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019 モテ期到来、逃げる乙女、そのとき王子さまが
しおりを挟む覆面ベストセラー作家岬良、本名渡辺和久の自宅は、丸橋小学校から歩いて十分とはかからないところにある六階建てのマンション「サンクレール」の一室。
オートロックにてカメラだらけで宅配ボックス設置に管理人常駐とか、現代風のやたらと防犯意識が高いマンションではなくて、ひと昔前のレトロな雰囲気を残す外観。
セールスお断りのプレートは掲げられてあるけど、その気になれば誰でも敷地内に入れる造り。
だからとて無防備というわけではない。
設備がないからこそ住人たちは油断しないし、気を抜かない。ちょっとしたゴミ出しや、隣に回覧板を持っていくときでさえも、きちんと玄関扉に施錠する。窓を開けたまま就寝とかもしない。
そういう基本的なことを積み重ねてきたおかげで、このマンションでは過去二十年来、ドロボウの侵入を一度たりとも許してはいないという実績がある。
という話をわたしは情報通の多恵ちゃんから聞いたことがある。多恵ちゃんは主婦の井戸端会議ネットワーク経由にて仕入れたといっていたが、なぜ小学五年生の少女がその輪に加わっているのかはナゾだ。
◇
マンション「サンクレール」をネコの姿でおとずれたわたし。
首輪に化けている生駒から「やっこさんの部屋は三階の角部屋だよ」と教わったものの、立ち入るのに躊躇している。
理由はここがキラキラ王子さまこと霧山雄彦くんの家でもあるからだ。
これは丸橋小学校の女子ならば大半が知っていること。
もちろんわたしも知っていた。そればかりか何度もこの建物の前を行ったり来たりしたものである。古き良き少女マンガの出会いのシーンよろしく、あわよくばという下心があったことは否定しない。さすがにマンションの敷地内に突撃するような破廉恥なことはしなかったが……。
そんなわけで王子さまに憧れている者からすれば、ここは聖地のような場所。
いかに仕事のためとはいえ、そんな場所にずかずか踏み込んでいいのだろうか? だがしかし、これも大切なおつとめをはたすため。とはいえ……。
わたしが一人悶々としていると生駒から「アホか、とっとと行け」とせっつかれた。
ならばしょうがないよね。そう、これはお仕事のため。けっして不純なことなんてないんだから。でもどうしてだろう。なぜだかドキドキしちゃう。
正面入り口のエントランスは避けて、わたしが向かったのは裏手にある駐車場の方。そっちには真っ白に塗られたらせん階段が付随しており、内外を直接行き来できるようになっている。
このらせん階段が遠目だと骨のように見えるものだから、近在の子どもたちからは「ガイコツマンション」などとも呼ばれているのだが、わたしはそこから建物内へと入ることにした。いかにネコの身に化けているとはいえ、堂々とにゃんにゃん正面突破をすれば目立つと考えたからである。だから裏口からこっそり。
だというのにここで予想外の出来事が起こる。
「へい、そこの茜色したかわいこちゃん。おれといっしょに夕涼みからの星空デートとしゃれ込まないかい」
駐車場に止まっている銀色のワゴン車。その屋根の上から声をかけてきたのは、一匹のノラネコ。
灰色の地に黒い線が見事なトラ柄をした大きなオスネコ。尾っぽを悠然と揺らしている。
いきなりのことにわたしはぽかんとなってしまった。
ナンパされたのが初めてということもあったけど、その相手がよもやのネコ……。
まさかの展開に動揺した。返答に窮してわたしが固まっていると、さらにもう一匹がワゴン車の下からひょっこり姿をあらわす。
「やいやいやい、トラ太郎の兄貴がこうおっしゃって下さっているというのに、無視するなんざぁ、いい度胸じゃねえか」
チンピラ口調なのは艶のないボサボサ黒毛のオスネコ。
バリバリヤンキーのオラオラ系かとおもいきや「オレっちはトラ次郎、トラ太郎の兄貴のいちの子分にして義弟だ。そこんところ、よろしく」ときちんと名乗ったりもするから、根はいい子なのかもしれない。
かとおもえばさらにもう一匹、ワゴン車の脇から姿を見せた。
三匹目は黒と白のまだらのオスネコ。他の二匹に比べるとひと回りほど小さいのが「ぼくはトラ三郎です。こんにちわ」とおぞおず挨拶をする。落ちつかないように目をキョロキョロさせ、猫背をいっそう丸めている気弱そうな子である。
どうやらこの三匹は義兄弟というものらしい。
でもってトラ太郎がひらりとワゴン車の上から飛び降り、わたしの目の前に立つなり言った。
「じつはまえに夜の街で見かけてからキミのことがずっと気になっていたんだ。どうかおれの彼女になって欲しい」
いきなりの大胆告白っ!
これまた人生初の経験。こういった場合ってどうすればいいの? っていうかちょっと待て! 相手はネコだから! いや、今のわたしもネコだけど!
わたしが混乱していたら首輪に化けている生駒がぼそり。
「ネコは子だくさん。肝っ玉かあちゃんってのも、女のしあわせとしてはありっちゃありだね」
それを聞いたわたしは「ごめんなさーい」と脱兎のごとくその場から逃げ出した。
◇
「いーやー!」
逃げるわたし。
「待ってくれー! 愛しの茜の君ー」
「おとなしく兄貴の女になりやがれー。そしてオレっちたちのアネさんになりやがれー」
「すみません、すみません。せめてお話だけでもー」
追っかけてくる三匹のオスネコたち。
人間ならばアウトだが、ネコだからノープロブレム。なぜなら多少強引にでも異性を口説いてモノにするのが野生だから。
マンション駐車場内にてくり広げられるネコ同士の追いかけっこ。
貞操の危機にわたしはギャアギャア逃げ惑う。
オス三匹から執拗な追跡を受け、ついにはらせん階段から建物内へと逃走するも、それでもあきらめずに追っかけてくる。
わたしはらせん階段を最上階までいっきに駆け上がり、勢いのままにシュタタタと廊下を抜け、今度は内階段を降りて階下へ向かう。
そのままエントランスへと向かってマンションから脱出をはかる。戦略的撤退だ。
だがしかし、逃げるのに夢中なあまり、自分を追尾する姿が三から二に減っていたことに気がつかなかった。
やれやれ、えらい目にあった。ここはいったん退散して出直そう。
そう考えてわたしは正面入り口に向かうも、そこに立ちふさがったのがトラ太郎。
先回りされたと気づいたときには、すでに手遅れ。
背後からはトラ次郎とトラ三郎がジリジリ近寄ってくる。
場所はエントランスホール。前後を抑えられては逃げられない。わたし大ピーンチ!
そのとき生駒が「結っ、あっちへ」と声をあげる。
見ればちょうどエレベーターの扉が閉じようとしていた。運よく住人の誰かが帰ってきたところに出くわしたらしい。
えーいままよ。わたしは「にゃーん」と飛び込んだ。
するとそんなわたしをポフンとやさしく受けとめてくれたのは、誰あろう霧山くんであった。
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