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第九の怪 貝吹き坊 その七
しおりを挟むすでに陽もずいぶんと傾いている。
おそらくはこれが本日のラストチャンスとなるだろう。
いちおうイベントを統括している上杉愛理からは、自分たちが独自に動く許可は得ている。
目星をつけた場所へと麟と美空は急ぐ。
土手が見えてきた。
設置されている石段をいっきに駆けあがり、ふたりは土手の上の道へと出る。
道は芥川沿いを南北へとのびている。
「どっち?」
「北よ、上流の橋のあたり」
美空の返事にて、麟はすぐに北へと足を向けた。
進むほどに足下にて鮮やかな紅色が増えていく。土手の道端や斜面にてそよ風に揺れているのは彼岸花だ。
じきに橋が見えてきた。
橋といってもほんの二十メートルもない短いものだ。いくつかある支流のうちのひとつをまたぐこの橋の先は、中州にある住宅地へと通じている。橋はそこの住人たちの生活路……のはずなのだけれども。
橋が近づくほどに、麟と美空の歩みは次第に遅くなっていく。
進むほどに、どんどんと足が重くなっていたわけは、周辺に人影がまったく見当たらなかったから。
――無人。
普段ならば買い物帰りの主婦や、下校中の学生、犬の散歩をしている人やランニングをしている人なんかの姿があるというのに。
うしろをふり返っても誰もいない。
いまこの土手道にいるのは、麟と美空のふたりきりだ。
自動車のエンジン音は聞こえるものの、町の喧騒がどこか遠い……
異様であった。
まるで自分たちだけが、この場所とともに世界から切り離されたかのよう。
とたんに押し寄せてきたのは、どうしようもないほどの心細さ。
おもわず立ち止まりかけたふたりであったが、そのとき「カァ」と一羽のカラスが鳴いた。すぐそばよりバサリと羽ばたく。
遠ざかる黒い翼、茜色の空へと飛び発ったカラスの姿を目で追ううちに、これに釣られてふたりの足もノロノロと動く。
ついに橋のたもとへと着いた。
ふたりはここで無言のまま顔を見合わせる。
ともにそれ以上はどうしても進む気になれなかったからだ。
仲良しのふたりは、互いの表情から自分たちが同じ気持ちであることがすぐにわかった。
だから麟と美空は立ち止まったのだけれども、その時のことであった。
ピィ~~~~♪
プゥ~~~~~~♪
不意に聞こえてきたのは豆腐売りのラッパの音。
鳴ったのは橋の向こう側である。
ハッと見てみれば、あちらの土手道をゆるゆると遠ざかっていく、それらしい姿が目に入った。
が、ここからではよくわからない。
夕陽が邪魔をする。逆光になっており眩しくて見えないのだ。
ならばすぐにでも追いかけていくべきなのだけれども、意思とは裏腹に足がまるで根を張ったかのように動かなかった。
だが、このまま何もせずに見逃しては第二編集部員の名折れである。
麟と美空はそれぞれデジタルカメラとスマートフォンを取り出すなり、豆腐売りへとレンズを向けた。
だがしかし――
「「!!!」」
ふたりは驚きのあまり息を飲む。
なぜならモニターに何も映っていなかったからだ。
でも、たしかにいる。そこにいるはず、なのに何度見比べてもその姿がモニターに映り込むことはない。
姿を捉えられないことに麟と美空は愕然とする。
かといって駆け出し、追いすがる意気地はない。できたことといえば、次第に遠ざかっていく豆腐売りとおぼしき影をじっと凝視することぐらい。
するとだしぬけにその影が立ち止まったかとおもったら、ほんの一瞬だがこちらをふり返った。
にやり。
はっきりと見えたわけではないけれども、ふたりには影が笑ったような気がした。
ピィ~~~~♪
プゥ~~~~~~♪
影がふたたび前を向いて動き出す。
みるみる遠ざかっては陽炎のように揺らめき、やがてその姿は世界に溶けて消えた。
ちょっと間が抜けているけれども、どこか郷愁を誘うラッパの音もじきに聞こえなくなった。
◇
チリン、チリン。
背後から遠慮がちに鳴らされたのは自転車のベルの音だ。
橋のたもとにてぼんやり立ち尽くしていた麟と美空は、あわてて脇へと避ける。
ふたりの前をOLとおぼしき若い女性が乗る自転者が通り過ぎていった。自転車は何事もなく橋を渡る。
いつのまにか暮れなずむ町の喧騒が戻っていた。
我に返ったふたりは、手の中にあるデジタルカメラとスマートフォンの撮影データをあらためて確認するも、そこにはやはり何も映っていなかった。
「さっきのって、いったい何だったんだろう」
麟がぼそりとつぶやく。
これに美空は首を振る。
「わからない。でも、リンちゃん。ちょっとここを見てみて」
美空が指し示したのは、設置されてある橋名板(きょうめいばん)である。
そこにはこう記名されてあった。
『彼岸橋』と。
彼岸とは――
人々が欲や煩悩から解放された世界のこと。
光と影が交差する夕暮れ時……昼と夜が移り変わるこの時をかつては逢魔時(おうまがとき)もしくは大禍時(おおまがとき)といった。
世界の境界があやふやになる瞬間、奇妙な出来事にあったり、魔物に遭遇したりするという。
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