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039 光の勇者アキラ

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 一番じゃないと意味がない。
 それが父さんの口癖だった。
 母さんはそんな父さんに嫌気がさして、ボクが物心つく頃には、もう家の中からいなくなっていた。
 だからといって恋しいとか、会いたいとおもったことはない。
 ふしぎとそんな気にはまるでならなかった。
 そもそも幼い自分を捨てた相手に何を期待するというのか。
 あの人にとって自分とは、その程度の存在だったということなのだろう。
 きっと家を出る際に持って行った、身の回りの品や化粧品のつまったポーチにすらも劣るモノ。
 だからボクはそんな女のことは忘れて、父さんの薫陶よろしく一番を目指し、自分の価値を高めることに邁進した。

 小学校ではずっと学年で一番、勉強も運動も。
 おかげでみんなの人気者。
 でも中学校に入ったあたりから、少しずつそれを維持するのが難しくなってきた。
 努力は重ねたさ。でもそれだけでは越えられない何かがあることを、おぼろげながらにも気づき始める。
 それでもボクは一番であろうとした。
 ずっと学年で一番だった成績が、クラスでの一番になり、男子での一番となり、ついにはそれすらもおぼつかなくなってきた。
 運動にいたっては、もっと早くに脱落。
 内容によっては、体格差や経験などが顕著にあらわれるので、いかに卓越したセンスがあろうとも、その競技に本気で打ち込んでいるやつには到底かなわない。
 それでもバランスよく無難にこなし、周囲からそこそこの評価だけは維持し続けた。
 高校でも一番であろうと頑張ったさ。
 でもダメだった。
 何をやってもかなわない奴がいる。
 自分の方がずっと努力しているのに、それでも笑いながら余裕にて追い抜いていく奴がいる。
 届かない、届かない、届かない。
 どれだけ懸命に手を伸ばしても、夢中になって足掻き続けても、届かない背中がある。
 羨ましかった、妬ましかった、悔しかった、寂しかった。
 それなのに、ある日、あるとき、ふと相手に手が届いたんだ。

 放課後の校舎の廊下。
 窓から差し込む夕陽の橙色と、校舎内の陰影の黒が、まるで見事な絵画のようにハマり込んだ視界の中で。
 指先のトンという軽い感触。
 ゆっくりと傾いでいく体。
 階段から落ちた相手は、それきり動かなくなっていた。
 怖かった。たったこれだけのことで栄光から転げ落ちるとわかって、芯から体がふるえた。
 でもボクはようやく理解する。

「なんだ……こうすればよかったのか。一番になんて簡単になれるじゃないか」

 自分の上にいる者を引きずり下ろせばいい。
 自分の前にいる者をどけてしまえばいい。
 自分の邪魔をする者を排除してしまえばいい。
 真理を悟ったボクは無敵になった。
 けれどもおかしいんだ。
 せっかく一番に返り咲いたというのに、みんながボクを見る目が気に食わない。
 どうしてそんな目でボクを見る?
 どうして一番のボクに憧れや羨望の眼差しを向けない?
 まえはみんな一番のボクを褒め称えていたじゃないか、なのにどうして……。

 そんな時のこと。
 神さまに呼ばれたのは。
 彼は光の剣を差し出しながらボクに言った。

「ノットガルドに行って勇者として世界を救え」と。

 こうしてあちらの女神さまからの贈り物である光の剣を手に、異世界へと渡る際には「羨望」というスキルを身に着けて、ボクはノットガルドの地へと赴いた。
 まばゆく輝く剣は、まさに神の祝福を受けた武器にて、勇者が手にするにふさわしい威容と攻撃力を兼ね備えていた。
 ボクの他にも同時に十一人の勇者たちが召喚されていたけれども、これほどの装備を携えている者は他にはいない。
 ボクこそが勇者の中の勇者。
 彼らを率いるにふさわしい人物。
 一番なんだと、このときはおもっていた。
 だが勇者たちの中でもっとも頭角を現したのは別の人物であった。
 容姿端麗、頭脳明晰、人心卑しからず。
 あまりにも整いすぎて吐き気を催すような男だった。
 奴の周囲には自然と人の輪ができる。みんなが笑顔になる。
 なんだ、こいつは? こいつがいるかぎり、ボクは一番になれない。
 だからボクはひそかにコイツを殺した。
 簡単な仕事だった。「ちょっと相談したいことがある」と言えば、ほいほい出かけてくるんだもの。
 いかに優れた異能を持とうとも、油断しているところに背後から首を刎ねられては、どうしようもあるまい。
 なお死体は欠片も残さないように入念に光の剣で消滅させた。
 これで完全犯罪の成立。みんなには彼はどこぞに旅立ったとでも説明しておけばいいだろう。なにせここは剣と魔法のファンタジーなんだから、男であれば冒険心に駆られて浮かれてもちっともおかしくない。
 でもボクはミスを犯した。
 うっかり殺害現場をある人に目撃されたんだ。
 だけれども彼女は意外な反応を示す。

「どうして彼を殺めたのですか?」

 責めるのではなくて、単純に理由を知りたがったのだ。あまりにも自然体にて、あっけらかんとした態度。
 そのせいですっかり毒気を抜かれたボクは、素直にこう答えた。

「邪魔だったから」

 すると彼女はにっこりと笑みを浮かべたんだ。
 そして「そう、ならば仕方がありませんね」と言った。
 これがボクとギャバナ国の第二姫メローナ・ル・ギャバナとの出会い。


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