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060 白雪のアルバ

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 目を覚ました魔族の女の人が最初に発した言葉は「あれ? なんで服や下着が新しくなってるんだ」である。
 いくら三メートル近いとはいえ女性は女性だし、白目を向いて駄々洩れ状態にて放置はあまりにムゴすぎる。
 それによくよく見れば美白肌の美人さんだ。
 頭の一本角もスラリとしており、ユニコーンみたい。キリリと締まった切れ長な目元、アメジストの瞳もいい感じ。
 総じてカッコイイ鬼女といったところ。
 これだけ聞いたら「あれ? オレ、魔族でもぜんぜんイケるんだけど」とおもった、そこのアナタ! そう考えるのはいささか早計である。
 実際、わたしもちょっと思ったよ。だけれどもそれは即座にルーシーさんに否定された。
 そうは問屋がおろさないのが、ノットガルドという異世界。
 魔族っ子と夢のイチャコラとかありえない。
 だって魔族ってば卵生なんだもの。
 それもどこぞの大魔王的に口からグバッと出すタイプの。
 下世話な話、生殖器官とかモロモロが人間とはまるで別仕様。それはさっき自分の目で確認したからまちがいない。あれをどうにか出来る人間種族の男がいたら、そいつこそが真の勇者だ。

 えー、コホン。

 しょうしょう話が横道にそれてしまったので、ぐりんと軌道修正。
 それで先ほど助けた魔族の女性なのだけど。
 戦場の白雪とか男たちに言われていたところからすると、きっと戦士としても優秀なのだろう。「くっころ」の名台詞が似合うところからして、誇り高い女騎士とかだったら、恥ずかしさのあまりに、せっかく助けたというのにすぐさま己のノド笛をかっ切っちゃうかも。
 そこで急遽、ルーシータウンのみんなにお願いして彼女の採寸を行い、新たに衣装一式を仕立ててもらった。
 なおメイド服はロングスカートタイプだ。そしてガーターベルトは標準装備。下着はもちろん白一択のみ。

 目覚めるなり居ずまいを正した鬼メイド。
 きちんと背筋を伸ばした正座にて、「自分は第四氏族ダイアスポアのアルバ、すこし前までは魔王軍東方面第六部隊師団長を任されていた者だ」との自己紹介の後に、深々と頭を下げる。
 この所作や口調からもわかるとおり、彼女は生粋の武人。
 それがまたぞろ、どうしてメイドの格好なんかをしていたのかというと、追尾の者の目をくらますための変装であったという。
 表情を見るかぎり当人はいたってマジメに答えている。
 これを受けてわたしとルーシーは声を落としてヒソヒソ。

「マジか? あれじゃあ、かえって悪目立ちするだろう」
「リンネさま、どうやら彼女、少し残念な方のようです」
「どうしよう……。わたしが欲しいのは『できるメイド』であって『ドジっ子メイド』じゃないぞ」
「毎日お皿を何枚も割られてはたまりません。ここはリリースで」

 主従の意見はすみやかに合致。
 さっそく大自然に放出しようとした矢先に、アルバに機先を制せられる。

「御身に救われたこの命、もはや魔王軍の白雪は死にました。これからはただのアルバとしてリンネさまにお仕えします」

 お仕えしたいとか、お仕えさせて下さい、ではなくて、きっぱりはっきり断定。
 こちらの都合はまるっと無視の力業。
 なんという踏み込みの思い切りのよさ。絶妙のタイミングにて突きつけられた意志の刃に、こちらはつい反射的にコックリと頷いてしまった。
 こうしてリンネ軍団に鬼メイドという新たな仲間が加わった。
 そして身内となった以上は、当人の事情を知っておく必要があるわけで……。

 魔族には十二の氏族がいて各々に特徴がある。
 第四氏族ダイアスポアは武を重んじる一族。
 だから先の魔王とはいささか相性が悪かった。なにせ彼は情け容赦のない男にて、敵は赤子にいたるまで皆殺しが信条。嬉々として踏みつぶすような残虐な性質にて。あと男尊女卑も甚だしく、ついでに体臭もキツイとあっては魔族の女性層からの支持率はほぼゼロ。
 対するアルバは質実剛健を地で突っ走る性格。
 戦場ではその苛烈な槍働きと白い艶姿から「白雪」の異名をつけられるほどの猛者。
 武人ゆえに戦う術を持たぬ者を手にかける真似なんて決してしない。ましてや逃げ惑う女子供を襲うなど、とても承認できない。
 だから部下にも、その辺のことは終始徹底させていた。
 しかしこれを慕う者も多いが、これを厭う者もまた多い。
 不満が水面下にてチクチク溜まっていたところにきて、少し前に魔王が城や都ごと一夜にして消滅するという怪事件が勃発。
 当然ながら、この事態に魔王軍は混乱した。
 それでも各方面にて前線を維持し続けられたのは、指揮官たちの力量に頼るところが大きい。
 が、このようにマジメに頑張っている連中がいる裏では、密かに動き出している面々もいた。
 次期魔王の座を狙う者たちである。
 そんな者たちの目に白雪のアルバはどう映るか?
 優秀な将なので手駒として自陣に引き入れたい。
 優秀な将であるがゆえに敵に回すとやっかい。
 優秀な将だが、いささか融通が利かない。
 これらを踏まえて、ある一派が彼女をあえて切り捨て人身御供とすることで、その旗下の勢力を丸ごと取り込むことを画策。個よりも数を選んだという次第。
 適当な罪状をでっちあげての濡れ衣を着せ、地位を剥奪。開いたポストには即座に自分の息のかかった者を置いて、アルバから得物をとりあげ、毒を盛り無力化。
 囚われの身となり悲惨な末路を待つばかりであったところを、どうにか逃げ出したものの、先の襲撃の一件へと繋がる。

 尽くした組織に裏切られ、信じていた同僚や部下たちにも裏切られ、女というだけでこれまでのすべてを否定されたアルバ。
 なんか、もう、やってらんねえ。
 魔族? 戦争? 知ったこっちゃねえや。
 とヤケになってもしようがあるまい。
 自分の事情を語り終えたアルバは、実にさばさばした調子にて「これからは鬼メイド道を極める」とまで言い切った。
 この女武芸者、いささか思い切りが良すぎる……。


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