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086 鬼メイドのつぶやき。後編
しおりを挟む前編のつづき。
リンネさまの剣として活躍している富士丸先輩は、デカくて、固くて、激しくて、まったくもってよくわからないけどスゴイ方だ。
わたしも元魔王軍の精鋭として、それなりに活躍していたので武芸にはいささか自信があったが、それがとんでもない勘違い、思い上がりであったことを、いまではよく理解している。
真なる剛の者である富士丸先輩を前にしては、微塵も自惚れることなど不可能。
星砕きの拳を持つという富士丸先輩は、それほどの強さにも関わらず、日々厳しい鍛錬を己に課している。
最強が最強の座に甘んじることなく、更なる高みを目指す姿には感動を覚える。
一度は武の頂という幻想を夢見たからこそ、見ているだけで知らず知らずのうちに涙をながしていた。あまりにも大きな背中、比べるのもおこがましいが、ついつい自身の至らなさを痛感して恥じ入るばかり。
そんなわたしの肩をうしろからポンと叩いたのは、伝説の戦闘種族オービタル・ロードの一人。全身黒づくめの彼はわたしに「メソメソ泣いてる暇があったら、拳を磨け! 体を鍛えろ! いっしょにいい汗流そうぜ」と念話で言った。
オービタルたちは己の体を武器に戦う種族。
そんな彼らは富士丸先輩を軍神のごとく敬い、ちょくちょく先輩の亜空間にみんなでおじゃまをしては、指導を仰いでいるという。そのときにも黒と赤の女王の姿が集団の中にふつうに混じって、稽古に励んでいた。
わたしも誘われるままに、その集団に混じり、汗を流す。
ひさしぶりに手にした槍、かつての感覚をとり戻すかのようにして、体を動かしていくうちに、次第に心の迷いは晴れていった。
黙って背中で語る富士丸先輩。
いつか自分も誰かのそんな存在になれたら、うれしいな。
で、そんなスゴイ方々を従えるのが我らが主のリンネさま。
彼女はふしぎな御方だ。異世界渡りの勇者だというが、わたしが知っている連中とはなにやら雰囲気がちがう。
勇者どもとは聖魔戦線の戦場で何度か刃を交えた。
彼らはギフトとスキルという二つの異能を持っているので手強い。
だが怖いと感じたことは一度もない。
正直言って、彼らの攻撃はどこか軽いのだ。決死さがない。いや、当人たちはきっと必死に戦っている。それは対峙していればすぐにわかる。だが、それでもやはり軽いと言わざるをえない。
覚悟が足りない。意志が足りない。自覚が足りない。背負うモノが足りない。なにより戦う理由が足りない。
ギリギリのところで己を鼓舞し支えるために必要なモノを持たない者たち。
強いけれどもどこかモロい者たち。
それがわたしの勇者たちへの率直な感想だ。
だから不利になればすぐに揺らぐ。仲間がちょっと傷ついたら動揺する。強者を前にしたら腰が引ける。予想外の展開になるとすぐに混乱する。
だというのにリンネさまには、そのモロさが微塵もない。
いつも平然としている。表面上や態度でワタワタしている風に見えるときですらも、内面はまるで穏やかな湖面のよう。芯の部分がまるで揺らがない。
個人の武芸も凄まじい、そしてお身内の方々もまた凄まじい。
リンネさまがその気になれば、それこそ十日とかからずにノットガルドのすべてを手中におさめてしまえるだろう。
あえて言おう。
彼女に比べたら死んだ魔王なんぞ、カスもいいところである。
だが、リンネさまはそれをしない。リスターナといかいう辺境の聞いたこともなかった小国の内政にちょこちょこと手を貸すばかり。
なにやら目論見があってのことらしいのだが、その辺の事情については新参者の自分はまだ教えてもらえていない。
たしかにリスターナはいいところだ。
魔族であるわたしをスルリと受け入れる度量があるし、王は賢明にて姫君も愛らしく、派手さはないが落ち着いており、わたしもおおいに気に入っている。
食事どきになるとカネコどもが姿を見せるのが、少しばかりうっとうしいだけだ。
とはいえやはり気になるので一度、不敬とはおもいつつもリンネさまにたずねたことがある。
「どうしてご自身の国をつくらないのですか?」
するとリンネさまはこうおっしゃられた。
「えー、いやだよー、めんどうくさい。物事ってのは外野からヤイヤイ言ってるぐらいがたのしいの。うっかり玉座なんかに着いたが最後、国の奴隷となって延々こき使われるの。そのくせちょっとミスしただけで、みんなにボロクソ言われるんだよ。シルト王を見なよ。朝から晩まで大忙しだよ。わたしはあんなブラックな青春を送るのはぜったいにイヤだ」
リンネさまの言葉に、わたしはハッとさせられた。
強き者が弱き者たちを守り統治する。
それが強き者として生まれた者の責務であり義務である。
そんな風にずっと考えていたが、だがそうじゃない。
チカラがあるからとて、それがどうした? 何を自惚れていたのか? 上から目線にて臆面もなく「守る」なんぞと、よくも言えたものよ……。
チカラがあるからとて、それに驕らず、己を見失わず、我が道を征く。
そのなんとムズカシイことか。
それを自然体にて行えているリンネさまこそが、まさに奇跡!
我が偉大なる主の崇高なる想いの一端に触れたわたしは、歓喜にうち震えた。
そして恥ずかしながら、またもやチョロっと粗相をしてしまった。
やれやれ、これからは心身のみならず、とくに下半身にも気合を入れてお仕えしなければならぬな。
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