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089 モラン少年の憂鬱
しおりを挟む「ふぅ」
王城の中庭のベンチに腰かけて、一人タメ息をもらしたのは黒髪の少年モラン。
庭は多少は草が刈られたものの、相変わらず荒れ気味。とはいえなにやらいい感じの風合いにて、いわゆるワビサビっぽい味が出てきたせいか、近頃では「これはこれで、いいのでは?」という意見もあり、とりあえずの現状維持で様子見中。
そんなお庭でモランくん。
いろいろ苦労した挙句に、リスターナへと母ユーリスさんと共に移住してきた、利発でお母さん想いのとってもいい子。
気づけばあれよあれよというまに、この国の宰相のダイクさんのお世話になることになり、彼の指導のもとでいずれ王国の未来を背負って立つ人材となるべく、日々精進を重ねている。
もとから素材が良かったところに、生活水準がぐぐんと安定した結果、いまでは黒髪の天使との異名を持つ美少年ぶりにて、周囲の女性陣の目の保養となっている。
ちなみに黒髪の天使との異名をつけて密かに広めたのは、このわたしだ。
みんなから言われるたびに、頬を染めて「やめてください」と照れる少年の図。あれはいいもの。
そんな少年が悩ましげな姿をみせていれば、声をかけるのがお姉ちゃんの役目。
だからわたしが「どうしたの」と偶然を装って声をかける。
じつはけっこうまえからのぞき見していたのだが、こっそりのぞくのがちょっと楽しくて、ついつい出遅れてしまったのである。
「あっ、リンネさま」
あわてて立ち上がろうとした礼儀正しいモランくんを「そのまま」とすっと手で制し、わたしはとなりに腰をおろす。
宰相のダイクさんをはじめ、周囲にえらい大人たちがごろごろしている異様な環境が、市井の少年を洗練された美少年へとゴリゴリ磨いている。もちろんそれもこれも当人の頑張りがあったればこそ。
そんな彼がもの憂げな表情を浮かべている。
理由をたずねてみれば、案の定、母親のユーリスさんのことだった。
で、詳しく事情をきいてみれば、なんとユーリスさんってば結婚を申し込まれているんだって。
「そっかー、ついにゴードンさんも覚悟を決めたかぁ。おもってたよりも時間がかかったな。あの純情じじいめ。ずいぶんと気をもたせてくれる」
国に忠誠を誓っているからと、頑なにずっと独り身を通してきたゴードン将軍。
よくもわるくも男らしく、ちょっとだらしなかった彼を見かねて、ユーリスさんをお世話役にてあてがったのだが、おかげで近頃めっきり身だしなみがよくなっていた。トレードマークのもじゃヒゲまでキレイに整えるほどの成長ぶりを見せたときには、シルト王たちといっしょにちょっと涙ぐんだものである。
さて結婚祝いには何を贈ろうかな、とかわたしがニヤニヤしていたら、モラン少年とっても言いづらそうに。
「いえ、それがじつは……」
少年の口から語られた内容を耳にしたわたしは、スクっと立ち上がるなり天まで届けとばかりに、大音声をはりあげずにはいられない。
「なんだってーっ! どこぞのお金持ちからいきなり求婚されたあげくに、相手が超イケイケにてグイグイくるものだから、ユーリスさんちょっと大ピンチ! なのにゴードンの根性ナシが、『それは彼女の問題だから』とかほざいて見ているだけだとーっ! アホかっ、立派なのは胸の筋肉だけかっ、クソじじい! たんにヘタってるだけのくせして、妙に大人ぶって格好つけてんじゃねえぞっ!」
とても大事なことなので、わたし、二度くり返した。
しかも二度目はルーシーの分体がさっと亜空間から手渡ししてくれた拡声器を用いて。
ちなみに音量はマックスだ。おかげでちょっと音が割れ気味。
そして乙女の主張に呼応するかのようにして、向こうの方からドドドという音が近づいてきた。
ヘタれ将軍ゴードン・ランドルフ、全力疾走にて登場。
顔を真っ赤にして迫るその形相、まさに鬼のごとし。
よかった、ちゃんと聞えたようだな。
この中庭ってば城の敷地の中央辺りに位置しているから、ここで叫ぶと城内にいればだいたい届く。
それを見越しての発言。
「お前は、いったい何を考えとるんじゃーっ!」
わたしの両肩を掴んで盛大にがくがく揺さぶり、ツバを飛ばしながらジジイ狂乱。
「いや、何もゴードンさんが煮え切らない態度だから、ちょいと発破をかけようかと。このままだとユーリスさん、とられるぞ」
「ぐっ!」
ジジイ苦悶の表情を浮かべる。
やれやれ、その顔がすべてを物語っているよ。
もう、いい加減に素直になれ。「国のため」といわれて、シルト王とかもけっこう気にしちゃってるし、盟友である宰相のダイクさんもかなり心配してんだから。
リリアちゃんなんて、「いざともなれば、わたしがオムツをかえます」とまで言ってるのを知らないだろう。若い娘に老後の心配をさせている時点で、ダメダメでしょうに。
「ユーリスさんのこと、好きなんでしょう? おおかたマジメなゴードンさんのことだから、自分の年齢とか職業のこととかを考えて躊躇してるんだろうけど。それってちょっと女を舐めすぎだよ。女の懐は男が考えている以上に柔軟なんだよ。相手次第で大きくも小さくもなるの。ホレた相手のためなら、それこそとてつもないことになるんだから。で、本当のところはどうなの? わたし、まだ一度もゴードンさんの気持ちをちゃんと聞いてないんだけど」
ざっくり言葉の連射によって外堀を埋めてから、本丸をズドンと狙い撃ち。
これでもまだ言い淀むようならば、もう知らん。
「……ユーリス殿のことは、その、想うておる」
難攻不落っぽかったゴードン城塞、ついに陥落。
ここまでじつに険しい道のりであった。
わたしがノットガルドの地にて経験してきた数多の戦いの中でも屈指の難易度。
パチパチと拍手で祝福するのは、すぐ側にずっと控えていたモランくん。
すっかり頭に血がのぼっていたジジイ、いまさらながらに少年の存在に気がつく。
すげえな、ゴードンさん。当人に告るまえに、その息子の前で愛を叫ぶだなんて。
そして「おまえの母ちゃん好きだ―」と言われて「いいですよ」と言えるモランくんもまたたいしたもの。
うんうん、彼らはきっといい家族になるよ。
というか、ここまで苦労させられたんだもの、もしもならなかったジジイのヒゲをブチブチむしる。
そんな感じでハッピーエンドを迎えようとしていたときに、突如として中庭に飛び込んできたのは一人の役人さん。
あたふた駆け込んできて「た、たいへんです。ユーリスさんが何者かに街中で馬車に拉致されたとの報告が」
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