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073 魔性のレンズ
しおりを挟む鬼メイドのアルバ、渾身の五段お重弁当の昼食は好評を博する。
あのマロンちゃんですらも、終始、その頬が緩みっぱなしでニコニコ。
新作のチョコケーキも乙女たちにすんなり受け入れられた。
ノットガルドの住人には未体験の味や色になるので、どうかと心配していたけれども取り越し苦労だったみたい。
でもちょっと残念だったのが、カネコが平然と「うまいにゃ、うまいにゃ」と口のまわりをベタベタにしながらガトーショコラっぽいケーキを喰らっていたこと。
ちっ、この分だとまったくへっちゃらみたいだな。なんとなくそんな気はしてたよ。
絶海の孤島の森の奥でずっとスローライフをおくってきただけあって、ハートだけでなく胃腸もタフだ。
お昼からは魔法の講義と実習。
小難しい理論の説明のあとに、運動場の片隅にて的を立てての練習。
生徒たちがたとたどしくも懸命に詠唱に励んでいる姿は、なんとも微笑ましい。
ここでお約束ならば、魔法にやたらと自信のある子がいまいちな子をバカにしたりするシーンが展開されそうなのだが、それはナシ。
なにせここはガッカリ満載ファンタジーなノットガルド。
魔法やら魔力とかいうナゾパワーが身の回りに当たり前に存在する社会。
空気中の魔素が体内にてどうたらこうたらとか。さっき授業で先生が言ってたけど、正直ちんぷんかんぷん。
そんなものが幅を利かしているゆえに、その優劣が個人の価値に直結しそうにみえて、じつはそうじゃない。いろんな種族が住んでいるおかげで、能力や個性もじつにさまざま。
魔法が上手であれば確かに重宝がられはするものの、それだけがすべてじゃない。
宰相のダイクさんのように政治バランスや事務処理能力に長けた者。
将軍のゴードンさんのように武力や指揮能力に長けた者。
たんに魔法が得意なだけでは、そこそこしか出世はできない。上に行くほどに総合力が求められるのが組織というもの。
魔法はあくまで個人の構成要素のひとつ。魔力量の優劣も足が速いか遅いかぐらいの判断基準。世間一般ではそのような認識と扱いなのだ。
当たり前が当たり前であるがゆえに、特別扱いはされない。
ろくすっぽ使えない? 満足に持ってない? あまり得意じゃない? だったら魔道具で代用すればいいじゃない。巧い人を雇えばいいじゃない。
よくよく考えてみれば、これは自明の理。
高いところにある物をとろうとすれば、踏み台なり脚立なりを用意するのと同じこと。
だからいくらダブルチート持ちの異世界渡りの勇者とて、きっと派遣先にてそれなりに苦労しているはず。
なにせ大部分が学生などの若い人たちにて、社会経験が乏しいからね。
わたしとてルーシーたちが居てくれなかったら、とっくにそのへんで野垂れ死んでるね。
あっ! でも健康スキルのせいでそれはムリか。だったら訂正しよう。
きっとそのへんで適当にゴロゴロしている。
あれ? でもそれっていまとあまり変わらないような……。おんぶに抱っこどころか、介護状態の自覚がある。鬼メイドをゲットしてからは自分でお茶すらも淹れなくなった。
はっ! わたしってば、じつはカネコたちと同じじゃないの? だとすればあの生き方が人生の正解ということに……。
そんなことをぼんやり考えつつも、シャッターチャンスは見逃さない。
もはや条件反射にて、指先がタップ。
むしろ無心ぽかったせいか、知らず知らずのうちにベストショットを連発していたことが、のちのちに判明する。「いい画をとろうとしてはいけない。追ってはダメ。いい画の方から自然とファインダーに飛び込んでくるから、それをただ映すだけでいい」そんなことをどこぞの写真家が言っていた。
……ような気もする。
リリアちゃんだけでなく、マロンちゃんの姿もばっちりカメラにおさめる。
撮影枚数がすでに七千を超えたが、まだまだいくぜ。
参観日、ふつうは一時間か二時間ぐらいだけ授業をのぞいて、校内を見学したり先生方と歓談して引き上げるそうだが、わたしたちは朝一から放課後までがっつり居座った。
それどころか生徒たちがみんな寮やら自宅へと帰ったあとも居座り続けて、校内をカメラ片手にうろうろ。
窓から差し込む夕陽で茜色に染まる教室、次第に陰影をます廊下、少し前までとはうってかわって静まりかえる校内……。
こう言えばカメラ小娘が芸術的な何かに目覚めのたかとおもうだろう? が、それは早計というもの。
いきなりガラリと引き戸を開けたら、そこでは教師と生徒の禁断の場面が! もしくは教師と教師の職場恋愛! もしくは上級生と下級生の! なんて青春の甘い一ページが拝めないものかと期待しての行動にすぎない。
ただ、不屈のデバガメ根性が発揮されただけのこと。カメラのレンズには人を狂わす魔性があるのだ。(※注・あくまでリンネの個人的な見解です。盗撮、ぜったいダメ!)
結果は惨敗だ。
完全に陽が暮れるまでがんばったというのに、イケないシーンは一枚も撮れなかった。
最後はおじいちゃん先生に「二度と来んな」と学園から追い出された。
そんなわたしたちの姿を見つめていたのは光る眼。
カネコだ。薄闇の向こうでヤツがにへらと笑ったような気がした。
いつかぜったい泣かす。
その日撮影した写真の枚数はルーシーの分と合わせると二万を優に超えた。
さて、これから夜を通しての現像と編集会議。それが終われば、次はフォトブックの作成とやることがいっぱい。
やれやれ、今夜は長い夜になりそうだな。
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