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041 悪縁、良縁、狂い咲き
しおりを挟むわたしが好き勝手に妄想をくり広げたところで、生駒が首をちょいとかしげる。
「ところで、結。その妄想話には肝心の神楽鈴がちっとも出てこないんだけど」
はっとなる。たしかにそうだった。
すっかり忘れていたよ。
「それはえーと……、おっ、きっとこうだよ。逃げるときにとっさに持ち出したものの、バカ息子が振り回す包丁とか鉈で壊されちゃったの。で、形見の品として鈴だけをいくつか奥さんが持ち去ったんだ」
いかにもそれっぽい後づけ設定。うーん、ミステリーはむずかしいね。
しかしこれにも生駒は首をひねる。
「シャンシャンやかましい神楽鈴なんて持って逃げたら、いくら夜の雨の中でも相手に居場所がバレちまうような……。まぁ、それだけあわてていたってことか。もしくはよっぽど大事な品だったということなのかなぁ」
いちおうは生駒も納得したがしぶしぶといった感じ。
「そうそう。でもって、そんなひどい村だから神さまにも見限られちゃったと」
「あー、うん。それはいえてる。さすがにこれは見限るだろうね」
「でしょう? まぁ、どこまでいってもあくまでわたしの勝手な妄想だから」
「とはいえ、あたいはなかなかの見立てだと思うよ。もしも結の妄想話に近しいことが起きたとしたら、おぼろげながら見えてくることがある」
「えっ! まさか本当に殺されちゃったとか。一家惨殺とか怖いからやめてよね」
「いやいや、さすがに全滅はないよ。ちゃんと神楽鈴が白石沙耶のところにまで渡っていることからしてもたしかさ。でも村を命からがら逃げ出したのならば、赤原家の者が忽然と消息を絶っている理由はひとつしかないね」
「?」
「きっと正体を隠しているんだ。おそらくは名前もかえている。もしかしたら母方の姓を名乗っているのかも」
「それってバカ息子に襲われたから?」
「というか子どもの安全のためかな。バカの執念とか妄執ってのは、そりゃあおっかないもんさ」
「でもでも村は一年後にはつぶれちゃったんでしょう。だったらもう隠れる必要はないと思うんだけど」
「たしかに、ね。でも村がつぶれたからって、なにも村人全員が死んだわけじゃないだろう。よしんばすべてが山津波に呑み込まれたとしても、彼らにも縁者はいる。村の外に住んでいた者もいたはずだ」
もしかしたらその連中に逆恨みされているかもしれない。
自分たちがした仕打ちを棚にあげて「赤原家が村に災いを招いた」とか適当をでっち上げている可能性もある。
そんな与太話をまに受けて「おのれ赤原家め」とか考えちゃっている人もいるかも。
村が無くなったあとも連綿と受け継がれる憎悪。
負の因縁が現代にまで続いているとか、もう完全にホラーの世界だよっ!
自分で言い出した妄想話のくせして、あまりにも膨らみ過ぎてわたしはぶるる、肩をふるわせずにはいられない。
◇
姓をかえて、正体を隠して生きている。
わたしの妄想に着眼を得て、そっち方面にて調査の手をのばしたところ、ついに朗報を得た。
「わからないはずだよ。赤原弦って男はよほど人間の業の深さを恐れていたみたいだね。まさかここまで周到に正体を隠していただなんて」
稲荷総会より届けられた報告書に目を通しながら、生駒が「ムムム」とうなっている。
そこに記載されてあったのは村を出たあとの赤原家の消息について。
残念ながらわたしの予想ならぬ妄想は外れていた。
ただしより悲惨な方向で。
赤原家はたしかに襲われたらしい。しかしそれは村長のところの架空の放蕩息子なんぞではなくて、先代村長のじじいと、その手下たちによって。
よもやの老いらくの恋が狂い咲き!
べつにわたしだってお年寄りが恋愛をしてはいけないだなんて言わない。
だが邪恋にトチ狂ったあげくに自分よりもずっと若い女性に懸想し、妄執するのはさすがにちがうでしょう。そんなのに執拗に狙われて追いかけ回されるだなんて、想像するだにゾッとする。
どうにか村を逃げ出したあと。
赤原弦が学生時代に懇意にしていた知己のところに家族を連れてあらわれたとき、彼の右腕は失われており、それはひどいあり様だったという。
代々宮司をしていたこともあり、それなりに伝手を持っていた赤原一家は、これを頼って各地を転々とするうちに、村が災禍に見舞われたことを知る。
ふつうであればこれでもう安心と気を抜くところ。だが赤原弦はちがった。
ずっと山間の奥にある村にて祭事にたずさわってきた一族だからこそわかる。人の持つ負の感情の恐ろしさ、醜さ、因業の根深さを。それはどこまでもどこまでも執拗に追いすがっては、からみついて離れようとしない。
いったん悪縁に見込まれると、これをふり払い断ち切るのは容易ではない。
このままでは妻や子どもたちにいかなる災いがおよぶことか。
そこで赤原弦は一計を案じた。
それはいったん夫婦の籍を抜き、各々が別の家に養子縁組し姓をかえ、別人となってからあらためて夫婦になるというもの。
でもこの計画はなかばで頓挫することになる。
離婚をして各々が養子縁組をすませたところで、腕のケガがもとで赤原弦が他界してしまったためである。
残された妻は幼子を抱えて途方にくれた。
これを励ましよく支えたのが最初に赤原弦が頼った知己の男。名前を伊藤孝史郎という。
やがて伊藤と残された妻は周囲の勧めもあって結ばれることになる。
「結、鈴の人の正体がわかったよ。伊藤高志、現在三十二歳で独身。でもって、二十歳過ぎに母親と死別してからは、義父との関係がぎくしゃくして家を飛び出しちまったらしいね。そこからは職と住まいを転々としているようだ」
「おぉ! ようやくたどりついた。っていっても、がんばってくれたのは稲荷総会だけど」
「まぁねえ。でもここから先はあたいと結の仕事だよ。もつれて、からんで、切れかけているえにしをしっかりつなげてやらないと」
「うん。じゃあ、さっそくその伊藤高志さんのところに行こうよ」
「あー、そうしたのは山々なんだけど、じつは……」
「じつは? 何よ、ずいぶんともったいつけるじゃない」
「どうやら伊藤高志は現在、相当にマズイ状況にあるようなんだよねえ」
「?」
どうにも歯切れの悪い生駒。
マズイ状況っていったいどの程度なのかしらん。
あっ、そういえば彼ってば急に沙耶さんの前から消えたっていってたけど、もしかしてソレが原因。ここにきてまだ何かあるの? いくらなんでもてんこ盛りが過ぎるでしょうに。
これまたヤバいニオイがぷんぷんにて、わたしはドキドキしながら生駒が次に発する言葉を待った。
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