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其の二十四 不義理
しおりを挟む大店の奥にある離れ。そこに引っ込んでいることが多いとはいえ、女とてたまには外出することもある。
とはいっても近所にあるお寺に参拝して、帰りに少し遠回りして散歩してくる程度ではあったが……。
それすらも店の者か、あるいは緒方野枝、平林環、影山秀子らのうちの誰かが必ず付き添ってのこと。一人になれることはない。
最初の頃は、なにやら紐付きで監視されているようで息苦しくも感じたものであったが、馴れとはおそろしいもの。いまではとくに苦ではない。
それに三人そろっているときには、何かと互いを牽制してはしゃちほこばっている元女友達らも、ふたりきりとなると幾分態度を軟化させ、口ぶりも砕けたものになるのが、せめてもの救いであった。
女が通っていた寺の境内には、子どもを授けてくれるという子宝岩がある。それを撫でるとご利益があるんだとか。
どちらかというと、こちらが女のお目当て。なにせ後継ぎを得るためにと、わざわざ迎え入れられたというのに、いまのところ兆候はさっぱり。夫婦仲は良好だというのにである。
旦那さまはお優しい。
女が「不甲斐なくて申し訳ない」と詫びの言葉を口にすれば「あせらなくていいから」と慰めてくれる。しかしいつまでもその優しさに甘えっぱなしなのも、どうかと。
なにより女は恐かった。
いつ変心を起こされて、三行半を突きつけられるやらもと内心で気を揉んでいた。
◇
本日は影山秀子をお供にしての参拝。
いつもより熱心にお参りをすませて、寺を出ようとしたところで「あら? ひさしぶり」と声をかけらた女。
相手は芸者時分にお世話になった姉さんのうちのひとり。
かつては花街の蝶よ華よとうたわれた小粋な姉さん。女も憧れる存在ではあったが、そんな彼女もいまや地味なもんぺ姿にて、我が子をおぶっては「よしよし」すっかり所帯じみていた。
それでもしゃきしゃきとした口調はそのままにて、以前とは違った眩しさを手に入れた姉さんに、女は羨ましげに目を細める。
かつては夜の世界で肩で風を切って歩いていただけあって、あいかわらず物怖じしない姉さん。「気安く声をかけてくるな」と言わんばかりに、厳しい目を向けてくる影山秀子なんぞは、しれっと無視して親しげに話しかけてくるもので、女も懐かしくなってつい立ち話に花が咲く。
もしもいまのようなご時世でなければ、ちょいと甘味処にでも入っておおいに昔話に興じたいところではあったが、それもままならぬ。
じきに背中の赤ん坊がぐずりだしたもので、自然とおひらきの流れになりかけたところで姉さんが言った。
「そういえば聞いた? お母さんこと。なんだかいまたいへんなんだってさ」
お母さんとは芸者時代にお世話になっていた置屋の女将さんのこと。
女が旦那さまのところへと輿入れしてからじきに、置屋を畳んだとは聞いていたが、以降はとんとご無沙汰してしまっていた。
女にとっては実の母亡きあと、引き取っては一人前の芸者に育ててくれた恩人でもある。いまの自分があるのは、あのとき彼女が手を差し伸べてくれたから。
そんなお母さんの窮状を知って、女は居てもたってもいられなくなってしまった。
◇
ある程度まとまった蓄えがあった女将さん。置屋を辞めたあとは、その金を元手にべつの商売でも始めようかと考えていた。
そこに近寄ってきたのが、ひとりの男。
この男は詐欺師であった。「新事業を起こすので、ひと口乗らないか」と言葉巧みに女将さんを騙し、あり金すべてを引き出すと、どろんと雲隠れ。
ばかりか自分の借金をも女将さんにおっかぶせるという、悪辣な置き土産まで残していく。
これにすっかり気落ちしてしまった女将さん。
「以前の自分なら、あんな男の口車なんぞに引っかかることなんてなかったはずだ。あぁ、もうダメだ」
すっかり無気力となり、いっきに歳をとってしまった。
置屋時代のかくしゃくさを失った女将さんは、隙間風と雨漏りがするボロ長屋の自分の部屋にて、借金取りに「ひいひい」怯えるばかりの卑屈な老婆となっていた。
旦那さまの許しをもらって長屋を訪れた女は、見る影もなくなったお母さんの想像以上の困窮ぶりに絶句す。
女は「あんまりだ」と涙ながらに「これからは私がついていますから、もう大丈夫ですよ」と老婆をひしと抱きしめた。
ふたりしてさめざめと泣いた。
女にしてみれば己の不義理を恥じて、ちょっとした恩返しのつもりで手を差し伸べた。
けれどもこれがおもわぬ火種となり、新たな波乱を引き起こすことになろうとは……。
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