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032 手紙、呼び出し、悪だくみ

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 放課後の鬼ごっこ。そのあとに月野さんの独白を受けた日の夜。
 稲荷総会の会合からホクホク顔で帰ってきた生駒。お仕事の進捗状況を上司に報告したら、たいそう褒められたんだとか。おかげですこぶる機嫌がいい。自慢の三尾もゆらゆら。
 そんな彼女にわたしは今日あったことについて語る。

「あー、月野って子の場合は同病相憐れむってやつだねえ。でもって霧山の方は同族嫌悪ってところだろう」と生駒。

 同病相憐れむ。
 似たような境遇にある者同士がつらさを共有し、助け合ったり同情し合ったり。
 身もフタもない言い方をすれば、傷口を舐め合うような関係である。たしかに救いとなることも多いけど、依存性と中毒性が強いから取り扱い注意。
 同族嫌悪。
 自分に似ている相手を不快に感じたり、ときには憎しみまで抱くこと。あまりにも似ているがゆえに、相手を通じて鏡ごしに自分のイヤな面を見せつけられることになり、どうにも腹が立ってしようがない。
 街を歩いているときに自分と同じ格好をした相手とばったり出くわすと、なんとも気まずくなるだろう。あれの激烈強化版みたいなもの。
 生駒の説明にわたしは「あー、それでかぁ」と納得。
 でもここで生駒がちょっと気になることをぼそり。

「うーん。でも話を聞いたかぎりでは、あんまりいい傾向とはいえないねえ」

 闇を抱えたまま無理を通し、歪みを放置して成長した先に待つのは悲惨な末路。
 ぐつぐつ煮込みすぎた鍋のように、いずれはこらえきれずにふきこぼれる。
 そう聞かされてわたしはある決意をし、生駒に相談した。
 すると生駒は「おやおや、ちょっと引っ込み思案だったあの結がずいぶんと言うようになったねえ。あたいはうれしいよ」とにへら、笑みを浮かべた。

  ◇

 翌日、ふだんよりもずいぶん早起きをしたわたしは急いで登校。
 教室に一番乗りしたところで、こそこそはかりごとを開始する。

 午前中は表向き平静を装う。
 昨日とは一転してわたしに何ら興味を示そうとしない霧山くんと月野さん。これはわたしの仕込みが効いているからなのだが、月野さんのとり巻きや真田くんたちは、わけがわからず戸惑うばかり。
 やがてお昼の時間となった。
 給食は生駒に手伝ってもらい速攻でたいらげ、わたしはひとり素知らぬ顔をして教室を出た。
 だが廊下をずんずん進んでいたら背後から追いかけてくる足音。
 誰かとおもえば真田くん。教室で声をかけるといろいろ周囲がうるさいので、わたしが一人になる機会をずっとうかがっていたらしい。
 でもいまはのんびり説明をしている暇がない。だからわたしは追いすがる真田くんに「いっしょにきて」とだけ告げた。
 行先は第二校舎四階の空き教室である。

  ◇

 空き教室にてわたしが待っていると、じきに姿をあらわしたのは月野愛理。ちなみに真田くんには悪いけどロッカーに身を潜めてもらっている。
 どうして月野さんがここに来たのか。
 それは今朝方、わたしが彼女の机にこっそり手紙をしのばせておいたからである。
 ちなみに手紙の文言はこんな感じ。

『昨日のことについて二人だけで話がしたいので、お昼休みに一人で来て下さい』

 言いたいことは言い、聞きたいことは聞く女。それが月野愛理。
 容姿端麗にて名家の才媛。姫と呼ぶにはちょっぴり気が強くて、負けず嫌いで、それでいて周囲の大人たちの期待に応えようといつも一生懸命で、がんばり屋さんな子。
 まんまとわたしの誘いに応じた月野さん。

「わざわざ私をこんなところに呼び出すなんて、いい度胸ね、奈佐原さん。もしもつまらない話だったら承知しないんだから」

 彼女は合気道や薙刀などの武道もたしなんでいるから、ガチでやりあったらわたしなんて瞬殺だろう。
 じりじり距離をつめて圧をかけてくる月野さん。
 対してわたしは一歩も動かない。ここが大一番にて必死に虚勢を張る。
 と、その時である。
 ガラリと教室の扉が開かれて姿を見せたのは霧山くん。
 どうして彼がここにあらわれたのかというと、月野さんと同じでわたしが手紙で呼び出したから。それもわざわざ待ち合わせに指定した時間をちょっぴりズラして。
 なお霧山くんへの手紙の文言はこんな感じであった。

『あなたの疑問に答えますので、お昼休みに一人で来て下さい』

 わたしと月野さんが約束の場所で向かい合っていることに眉根を寄せる霧山くん。
 彼の登場に月野さんはとたんに狼狽して、「ちょっと二人っきりじゃなかったの! これはどういうことなのよ」と喰ってかかるも、わたしはツイと目をそらす。
 そして霧山くんが教室のなかほどまで足を踏み入れたのを見計らって、わたしは「いまよ」と叫ぶ。
 とたんに潜んでいたロッカーから飛び出した真田くん。
 手筈どおりに教室入り口の扉をピシャリと閉めて、ホウキ片手に仁王立ち。
 じつはこれ、わたしが事前にお願いしておいたこと。
 この空き教室ってば二つあるうちのもう一方の扉まわりやら廊下へと通じる窓付近には、机やら椅子に用具類が山と積まれてあるもので……、とどのつまり出入口は一か所しかない状態なのである。
 そこを真田くんが武装して封鎖したもので、わたしたちは疑似的に閉じ込められた格好になる。

「なっ、ちょっと、あなたたち、さっきからいったい何なのよ!」

 不可解な状況が続き、さしもの月野さんも混乱している。

「えーと、これはどういうことなのかな? 奈佐原さん、真田」

 いつもは愛想のいい霧山くんもやや口調が強め。さすがに少しムッとしている。

「すまん。おれにもよくわからん」

 そう応じる真田くんだが無理からぬこと。なにせわたしは何一つ彼に事情を説明していないのだから。ただ「二人のためにどうしても必要なことなの」とうったえれば、真田くんは「わかった」とうなづき現在へと至る。
 いつのまにやら彼のわたしに対する信頼度がマックスになっている。そのことに自分でもびっくりである。一本気なのもけっこうだけど、チョロすぎる彼の将来がわたしは少し心配です。悪い女とかにダマされなければいいんだけど。

 とにもかくにもすべての準備が整った。
 役者もそろったことだし、そろそろわたし作演出の舞台の幕を開けるとしようか。


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