秋嵐の獄、狐狗狸けらけら

月芝

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其の五 来訪者

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 駐在は困惑を隠せない。
 外は土砂降りの雨。風も暴れている。そんな酷い嵐の中、駐在所の戸を叩いたのはひとりの女。
 戸を開けるなり吹き込んできたのは横殴りの雨風。
 バケツの水をぶちまけたかのような勢いに驚き、あわてて女を中へと招き入れ、すぐさま駐在は戸を閉めたのだが……。

 女は黒髪を肩口で切りそろえており、淡い黄色のワンピースを身に着けていた。足下は丈の短い黒革のブーツ。白の薄い上着を羽織っているが、山間部の朝夕ではやや肌寒かろうという格好。
 荷物は旅行鞄と洋傘のみ。傘はくの字に折れてしまっている。風にやられたようだ。もっともこの天候では、無事でもたいして役に立ちはしなかったであろうが。
 それらすべてが雨に濡れてべちゃり。

 濡れた衣類が肌に張りつき胸元や腰まわりの線があらわ。
 目のやり場に困りつつも、駐在はそれとなく女を観察する。
 まるで知らぬ顔だ。
 村の者ではない。
 雰囲気が垢ぬけている。
 だとすれば都会に出稼ぎへと出ていた者か、もしくは村の住人の縁者か。
 そんなことを駐在が考えていたら、スカートの裾を絞りながら女が言った。

「自首しにきました」と。

 あまりにも唐突なことゆえに、駐在はワケがわからず「はぁ」とポカン。

  ◇

 嵐の中を自首してきたという女。
 詳しい事情を訊くにしても、濡れネズミのままというわけにはいかない。風邪をひいてしまう。
 かといってここは男のひとり所帯。女物の着替えなんぞはない。この天気ゆえに村へと借りに行くわけにもいかない。風呂を焚くのも難しい。
 しようがない。駐在は薪ストーブで沸かしたやかんの湯を盥へと移し、体を拭くものと、男物の浴衣を差し出し「とりあえずそれに着替えろ。話はそれからだ」と告げ、遠慮する女をなかば強引に脱衣所へと押し込んだ。

 脱衣所の引き戸。半透明のすりガラス越しに、薄っすらと浮かんだのは女が服を脱ぐ姿。
 つい魅入ってしまいそうになった駐在。あわてて「むっ、いかんいかん」と首をふり、どぎまぎしながらその場を離れる。

 ひとり薪ストーブのある執務室へと戻った駐在。
 隅にぽつんと置かれた女の旅行鞄が目に入ったところで「あっ、しまった」
 よくよく考えたら、その中に女の着替えがあったであろうことに、いまさらながらに気がついたからである。
 情けない。焦るあまり動転していたらしいと反省する駐在。
 が、その鞄もまたものの見事に濡れそぼっており、染み出た水にて周囲にはちょっとした水溜まりができていた。

「……びちょびちょだな。あの様子だと中身も水浸しか。ならば、まんざら余計なお世話というわけでもないか」

 やや気分を持ち直した駐在ではあったが、そうなると改めて気になったのがその旅行鞄。
 明るい色味の革だがすっかり艶を失っている。表面がところどころひび割れている。かなり使い込まれており、なにやら風格を感じる古ぼけ具合。そのわりに角や留め金などの部分だけがやたらとギラついている。修繕するときに新しいのに取り替えたのかもしれない。
 しばし鞄とにらめっこをしていた駐在がぼそり。

「念のために、いまのうちに中身を検めておこう」

 万が一、凶器の類や危険物が隠されていたらと考えてのことであった。
 だが、あいにくと鍵がかかっており鞄は開かなかった。
 取っ手を持って持ち上げてみると、それなりの重量がある。とはいえ水に濡れていることを加味すれば、さほどでもない。耳を近づけて軽く振ってみる。中から不審な音は聞こえず。
 けっきょく何もわからなかったので、そのまま戻しておいたのだが、そのタイミングで脱衣所の引き戸がガラリと開く音がした。
 ばつが悪くなった駐在は、そそくさと鞄から距離をとった。


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