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018 鬼がらみ、純愛、覆面作家
しおりを挟む歴史に「もしも」はない。
ゆく川の流れのごとく、時の流れもまた戻ることはない。
それでも人はつい考えてしまう。
もしもあのとき、ちがう選択をしていたら、と。
渡辺和久、柴崎隆、仁科由香里。
ミステリー愛好会の男女三人組を巡る物語。
四十年も熟成されてこじれにこじれた古えにし。
これをどうにかするのが、次のお仕事と聞かされたわたしの第一声は「無理でしょ!」である。
「だから言ったじゃないか。今回のはややこしいって」やれやれと生駒。
「いやいやいや、こんなのどうしろっていうのよ! 自慢じゃないけどわたしの恋愛偏差値はめちゃくちゃ低いからね。ラブレターひとつ満足に渡せない意気地なしの小学五年生に何をどうしろと? っていうか、これってとっくに終わっている話だよね? どうしていまさら……」
「あー、まー、なんというか。依頼というか祈願をしたのは、生前の柴崎隆当人なんだわ。病で余命いくばくもないという時期に、お百度参りのまねごとをして。
で、稲荷総会で受理されたまではよかったのだけれど、その矢先に柴崎のヤツが逝っちまいやがった。おかげでややこしい案件がいっそうややこしくなっちまったんだよ。そのせいで引き受けるやつがいないままに、ずるずる三年ばかし過ぎちまって」
手をこまねいているうちに別の事情も噴出し、さすがにこのままでは稲荷総会の沽券にかかわるとなり、抽選にて担当を決めることに。
その貧乏くじを見事に引き当てたのは生駒であった。
そしてその貧乏くじがスライドしてこちらにやってきたと知って、わたしは頭を抱える。
◇
本日はあくまで仕事内容の把握だけにとどめ、わたしたちは帰路につく。なにせ四十年来の鬼がらみ。さすがに一日二日ではどうにかできそうにない。じっくり取り組むことになるだろう。
各地の祠をつないでいる夜の紅葉路を歩きながら、わたしと生駒は今後のことを相談する。
「まずは現状把握だね。えにしのこじれ具合を見極めないと手の施しようがないから。とはいえ渡辺和久の動向についてはある程度把握しているよ。伊達に三年以上も寝かしていたわけじゃないから」と生駒。そこは胸を張るべきところではないような気がするけど、あえて何も言うまい。
「それで渡辺さんってば今どうしているの? やっぱり恋に破れて、親友を失い、やることなすこと裏目に出て、やけっぱちになって転落人生とか」
愛しの女神を逃した男がたどる、いかにもありがちなストーリー。
しかし即座に生駒はこれを否定した。
「いいや、その逆さ。渡辺は内に抱え込んだもろもろをすべて創作活動へとぶつけることで推理小説家として成功したよ。雅号をたしか岬良といったっけか。けっこうな売れっ子だって話だけど」
「えぇーっ! みさきりょう」
ミステリー作家、岬良。
数々の賞を総なめにし、発表される作品にハズレなしとの評判。出版不況の中にあって百万部越えをした作品をいくつも持ち、ドラマや映画のみならず舞台化などもされまくっている超ヒットメーカー。
だがその正体は不明。彼は覆面作家としても有名であったのである。
書籍の方は読んだことがないけれども、ドラマや映画の方ならばわたしでもテレビで何度か観たことがある。
渡辺和久という男。学生時代には問題児にていろいろとやらかしたけれども、失恋の痛手をバネに大成した模様。
というかこの成功は、それだけ仁科由香里さんのことが好きだったことの裏返し。それはそれでちょっと悲しいものがある。
でもって根底には親友の卑劣な裏切りなんかもあったりするからややこしい。
「そういえば岬良ってまだ独身だったはず。まえに散髪屋で読んだ雑誌の記事にそんなことが載っていたような。……って、まさか!」
「どうやらそのまさかみたいだねえ。こいつはまた筋金入りの一途というかなんというか」
「…………」
生駒が言い回しに困るのもわかる。わたしもおもわず黙り込んでしまった。
四十年たったいまでも未練たらたら。
重い、あまりにも想いが重たすぎる。それこそぺちゃんこにされてしまうほどに。
はたしてこれを純情とか純愛というキレイな言葉でさらりと片づけていいものなのか。チラリと脳裏に「ストーカー」とか「粘着質」などという不吉な単語が浮かぶ。
もしかしたら渡辺和久という男は相当にヤバいやつなのかもしれない。若かりし頃の仁科由香里もそれを敏感に察したからこその選択だったりして。
だとすると二人を安易に再会させるのは危険かも。
老いらくの恋からはじまる刃傷沙汰とかシャレにならない。いかにえにしをつなぐ仕事とはいえ、悪縁の類をむすぶのはダメだろう。
とはいえ、わたしはこうも考える。
四十年越しの片想い。そうまで強く想われ続けるのもちょっと悪くないような、女冥利に尽きるというか。ほんのり優越感もふつふつ。まぁ、あくまでほんのちょびっとだけどね。
なんとも悩ましい問題を前にして、わたしと生駒は「とりあえずしばらく二人の様子をみてみよう」ということで一致する。
いかに故人が己の罪を悔いて仲直りを願っているとはいえ、生きている彼らの想いを無視してごり押しするのはちょっとちがう気がするし。なによりそうそう都合よく妙案が思い浮かぶわけもなく。
◇
紅葉路を抜けた先は丸橋小学校の裏庭。そこのしげみにある忘れられた祠。
家の近所ではなくてここに来たのは、「帰るまえについでだからちょいと渡辺和久の方ものぞいておこう」との生駒からの提案があったから。
「えっ、ベストセラー作家ってばうちの小学校の近くに住んでるの? ぜんぜん知らなかったんだけど」
「あー、それは周囲に正体を隠して本名でつつましやかに暮らしているせいらしいよ。マンションにて寂しい男の一人暮らし。昼夜逆転生活なんてしょっちゅう。外出するのは必要最低限だけで、ほとんど家にとじこもって仕事をしているから。もともと派手な性分じゃないってのもあるんだろうけど。そのおかげで誰にも気づかれていないみたい。
まぁ、よほどの男前とか目立つ容姿でもなけりゃあ、誰も作家の素顔なんて気にしやしないから」
書いて、書いて、書いて、喰って、寝て、夢の中でも締め切りに追われて、起きたらまた書いて。
ヒット作に恵まれてバラ色の印税生活。欲望のままにウハウハしているのかと思いきや、さにあらず。
修行僧みたいな生活を延々と続けているとの話を聞いて、わたしはあんぐり。
てっきりプールつきの大豪邸に住んで、美女をはべらし、毎食和牛のステーキとかフォアグラを喰らい、外車やクルーザーを乗り回しては、取材と称して海外旅行とかバンバン行ってるイメージだったのに……。
たしかに大金こそは稼いでいる。しかし使う暇がちっともない。
人生のための仕事が、仕事のための人生へと逆転している。
すると生駒が「やりたいこと、好きなこと、趣味なんぞを仕事にするとだいたいこんなもんだよ」と夢も希望もないことを言った。
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