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026 ネコの宅配便、平手打ち、乙女啖呵を切る
しおりを挟むマンション「サンクレール」三階の角部屋。
二度目の訪問は人間の姿で。だってネコの宅配便だとお届け物を運べないから。
とはいえ、うー、緊張する。
扉の前にてすーはーすーはー深呼吸してから、わたしは意を決してインターホンを押す。
二度続けて鳴らし、扉を軽くトントントトン。
まえに霧山くんがやっていたのをマネる。おそらくはこれが近しい者の来訪を告げる合図となっているはず。周囲に正体を隠して活動している覆面ミステリー作家の岬良こと渡辺和久は、ふつうにインターホンを鳴らしても居留守を決め込むとわたしはみた。
………………。
一分経ち、二分が過ぎるも応答なし。
彼が室内にいることはわかっている。ネコ化けするようになってから、そのへんの感覚が鋭くなっているのでまちがいない。だとすれば合図が微妙にちがったせいで、警戒されてしまったのかも。
不安になったわたしが髪留めに化けている生駒に「どうしよう、もう一度やりなおしてみようか」と相談していたところで、コトリと玄関ドアのむこうで小さな音がした。
ドア越しに人の気配がぐっと強まる。のぞき穴から見られている。
そのことがわかり、わたしは意を決して扉の向こうにいるであろう相手に話しかけた。
「渡辺和久さん、柴崎隆と仁科由香里のことで大切なお話があります」
一瞬の沈黙ののちにガチャガチャ扉が鳴りだした。それは鍵を開ける音とドアチェーンをあわててはずす音。
扉の奥から姿を見せた渡辺が、やや呆然としつつ見知らぬ来訪者であるわたしと対峙する。
「どうしてその名前を、それにキミはいったい……」
戸惑っている渡辺に「わたしのことはどうでもいいから、これを」と缶箱を差し出す。受け取りを躊躇する彼へなかば強引に押しつける。
わけがわからず渡された箱とこっちを何度も見比べている渡辺にわたしは告げた。
「その中にある手紙を読んで下さい。ううん、絶対に読まなきゃダメです。でないと亡くなった柴崎さんの心残りも消えないし、なにより誰も救われないから」
「はぁ、えっ、柴崎が死んだ? どういうことだ! なぜアイツが、どうして……。それに手紙? 救われない? さっきからいったい何の話をしているっ!」
とり乱した渡辺がわたしへと覆いかぶさらんばかりに前のめりとなる。
やってしまった。これはわたしの失敗だ。ずっと没交渉だったから彼が親友の死を知らなかったことは容易に想像できたのに。だというのにうっかりそれをバラしてしまった。いきなりそんなことを見知らぬ相手から告げられたら誰だってあわてるというのに、配慮が足りなかった。
だがこうなってしまってはもうしようがない。
わたしは開き直ることにする。興奮している渡辺の眼前にポケットから取り出したメモ書きを突きつける。
そこに書かれてあるのは柴崎由香里、旧姓仁科が入院している病院の名前や住所および病室の番号である。
「えーい、四の五のいわずにさっさと手紙を読め! そしてこのメモ書きのところにいる由香里さんのもとへすぐに駆けつけやがれっ! このこじらせ系ヘタレ男!」
まるで生駒のような口ぶりにて威勢のいい啖呵を切り、わたしは動揺している渡辺の頬をペチンと一発。
気合いを注入するにはあまりにも非力な平手打ち。それこそネコパンチ級である。
それでも小学生の少女から頬をはられるという体験は、六十を超えた大人を目覚めさせるのには充分であった。
はっとした渡辺はすぐさま缶のフタに手をかける。
その姿を見届けたところでわたしはゆっくりあとずさり。
わたしに出来ることはここまで。このあとどうするのかは彼次第。でもわたしには確信があった。故人の残した手紙を読み、その想いに触れた渡辺はきっと自分のマンションの部屋を飛び出し、由香里が入院している病院へと向かうだろう。
あとは結果をごろうじろ。
となったところでわたしは退散しようとした。かくしてお節介なナゾの少女は煙のごとく消え失せるのである。
が、渡辺の部屋の前からこっそり離れようとしたところで、「あれ? 奈佐原さんがどうして」との声。
びっくりしてふり返ると、そこには紙袋をさげた霧山くんの姿があった。げっ! ま、まずい。よりにもよってこのタイミングで遭遇しちゃうだなんて!
混乱したわたしの頭の中はぐーるぐる。ほぼパニック状態に陥ったわたしは、その場から逃げ出す。気づいたら体が勝手に動いていた。
廊下を戻れば霧山くんと正面衝突しちゃうので、逃走経路は最寄りにあった白いらせん階段。一段とばしでカンカン駆けおりる。逃げながら「ごめんなさーい。なんでもないんですー」「ただのにわかファンなんですー」とかわけのわからないことを叫んでいたような気もするけど、必死だったからよく覚えていない。
◇
らせん階段をくだりきり、マンション敷地内の駐車場へと脱出することに成功。
ようやく我に返ってチラッと三階の方を見れば、霧山くんがきょとんとしている姿があった。
あの様子だときっとめちゃくちゃあきれられた。というか完全にヘンな女認定されてしまっただろう。終わった……。いや、べつに彼との間には何も始まっちゃいないから、終わったというのはずうずうしい話だけれども。うぅ、なのにそう考えるとちょっと涙がにじんできちゃう。だって女の子ですもの。
しかしいまは感傷に浸っているときではない。早くこの場から離れなければ。
だというのに足もとにて「ニャアニャア」まとわりついてきたのは、この辺りを縄張りにしているノラネコのトラ太郎率いる三義兄弟たち。
人間の姿であるのにもかかわらず、なぜだかわたしにスリスリからんでくる。
「なんで?」
ただでさえややこしいところなのに。だからとて相手はネコ。手荒にもあつかえずわたしが困っていたら髪留め姿の生駒がぼそり。
「あー、ネコ化けしていなくてもニオイとか気配やら雰囲気はそのままだから。おそらくは愛しの『茜の君』の飼い主とでも誤解されたのかも」
茜の君とはわたしがネコ化けした姿にホノ字になったトラ太郎が勝手につけた呼び名。
恋するネコは人間なんぞよりもド直球で積極的。そしてトラ太郎の義弟であるトラ次郎とトラ三郎はとっても兄貴想いときたもんだ。
おかげでわたしは三匹にわちゃわちゃされながら、マンションの駐車場からあたふた逃げ出すことになってしまった。
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