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070 虎の穴
しおりを挟む別れ際に固い握手を交わす二人の女。
一人はこのわたしことアマノリンネ、そしてもう一人は美魔女ことミランダさん。
試練の塔をめぐる一連の騒動も十日ほどでようやく落ち着き、復興の目処も立ったところで、いざおさらば。
いろいろあって結局のところ誰が一番の得をしたのかと言えば、それはミランダさんであろう。
事件を早期解決へと導いただけでなく、ノラ勇者リュウジの捕獲、その能力を用いた新たなタワーダンジョン経営、国全体をも巻き込むインフラ整備計画など、多大な貢献と恩恵をベリドートにもたらした、わたしたち。
そんな人物を誘致し、ドーンと勝手をさせたのがミランダさん。
しかも本来ならば莫大な報酬を国に請求されてもおかしくない内容なのに、相手が望んだのはリスターナとの友好関係と、ガガガガの実の大量定期購入権のみ。
その辺にいっぱい生ってる木の実を「タダで寄越せ」ではなく「売ってちょうだい」
口約束なんぞではなく、きちんと書面までしたためてあったので、契約書を見た王さまは「何かのワナか?」と疑い、おもわず入念に三度読みもしたという。
ベリドートにとっては得得ばかりで大フィーバー。
こうして内心にて小躍りしているであろう王さまからの覚えもめでたい彼女。
その自分の大手柄の対価として望んだのは、なんと! 新事業の統括者の地位。
この要望は受け入れられ、ついでだとばかりリュウジの身元引受人にまでちゃっかり納まる。
テッテレー! ミランダは打ち出の小槌を手に入れた。
そしてすかさずガッチリ装備。その効果で影響力と権力と財力が大幅にアップした。
年上妖艶女性の色気にあてられた初心な青年はコロリと篭絡。
見かねたわたしが「騙されるな。あれでも成人男性三人の子持ちだぞ」と注意喚起するも、時すでに遅し。リュウジくんってば「そうかぁ、心のやさしい人ってのは、いくつになってもキレイなんだなぁ」とかふざけたことを口走っていた。ヤツはもうダメだ。
だがこれらの結果もよくよく考えてみれば納得。
だってミランダさんってば、あの大国ギャバナを裏で牛耳るライト王子の伯母さんなんだもの。おそるべしは美魔女、そしてギャバナ王室の血脈。
「ありがとうね、リンネちゃん。それからルーシーちゃんもご苦労さま。新しいタワーダンジョンが出来たら招待するから、ぜひリリア姫といっしょに遊びにきてね」
たおやかな笑みの美魔女。発足される新組織の主要ポストは、がっちり身内で固めるそうで、まったくもって抜け目がないぜ。
宇宙戦艦「たまさぶろう」にてゆるゆるギャバナに向かう。
依頼主のライト王子に報告するのと、メイド修行に預けてあったアルバを引き取るためだ。
さすがにこの短期間で「できるメイド」に急成長するのはムリがあるけれども、お茶ぐらいは上手に淹れられるようになってたらうれしいなぁ。
なにせ魔族は皮膚が丈夫な性質らしく、お茶がアッチッチなのだ。お風呂もチャキチャキの江戸っ子仕様。
いくら健康スキルのおかげで平気だとはいえ、グツグツ煮立つ風呂はノーサンキュー。
わたしは入浴にて自律神経を落ちつけてリラックスしたいのであって、釜茹での刑にされた石川五右衛門ごっこがやりたいわけじゃない。
「アルバってばだいじょうぶかなぁ。魔族だからってイジメられたりしてなければいいんだけど」
しばし離れていた仲間の身を案じるわたし。敵に厳しく身内に甘々、それがリンネという女。
だがルーシーはとっても淡白にて「アレをイジメるとか、なにをご冗談を」と鼻で笑う。
まぁ、たしかに身長三メートルばかりにて、鍛え上げた武芸者の鬼女をどうこうできる猛者なんて、そうそういないか。脳筋だから遠回しなイヤミとかきっと通じないだろうし、嫌がらせとかされても、たぶん気づかなくてスルーするタイプだろうし。
そんな心配が余計な取り越し苦労であったことは、ギャバナに到着するなりすぐに知れた。
依頼完了の報告ののちにライト王子に連れられて向かったのは、メイドの館と呼ばれる虎の穴。
ここでは日夜、厳しい訓練にて集ったメイドたちが切磋琢磨し、より高みを目指している。アルバは預けられた初日からずっとここに缶詰されていたらしい。
「アルバ、何があっても挫けちゃだめよ」
「あなたならきっとやれるわ、しっかりね」
「負けないから。ともに極めましょう、メイド道を」
「元気でね、手紙書くから、返事まってるから」
「うわーん、アルバちゃん、いっちゃヤダー」
アルバがメイドさんたちに囲まれて、わちゃわちゃされていた。
あれ? めっちゃ人気者じゃん。うちの子ってば。
「あぁ、教育を担当した彼女もたいそう褒めていたぞ。ひたむきで、先輩らには敬意を払うし、アドバイスには素直に従う。わからないことがあればとことん喰らいつく根性と忍耐力。主人に対する忠誠心の厚さ。なにより大きな体で『リンネさまのためにがんばる』といったイジらしい姿が萌えてしまい、ついつい指導にもチカラが入ってしまったとか」
ライト王子の口から語られる修行中のアルバの様子。
担当してくださっためっちゃできるメイドさん、まさかの大絶賛。
本日は所用にて宮殿に詰めているので挨拶ができなかったのが残念である。
「あっ、リンネさま!」
わたしの姿を見つけるなり駆け寄って来る鬼メイド。
心なしかスカートの裾をひらりはらりとひるがえし、駆ける姿が板についている。以前の似非コスプレとは段ちがい。
預けるまえとはまるで別人のような足運び。武人のそれがメイドのそれにかわっていた。ほんの短期間でこれとか、虎の穴の指導力、すげえな。
あとひさしぶりに間近に見たけど、やっぱりデカいなアルバ。
まぁ、元気そうでなにより。
気分は旅行の間にペットホテルに預けていた大型犬を迎えにきた飼い主にて、「じゃあね」とギャバナをあとにする一行。
リスターナに帰ったら、まずは、本格的にチョコレートの開発製造にとりかからねば。
なお、まじめなアルバの存在がいい刺激になって、同期もおおいに発奮。
この世代がのちに「栄光の黄金世代」と呼ばれるようになるのだが、それはまた別のお話。
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