いえ、それがじつは……」

 少年の口から語られた内容を耳にしたわたしは、スクっと立ち上がるなり天まで届けとばかりに、大音声をはりあげずにはいられない。

「なんだってーっ! どこぞのお金持ちからいきなり求婚されたあげくに、相手が超イケイケにてグイグイくるものだから、ユーリスさんちょっと大ピンチ! なのにゴードンの根性ナシが、『それは彼女の問題だから』とかほざいて見ているだけだとーっ! アホかっ、立派なのは胸の筋肉だけかっ、クソじじい! たんにヘタってるだけのくせして、妙に大人ぶって格好つけてんじゃねえぞっ!」

 とても大事なことなので、わたし、二度くり返した。
 しかも二度目はルーシーの分体がさっと亜空間から手渡ししてくれた拡声器を用いて。
 ちなみに音量はマックスだ。おかげでちょっと音が割れ気味。
 そして乙女の主張に呼応するかのようにして、向こうの方からドドドという音が近づいてきた。
 ヘタれ将軍ゴードン・ランドルフ、全力疾走にて登場。
 顔を真っ赤にして迫るその形相、まさに鬼のごとし。
 よかった、ちゃんと聞えたようだな。
 この中庭ってば城の敷地の中央辺りに位置しているから、ここで叫ぶと城内にいればだいたい届く。
 それを見越しての発言。

「お前は、いったい何を考えとるんじゃーっ!」

 わたしの両肩を掴んで盛大にがくがく揺さぶり、ツバを飛ばしながらジジイ狂乱。

「いや、何もゴードンさんが煮え切らない態度だから、ちょいと発破をかけようかと。このままだとユーリスさん、とられるぞ」
「ぐっ!」

 ジジイ苦悶の表情を浮かべる。
 やれやれ、その顔がすべてを物語っているよ。
 もう、いい加減に素直になれ。「国のため」といわれて、シルト王とかもけっこう気にしちゃってるし、盟友である宰相のダイクさんもかなり心配してんだから。
 リリアちゃんなんて、「いざともなれば、わたしがオムツをかえます」とまで言ってるのを知らないだろう。若い娘に老後の心配をさせている時点で、ダメダメでしょうに。

「ユーリスさんのこと、好きなんでしょう? おおかたマジメなゴードンさんのことだから、自分の年齢とか職業のこととかを考えて躊躇してるんだろうけど。それってちょっと女を舐めすぎだよ。女の懐は男が考えている以上に柔軟なんだよ。相手次第で大きくも小さくもなるの。ホレた相手のためなら、それこそとてつもないことになるんだから。で、本当のところはどうなの? わたし、まだ一度もゴードンさんの気持ちをちゃんと聞いてないんだけど」

 ざっくり言葉の連射によって外堀を埋めてから、本丸をズドンと狙い撃ち。
 これでもまだ言い淀むようならば、もう知らん。

「……ユーリス殿のことは、その、想うておる」

 難攻不落っぽかったゴードン城塞、ついに陥落。
 ここまでじつに険しい道のりであった。
 わたしがノットガルドの地にて経験してきた数多の戦いの中でも屈指の難易度。
 パチパチと拍手で祝福するのは、すぐ側にずっと控えていたモランくん。
 すっかり頭に血がのぼっていたジジイ、いまさらながらに少年の存在に気がつく。
 すげえな、ゴードンさん。当人に告るまえに、その息子の前で愛を叫ぶだなんて。
 そして「おまえの母ちゃん好きだ―」と言われて「いいですよ」と言えるモランくんもまたたいしたもの。
 うんうん、彼らはきっといい家族になるよ。
 というか、ここまで苦労させられたんだもの、もしもならなかったジジイのヒゲをブチブチむしる。

 そんな感じでハッピーエンドを迎えようとしていたときに、突如として中庭に飛び込んできたのは一人の役人さん。
 あたふた駆け込んできて「た、たいへんです。ユーリスさんが何者かに街中で馬車に拉致されたとの報告が」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

7個のチート能力は貰いますが、6個は別に必要ありません

ひむよ
ファンタジー
「お詫びとしてどんな力でも与えてやろう」 目が覚めると目の前のおっさんにいきなりそんな言葉をかけられた藤城 皐月。 この言葉の意味を説明され、結果皐月は7個の能力を手に入れた。 だが、皐月にとってはこの内6個はおまけに過ぎない。皐月にとって最も必要なのは自分で考えたスキルだけだ。 だが、皐月は貰えるものはもらうという精神一応7個貰った。 そんな皐月が異世界を安全に楽しむ物語。 人気ランキング2位に載っていました。 hotランキング1位に載っていました。 ありがとうございます。

公爵家御令嬢に転生?転生先の努力が報われる世界で可愛いもののために本気出します「えっ?私悪役令嬢なんですか?」

へたまろ
ファンタジー
ここは、とある恋愛ゲームの舞台……かもしれない場所。 主人公は、まったく情報を持たない前世の知識を持っただけの女性。 王子様との婚約、学園での青春、多くの苦難の末に……婚約破棄されて修道院に送られる女の子に転生したただの女性。 修道院に送られる途中で闇に屠られる、可哀そうな……やってたことを考えればさほど可哀そうでも……いや、罰が重すぎる程度の悪役令嬢に転生。 しかし、この女性はそういった予備知識を全く持ってなかった。 だから、そんな筋書きは全く関係なし。 レベルもスキルも魔法もある世界に転生したからにはやることは、一つ! やれば結果が数字や能力で確実に出せる世界。 そんな世界に生まれ変わったら? レベル上げ、やらいでか! 持って生まれたスキル? 全言語理解と、鑑定のみですが? 三種の神器? 初心者パック? 肝心の、空間収納が無いなんて……無いなら、努力でどうにかしてやろうじゃないか! そう、その女性は恋愛ゲームより、王道派ファンタジー。 転生恋愛小説よりも、やりこみチートラノベの愛読者だった! 子供達大好き、みんな友達精神で周りを巻き込むお転婆お嬢様がここに爆誕。 この国の王子の婚約者で、悪役令嬢……らしい? かもしれない? 周囲の反応をよそに、今日もお嬢様は好き勝手やらかす。 周囲を混乱を巻き起こすお嬢様は、平穏無事に王妃になれるのか! 死亡フラグを回避できるのか! そんなの関係ない! 私は、私の道を行く! 王子に恋しない悪役令嬢は、可愛いものを愛でつつやりたいことをする。 コメディエンヌな彼女の、生涯を綴った物語です。

婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。

なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。 そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。 そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。 彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。 それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

処理中です...