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076 婚約破棄

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 朝のリスターナ城内。
 廊下にて登校途中のリリアちゃんとあいさつを交わす。
 するとなにやら思い詰めた表情のリリアちゃんから「帰ったら相談したいことがある」って言われた。
 これを受けてわたしは「あぁ、ついに来るべきときが来たか」と嘆息にて天を見上げた。
 乙女の悩みといえば恋の話と相場が決まっている。
 無垢なる少女もやがて恋を知り大人になる。
 それはサナギからチョウになるのと同じにて、ごく自然なこと。
 心の成長、本来であればよろこぶべきことなのだが、本心をもらせば複雑な心境だ。感覚的には娘を嫁に出す父親に近い。それも男手ひとつでがんばり続けたシングルファザー級の。
 それにしてもどこのどいつだ? うちの子のハートを射止めた幸運な野郎は。
 お姉ちゃんはとっても心配です。
 そいつが外面だけで中身がスッカスカのイケメンとかだったらどうしよう……殺るか。いや、とりあえず詳細な身辺調査からだな。それでもしもうちの子を泣かすような輩ならば、潰す。カカトに全体重をかけて、もぎゅっと。
 えっ、何をって?
 あら、いやですわ。そんなこと、嫁入り前の娘の口からとても言えやしませんことよ、オホホホ。

 ドキドキと待つ一日のなんと長いこと。
 どうにも落ち着かないので、自室でウロウロ、廊下でウロウロ、執務室でウロウロ。
 するとシルト王さまが「どうかしたのか? 何か心配事か?」ってきいてきたから「どうやらリリアちゃんに好きな人ができたらしい」と告げたら、王さまもいっしょになってウロウロしだした。
 そして宰相のダイクさんに怒られて、わたしだけ執務室から放り出された。
 なにせ王さま、目を通さなきゃいけない書類山積みだからね。
 プライベートの悩みを仕事に持ち込めない大人って、ツライな。
 その点、気ままにウロウロできる身分のなんと素晴らしいことか。だからわたしはウロウロを満喫する。

 そうこうしているうちに放課後の時間になった。
 鬼メイドのアルバにお茶とお菓子の準備をさせて、居ずまいを正しリリアちゃんの到着を待つ。
 じきにリリアちゃんが姿を見せた。なぜだか後ろにマロンちゃんを連れて。
 はて? まさかのソッチの展開ですか!
 が、それはわたしの早とちりだということはすぐにしれた。
 いつになく真剣な表情のリリアちゃんと、いまにも泣き出しそうなマロンちゃんの表情を見れば、いかにわたしでもそれぐらいはすぐに察する。
 そしてマロンちゃんにそんなツラそうな表情をさせている原因こそが、相談ごとであったのである。

 マロン・グラッセには十ほど歳の離れた自慢の姉がいる。
 名前をキャロ・グラッセ。
 妹同様のくるくるカールな明るい栗毛の持ち主にて、器量も気立ても良い淑女。
 そんなキャロさんには婚約者がいる。
 彼はトカード国よりさらに西にあるハマナク国の王家に代々仕えている騎士の家系の青年にて、自身も近衛騎士をしているロン・ガーナという。
 まぁ、ひと言でいえば誠実を絵に描いたような好青年。
 二人は外遊先にて偶然に出会い、恋に落ち、婚約まで話がトントン拍子にまとまる。
 本来であれば、とっくに結婚していたハズなのだが、リスターナが発端となった近隣との先の戦のせいで、延期を余儀なくされていた。
 しかし騒動も収まり、いい具合に国も復興を遂げているので、そろそろという話になっていた。
 それこそ再来月あたりに輿入れをさせようかと言っていた矢先のこと。
 急に、先方から婚約破棄の通達がくる。
 送られてきた書面には理由は何も書かれておらず、ただその旨だけを告げる文言のみが、たった一行、書かれてあるばかり。
 あまりにも一方的な通達。
 待っている間に心変わりをしたのか、あるいは相手にいいひとが出来たのか、はたまた気持ちが冷めてしまったのか。
 しあわせの絶頂から叩き落とされたキャロさんは心痛にて臥せってしまい、グラッセ家側はもちろん大激怒。「ちゃんと納得できる理由をのべよ」との抗議文を何度も送るも、返答どころかなしのつぶてにて、しまいには手紙の封が切られることもなく戻って来る始末。
 姉は自室にこもって涙にくれるばかりだし、両親もプリプリ。
 家の中の空気も険悪になる一方にて、マロンちゃんはどうにも弱ってしまった。
 これを知ったリリアちゃんが、こちらに話をもってきたというわけ。
 ほんとうならば自分が動きたいのだけれども、王族が動くとなると、ことは国と国の問題に発展しかねない。そうなってはまとまる話もまとまらなくなる。
 そこでわたしの出番となるわけだ。

「とりあえず理由がわからないことには、お姉さまも一歩も前に進めないとおもうの。でもそれすらもわからなくって……」

 いくぶんやつれが目立つマロンちゃん。
 マイシスター二号のこの姿を受けて、わたしは即座に行動を開始する。
 目配せにて合図をおくると、コクンとうなづいたルーシー。お人形さんがすぐに懐から取り出したのはスマートフォンっぽい通信機。
 すぐさまコールした先は、ギャバナのライト王子のところ。
 大国の暗部を若くして仕切る腹黒青年は、それゆえに裏の情報にも詳しい。彼のところにならばハマナク国のことについて、何らかの情報が入っているかもと考えたのだ。
 八回目のコールにて王子が通信に応じる。

「どうした? 今度は執事でも育てるのか?」
「それもそそられるけど、ちょっと聞きたいことがあるの」

 わたしがハマナクの名を口にしたとたんに、王子の声のトーンが一段下がる。通信機越しにでもわかるヒヤリとした緊迫感が発生。
 そして彼が告げたのは「マコトが負傷した。ハマナクはいま相当やばいことになっているぞ」というものであった。
 霞化のギフトと隠形のスキルのダブルチート持ちのマコトがケガ?
 これってちょいとただごとじゃないかも……。
 婚約破棄物語かとおもいきや、こいつはなにやら話がキナ臭くなってきやがったぜ。


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